4.
「浮気されて、寝取られたんだなぁ、俺」
誰にでもなく、呟きながら歩く。
哀しい気持ち、裏切られた怒り、それと、ぽっかり胸の真ん中に穴があいたような感覚。
藤吉と別れて、ぼんやりと歩く帰り道。家に近い街灯の下に、見知った人影があった。
そこにいたのは、仁田めぐみだった。
めぐみは俺の姿を見て「たっくん・・・」といった後、視線を落とした。
俺はそこで歩みを止めた。これ以上、近づかない。
昨日の造り笑顔と一緒だ。
やましいことがある。
言えないことがある。
うそをついている。
今ならそれを自覚して言葉にできる。
「こんなところでどうした?」
そう、諭すように優しく声をかける。そんな俺の様子に、安堵したように、昨日と同じ造り笑顔を張り付けためぐみが言う。
「昨日、ドタキャンしちゃったでしょ・・・それに今日休んでたから、心配で・・・」
そんなめぐみの様子に、心が冷めていくのを感じた。
俺が好きだった朗らかな優しい笑顔は、どこかにいってしまったのだ。
百年の恋も冷める、なんて言葉がある。
今こうして嘘で塗り固めた汚い笑顔で、自分をごまかして俺を騙そうとする姿は醜い。
昨日のことで俺が何かに気づいてないか探りにきたのかもしれない。
だから、俺が言う言葉は決まっていた。
「別れよう、仁田さん」
俺の言葉に、バッと顔をあげるめぐみ。
「やだっ!どうしてそんな事いうの!?に、仁田さんって、なんで、めぐみって呼んでよ!」
狼狽えた様子のめぐみに、俺は淡々と答える。
「テニス部の部長と、随分親しいみたいだね。話は俺のところにも伝わってるんだ」
その言葉に、違う、違うといいながら必死の形相でこっちを見るめぐみ。
「違う、たっくんは誤解してる!部長とは何もないの!」
「言い訳はいいよ。今しがた、全部聞いてきたところだから。ごめんな。俺はお前の心をつなぎ留められなかった。一緒にいた10年と、付き合いだした約1年でも、足りなかった。それよりもこの1か月の出会いの方が、お前にとっては上だったんだ」
ただ静かに告げていく俺の様子に、俺が知っているということを確信したのか、ゆるして、違うの、好きなのはたっくんだけなの、と言いながら俺に近づいてこようとする。その分俺は後ずさることになり、止まって、と制止するように手を前に突き出した。
その動きに、めぐみも動きを止める。
「お前は俺じゃなくて先輩を選んだ。だから、別れる。これはそれだけのことだ。俺と別れて、先輩と付き合えばいい。できるなら、先に俺と別れてから先輩と付き合うって順序を踏んでほしかったけどな」
裏切られた気持ちはあるし、責めたい気持ちもあるが、でも長くいた時間の分だけの情もある。だから宥めるように、諭すように、努めて静かに言う。
せめて円満に別れられるようにと。
「さ、寂しかったの・・・部活でずっとたっくんにあえなくて、でも先輩はいつもいてくれて・・でも好きなのはたっくんなの、たっくんだけなの、付き合いたいのは先輩じゃないの!」
「寂しかったのは俺も同じだよ。だから2人の部活も塾もない日や、何もない休日にでかけようって、誘ったよね。でもそれを断って、先輩と付き合っていたんだろう?」
俺の言葉に、それは・・・と言いよどむめぐみ。
「情がなくなったわけじゃないけれど、嘘をついて浮気をされて、その間に先輩に抱かれていたような人と、俺は付き合っていきたくないし、信じることもできない」
俺の言葉に、絶望した表情をみせるめぐみだが、それでも、と食い下がってくる。
「せ、先輩とは何もなかった!本当よ!私たち、キスもまだだったでしょ?い、今からだっていいから、それ以上の事でも、いいよ、えっちなことでも私大丈夫だから------」
「ごめん、これ以上俺はお前を嫌いになりたくないから。もう、黙ってくれないか。全部知ってるんだ。昨日のことも」
そう言って、俺はスマホを操作し、めぐみに1枚の写真を送信する。
それは昨日、張り込んでくれた藤吉が抑えてくれた写真。
ラブホテルから手を繋いで出てくる、先輩とめぐみの写真。
「あ・・・あ・・・」
俺の、全部知っているということを理解しためぐみは、腰の下の力がぬけたかのように、ドシャッとその場に座り込み、うつろな様子でその画面を見ている。
「お前が先輩とヤッてたのも知ってる。はじめては、全部先輩にあげたんだな。俺はそんなお前を受け入れられない」
俺の言葉に、ここでようやく、何を言っても俺の心が動かないと自覚したのか、震えだすめぐみ。
「やだ・・・やだ・・・たっくんがいなくなるなんてやだ・・・やだよぉ・・・こんなに好きなのに・・・どうして、もう、だめなの?私じゃ駄目なの・・・?なんでもするから、いっぱい、きもちよくするからぁ・・・捨てないでよぉ」
震える身体を自分で抱きしめ、涙をこぼしながら俺を見上げるめぐみ。
「付き合ってるときに他の男に抱かれて、それも初めてを他の男に捧げた彼女を許せるかって、俺には無理だ。もう男女の愛情はないし、お前とそういうことをしようとは思えない。俺にはお前が汚く見えるから抱きたくない。・・・それに、俺を捨てたのは仁田さんだよ。だから、これまでで、さようならだ」
そういって俺は歩き出す。
大回りに、めぐみを避けながら。腰が抜けているのか、めぐみは俺に手を伸ばすが、それは俺には届かない。うしろから、やだぁ、やだぁと子供のように泣きじゃくるめぐみの声が聞こえるが、俺にはもう関係のない雑音だ。
そうして家に入り、鍵をかけ、自室までまっすぐに帰った俺は、机の上においてある、綺麗なラッピングのプレゼントに気が付いた。
それを手に取ると、俺は静かに、ゴミ箱に入れた。
包みの中身は、めぐみが好きな、ペチュニアを象ったシャープペン。
こうして俺の初恋は、渡されることのなかったプレゼントと一緒に捨てられて、消えた。
8/23 誤字修正しました!ありがとうございます!