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ラヴェンダー・ジュエルの瞳  作者: 朧 月夜
◆第三章◆ウシ、ウマ、ヒツジ・・・ヤギにイヌ!?
25/86

[25]落涙 *

 それからのツパイとあたしは、まるで声を失ったかのように喋らなかった。


 ツパイは今晩眠りにつくまでの時間を、看病しながら過ごすとラヴェルの部屋に立てこもり、意気消沈して首の垂れたあたしは、それを見かねたロガールさんに連れられて、放牧地の柔らかい草の上に座り込んだ。目の前で白い子山羊が親に甘えるように飛び跳ねている。そんな元気な姿が、真逆とも云えるラヴェルの突然の異変を、尚更痛烈な物に思わせる。ううん、違う。突然じゃない……テイルさんの許を旅立ってからのあいつの眠そうな顔──あれもきっと『事後』の疲労だったんだ。


「大丈夫かい? ユスリハ」


 アイガーと一通り家畜達の様子を見て回ったロガールさんは、少しためらいがちにあたしに声を掛け、隣に腰を降ろした。逆隣には慰めるように伏せるアイガー。


「はい……すみません」


 膝を抱えて出来るだけ小さく丸まったあたしは、多分迷子の子供みたいだっただろう。


「ラヴェルは相当負担を溜め込んでいるな。あの髪色は尋常じゃない」

「──え?」


 つま先を見下ろしていた視線を刹那上げる。あいつの髪って、染めてるんじゃないの?


「彼の髪は元々薄紫だ。が、毛先が黒々としているだろう? あれはあの『術』の副作用だよ」

「そんな……」


 人間に有り得ない薄紫色の髪。信じられることではないけれど……でも思えば、此処まで信じられないことばかりだった。ツパイの成長が緩やかなことも、あいつが他人の苦しみを吸い取ることも。


「ユスリハは彼と出逢ってすぐ、右眼の違和感にも気付いたそうだね?」

「え、ええ……」


 驚きの(まなこ)がその問いに震える。震えなかった瞳──でもあたしが義眼だと思った右眼は、あいつの本物の瞳だった──。


「あれもまた『影響』だな。ラヴェルは……昨夜私に義眼の不調が災いしているのだと嘘をついたが、それくらいお見通しさ。……デリテリートの義眼が、逆の眼にそんな悪影響を与える訳がない」

「……ロガールさん?」


 真っ直ぐ先の空に向けられた横顔は、どうしてだか悔しそうに唇を噛んでいた。ロガールさんも気付いたんだ……時折神経が断ち切れたように動かないあの眼に。でも、その表情は一体……?


「ああ……独りごちて悪かったね。ラヴェルのご祖父とは旧知の仲なんだ。彼の腕は神の如くと言っても過言ではなかった。そんな彼の遺作が、あんなことを招く筈はないからね」

「そうなんですか……でも、あの……遺作って……?」


 あたしの問いにつぐまれた唇。ふと現れた(わび)しそうな面差しは、あいつの時々見せる寂しげな表情と重なった。


「彼もあの化け物に殺されたそうだ……私の息子と同様にね」

「……」


 ラヴェルの、おじいさんも……。


 刹那顔をそむけてしまう自分が居た。ギュっと(つむ)った瞳から涙が零れ落ちそうになって、思わず隠すように、抱えた膝に顔を(うず)めてしまう。


 どうして……どうして皆あの化け物に愛する人を奪われるの?


 泣かないでと訴えるが如く、あたしの足の甲に顎を乗せたアイガーが潤んで見えた。強ばった肩を柔らかく包み込んでくれる、ロガールさんの厚い手が温かくて優しくて……おじいちゃんのしわくちゃな掌が思い出された。


 今ならばきっと尋ねた全ては語られるだろうに、あたしの徐々に大きくなる泣き声は()()なく、涙は結局言葉にはなってくれなかった──。




挿絵(By みてみん)




 ★ ★ ★




 泣くことがどうにも出来なくなるほど疲れ果てたあたしは、いつの間にか陽の光がオレンジ色に染まるまで、草の斜面に横になり眠ってしまった。


 放牧を終えた家畜達が、連なり我が家へと山を降りる。(つが)いの白馬の内、がたいの良い牡馬(ぼば)の背に担がれたあたしは依然目覚めることはなく、山の奥へ消えていく美しい夕焼けも見られずに帰路へと着いた。夕食の時間まで屋根裏部屋に寝かされて、起こされても尚ぼおっとした頭で食事を進め、気付けばツパイの言葉にも曖昧な理解のまま相槌を打っていた。


 ラヴェルもまた目を覚まさなかった。食事の片付けを済ませたツパイは、呆けたようにロッキングチェアを揺らすあたしを一瞥(いちべつ)した後、再び数時間あいつの看病に集中した。やがて夜も更けベッドに潜り込む頃合いに、これから三日は起きられないのだからと飛行船で休むことを告げ、送るアイガーと共に小さな後ろ姿は闇へと消えた。


「ユスリハ……どうかラヴェルのこと、宜しくお願いします」


 そう頭を下げたツパイにまた、一雫涙が零れて言葉は風になった──。




挿絵(By みてみん)



挿絵(By みてみん)



挿絵(By みてみん)




 此処までお目通しくださり誠に有難うございます。

 本文の重苦しさに添わないのどかな画像で失礼をしております(汗)。

 全て数年前に筆者がスイスを旅した際、撮影をした写真でございます。

 乳牛はスイス原産から改良された「ブラウンスイス」という種類になります。



   朧 月夜 拝




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