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ラヴェンダー・ジュエルの瞳  作者: 朧 月夜
◆第二章◆好ましい未来とは!?
16/86

[16]豹変

「……うぅ……」


 恐怖の余り、つい震える声が洩れてしまった。右肩に掛かる僅かな『重みとぬくもり』が、あたしに危害を加えないよう、とにかく振動を発せず歩く。テイルさんの家どころか集落にもまだまだの小麦畑だなんて、あたしはこれからどれだけエネルギーが必要なのか!?


「お姉ちゃーん!!」


 ビクッ!!


 けれど遠く背後からの呼び掛けに、あたしの肩は大きく波打ってしまった。『重みとぬくもり』が咄嗟に立ち上がり声の先へ振り返る。そう……どうしてだかラヴェルと一緒に出掛けていった筈のピータンが、飛行船から出てきたあたしの許へ舞い戻ってきたのだ。


 ラヴェルの所へ行かせないようにしているのかしら? このまま先へ進んだら噛みつかれる……??

 そんな疑問と不安を抱えながら、出来るだけ彼女の気持ちを逆立てないよう静かに麦畑を進んでいたのに……『お姉ちゃん』ってあたしなの?


「お姉ちゃんったら! どうして止まらず行っちゃうのさっ」


 やっぱりあたしか……。


 幾つかの声と足並みが真後ろで止まり、あたしは仕方なくカタカタと小刻みに振り返った。昨日飛行船を興味深く覗いていた子供達が、あたしの目の前に集まっていた。


「わー何それ! 可愛い~!!」


 耳をピクピク辺りを聴き取ろうとするピータンを見つけて、子供達の大歓声が響いた。この子……子供にまで噛んだりしないでしょうね?


「モ、モモンガよ。あたしの連れの」


 と、途端にピータンが真ん中の男の子の掌に飛び移った。


「ちょっ、ピータン!」

「ピータンって言うの? 可愛いなぁ~」


 あれ? なつっこい? いや……相手が『オス』だからか??


「それより、あたしに何か用?」


 男の子にも女の子にも一通り愛嬌を振り撒き撫でられたピータンは、少々不本意な様子であたしの肩に戻ってきたので、興奮冷めやらぬ子供達に問い掛けてみる。


「あーそうそう! あのさっ、昨日お姉ちゃん達、何をどうやってテイルおばさんを元気にしたの!? 今日もお姉ちゃんの仲間がおばさん家に行ったよね? ちょっと覗いてみたんだけど、おばさんすっごく元気になってて! 何か魔法でも使ったの??」

「え……?」


 そりゃあ昨日吉報を聞いたテイルさんは随分血色を取り戻したけれど……この子達の言う元気さはそれを通り越しているような?


「そ、んなに、元気になってた? よ、良かったー! これからあたしもテイルさんの所へ合流しようと思っているの。この目で確かめてくるわね」


 どうやって彼女が元気になったかなんて、あたしに言える筈がなかった。嘘で固められた過去と未来。もう今となっては誰も疑わず口にせず、信じていてくれることを願うしかない。


「うん! お家も綺麗になって、おばさんは元気に庭仕事してた! 僕達の母さんも喜んで、あとでクッキー焼いて持っていくって言ってたから楽しみにしてて!!」


 「ありがとう」とカチカチの笑顔で頷くのを認めた子供達は、嬉しそうに「またね」と麦穂の波へ飛び込んでいった。


「これで、いいのかな……」


 ぽそりと呟いて再び歩き出す。意外なことにピータンは、濡れた鼻先で慰めるように、あたしの首筋をスッと撫でた。




 ★ ★ ★




「まぁ! ユスリハさん!! 昨日は本当にありがとうございました!!」

「あ……はぁ?」


 テイルさん宅の門扉を開いたところで、急に下から現れた影と大声に抱き締められ、あたしは驚き硬直した。

 数秒して解き放たれた先には笑顔のテイルさん。ほ、本当だ……昨日の瀕死とも言えた彼女とは思えないこのはつらつ振りは一体何だ??


「ず、随分お元気になられたようで何よりですーもうこんなに動いて大丈夫なんですか?」

「はい~すっかり! ラヴェルさんもツパイちゃんも良くしてくださって! 大変お世話になりました!!」

「い、いえ。あの、二人は中に?」


 テイルさんは再びしゃがみ込んで、庭の草取りを始めながら、


「ラヴェルさんは畑を耕しに行ってくださっています。この辺りは二期作なので、今から土を蘇らせれば、小麦の種まきに間に合うでしょうと。ツパイちゃんは多分キッチンの片付けを終えて、リビングの床を磨いてくれているのではないかと……本当に何から何まで、申し訳ないのですけれど……」


 と、少し恥ずかしそうに説明してくれた。


「どうかお気にされないでくださいね。草取り手伝いましょうか?」

「いえいえこれくらいは独りで十分です。宜しかったらお茶を沸かして、お二人に休んでいただいてください」

「あ、はい。では用意が出来たらテイルさんも呼びますね」


 あたしは目の前の生気溢れる女性に目を白黒させながら、ともかくいそいそと家の中を目指した。


「ツパイ~居る?」


 キッチンでケトルを火に掛け、リビングの扉から声を掛けて入室する。隅に在る書斎机の下からもぞもぞと現れたのは、四つん這いで床を拭き上げているツパイだった。


「ごめんね~遅くなっちゃって。今テイルさんに頼まれて、お茶の準備しているから少し休んで」


 起き上がったツパイの口元が上向きの弧を描き頷く。あ、そうだ……ラヴェルの居ない今なら──。


「あの、ツパイ。あたし幾つか訊きたいことがあるのだけど」


 今度は下向きの弧を描き、首を横へ(かし)げるツパイの様子に、あたしは僅かに緊張感を覚えた──。




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