[24]責務
気を失ったラヴェルを隣家に運ぶのは結構難儀だった。あたしの肩に片腕を回させ、ほぼ両足を引き摺らせながらも何とか小屋の出口まで行きつく。其処でやっと放牧から戻ったロガールさんが駆けつけ、代わりに軽々と寝室まで運んでくれた。
ベッドに横になったラヴェルは、まるで死んだように息遣いも聞こえないほど静かに眠っていた。傍らにはロガールさんとピータン、床にはアイガーが心配そうにうな垂れて看てくれているので、ひとまずリビングに移り二人で食卓の席に着く。ヘの字に曲がったあたしの口元を認めて、ツパイもついに口を開いた。
「許可は下りていませんが……少しお話しせねばなりませんね」
ためらいがちの言葉に、あたしは無言で頷いた。
「ラヴェルが説明したかと思いますが、僕達は或る物を求めて旅をしています。その或る物とは元々ラヴェルの物でしたが、半年程前に無理やり奪われてしまいました」
息継ぎの為なのか、理解したとの相槌が欲しかったのか、一旦会話を途切れさせたツパイは、少し俯きがちだった顔をあたしへと上げた。
「今彼が旅をしながら立ち寄り行なっていることは、元来その或る物がなければ出来ない行為なのです。ですから彼が今回こうなったのも、その無理が祟った結果と云えます」
或る物って? 行為って?? ──あ……テイルさんの悲しみを癒したこと? そして今回……アイガーが体力を取り戻したのも??
「ツパイが渡したお薬で、テイルさんもアイガーも元気になったんじゃないの!?」
「あれは『キッカケ』なだけであって、それを発動させているのはラヴェル本人です。彼は……責を負おうとしているのですよ。盗まれてしまった自分に非があるかの如く……そんなことは一切ないのですが……根っからの頑固者なのです」
ラヴェルは盗まれた責任を取ろうとしている……あんな唐変木みたいに何を考えているのか分からないあいつが、そんな何か大きなことを背負っているなんて──盗まれた……盗むと言ったラヴェル。それがツパイの台詞とリンクした。
「ね……あいつはテイルさんの家を訪ねた時に何かを『盗む』って言ったの。それって何なの? あいつはテイルさんの家から何を盗んだの!?」
「……」
ツパイは驚いたように口ごもった。瞬間以前交わした会話がグルグルとあたしの中を駆け巡った。そう……この旅の契約の際、あいつは言ったんだ……えと、確か……その或る物が手に入れば『なかったこと』に出来るって! 『なかったこと』にする為に、あいつは何かを盗んでいる──?
「まったく……彼らしい言い方ですね。盗むだなんて……」
「ツパイ、あたしには良く分からないけど、あいつはツパイの薬と自分の力を使って、テイルさんとアイガーから何かを盗み、それで元気にしたのね? 実際には盗んだんじゃなくて、二人からそれを取り除いて、自分が背負い込んでる、そういうことなのね??」
「……はい」
下半分しか表情の読み取れない面でさえも、ツパイが辛そうに切なそうに顔色を変えたことは分かった。苦々しく歪んだ口元と振り絞られた返事。何か、じゃない。きっとテイルさんからあいつは悲しみの素を盗んだんだ……じゃあ、アイガーからは?
「アイガーも愛する誰かを失ったの……?」
あたしの唇はいつの間にか震えていた。どうして? どうしてラヴェルがそんなことをする必要があるのよ??
ツパイの薄い唇は一度引き結ばれ、淡く長い息が吐き出された。やがて諦めたようにか細い声が紡がれた。
「ロガール様にはお一人ご子息がおられました。この地へ移られて主に家畜を世話しておられたのはそのお方です。ですから、アイガーの真の主人はロガール様ではなくご子息でした」
「息子さんはどうして……あっ、もしかして!」
アイガーからご主人を奪ったのは──!!
「ええ。テイルさんのご子息を攫った化け物と同一です」
「あ……」
息子さんを化け物に襲われた彼女の許へ、ラヴェルが立ち寄ったのは偶然じゃなかった。そう確信したあたしは尚更意味が分からなくなった。同じくあの化け物に襲われた肉親を持つあたし。でもアイガーがご主人を失ったのは、テイルさんと同じくきっと最近のことだ……この時間の隔たりは一体何?
「ツパイ……あたしの両親もあの化け物に襲われたの、知っているんでしょ? あいつとその話はまだ出来ていないのだけど、今回のこととも関係しているの? あいつと遠い親戚だって言ったロガールさんは、あたしのラストネームを言い当てた。うちの家系はあいつの家系と何か繋がりがあるの? ねぇ……教えて! 何がどうなってるの!!」
あたしはテーブルの上に置いた両手をきつく握り締めた。気付けば質問の最後は悲痛な叫びになっていて、ツパイは困ったように唇を噛んでいた。
「お話したいのはやまやまですが……今は機が熟していません」
「ツパイ……熟すって──」
拳を開きテーブルの端を掴む。あたしは前のめりになって追究を試みたけれど、途中で割り込んだツパイの涙声はそれを許さなかった。
「これ以上ラヴェルを哀しませたくないのです……ですから、もう少し……もう少し辛抱いただけませんか?」
ツパイ……?
ラヴェルの抱える『哀しみ』というものが、恐ろしく大きく感じられて、あたしはそれ以上言葉を繋げなかった──。




