[17]野望
ダイニングに降り注ぐ淡い陽差しの中で、あたしはお茶を淹れながら、その言葉に思わず手を止めてしまった。
「大変心苦しいのですが……ユスリハ、今は何もお答え出来ません」
ツパイはあたしの質問を、二三聞いた時点でそう断言したのだ。
「ど、どうして? 何で隠す必要があるのよ!」
まだ半分しか注いでいないカップを既に手に取り、薄い唇へ寄せるツパイ。一口飲んで一息つき、見えない瞳をあたしに向けた。
「現状僕にもラヴェルの考えが見えないからです。彼の方針が伝えられ、ユスリハにお話しすべきだと納得がいけば伝えましょう」
「……??」
もう一言目で半分諦めていたけれど、ツパイの二の句にきっぱり諦めがついた。きっとダメだ……ツパイも教えてくれない。でもラヴェルの考えって何なのよ! ツパイはラヴェルの召使いなの!?
「ですが……これだけは言えますよ」
大袈裟な深い溜息を吐いて、疲れたように目を閉じるあたしの横顔へ、それから驚きの言葉が投げられた。
「ラヴェルは……貴女を必ず守りきるでしょう」
「──え?」
聞くや否や急いでそちらへ振り向いてみる。その視界にはニッコリ微笑むツパイが居た。
「守るって……一体何から? ──あっ!」
そうだ……昨夜も同じ言葉を聞いた。眠くなる前にラヴェル本人から!
──「いずれ分かるよ、ユーシィ。でも、君だけはちゃんと守るから」
「それって化け物からってこと? あのっ、あたし達もあの化け物に襲われるの!?」
「とりあえず『脅威』から、としか言えない僕をお許しください」
「ツパイの意地悪~」
言葉と態度では軽くふざけてみせたけれど、あの化け物のことを思い出したあたしの服の内側では、全身が粟立っていた。嫌だ、もう、二度と! 絶対思い出したくない、あの恐怖を!!
「ユーシィ、もう来てたんだね。 二人で何の悪だくみ?」
と、背筋に悪寒の止まらないあたしの肩に勢い良く、後ろからあいつの掌が乗せられて、ふとささくれたような鳥肌が元に戻った。
「わ、悪だくみなんてしてないわよ! それより鼻の頭に泥ついてる! 顔洗ってきて!!」
タイミングの良い冗談に、救われた自分を少し恥ずかしく感じていた。あたしは慌てて立ち上がり、洗面所へ向かうラヴェルとは真逆の、庭を熱心に手入れするテイルさんの許へ駆けていった。
★ ★ ★
結局あたしの知りたい情報は本日も一切収穫なしとなった。あれから四人でお茶をして、三人は元の作業場へ、あたしもツパイの手伝いをしようとその後をつけ回したのだけれど、やっぱり何処か諦めきれていなかったのかも知れない。もちろんあの「今はどれもお答え出来ません」はくつがえることはなく、それでも合間合間、遠慮がちに問い掛けた飛行船自動操縦の仕組みについては、快く説明をしてくれた。
ランチとディナーは楽しい時を過ごせたけれど、何故だかテイルさんは一切息子さんの話を口にすることはなかった。その中間にやって来たお約束の焼き立てクッキーと、子供達とのお喋りも淀みなく弾んで、明朝発つのだと告白したラヴェルの足元には、残念そうなふくれっ面が集まった。飛行船に乗せてほしいとすがる沢山の手に、「また立ち寄った時にね」とあいつは先の約束を交わしたけど……まぁあたしを我が家へ送り届ける為に、来た道、ならぬ空を帰る時なのだろう。
見違えた立派なお宅から、すっかりどころか普通以上の元気さを取り戻したテイルさんに見送られ、この夜はツパイも交えて三人と一匹での帰路となった。お陰で昨夜のような奇襲に構える必要もなく、あたしは疲れた身体に夜の涼しさを心地良く感じながら、目の前を歩くラヴェルにふと思い出したことを問い掛けた。
「ねぇ、そう言えば、何でピータンは戻ってきたのよ?」
振り返る、毛先が闇に溶けた薄紫色の髪。
「ああ……だって、レディの独り歩きは危ないでしょ?」
昨日は独りでおつかいにやらせたじゃないか。第一お迎えがピータンじゃ、あたしは恐怖するばかりよ。
「あ……」
が、途端思いついた理由に、声が零れてしまった。
こいつ、昨夜の質問に慄いて、もしや町の誰かからまた情報を得るのでは? と、あたしを見張らせていたんじゃないだろうか?
「どうかした? ユーシィ」
……と言っても、ピータンは喋れないのだから、何もラヴェルには伝えられないか。
「べっつに~」
両手を後頭部に回して、立ち止まった横を通り過ぎる。こいつの秘密、絶対暴き出してやる!
そう意気込んだあたしにそのチャンスは、意外にも早くやって来た──。




