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異世界転移の歪み

作者: fuyu

侯爵家次男のダレン様とは正しく政略結婚だった。でも幼少の頃から一緒に遊び回り、年頃になってからはお互いにお互いを意識するようになった。そして17歳の今、確かな愛を育んでいたんだと思う。あの優しい眼差しは、私にとっての唯一だった。


ある日、私が目覚めたとき、私はもう私という器を失っていた。何が起こったのか、気持ちが追いつかず混乱した頭では何も考えられなかった。けれど、このままでは私の魂まで消えてしまうと恐れを抱き、徐々に何があったのかを理解した。


私の器を使って部屋で1人で何か話している<彼女>は知らない世界から来たようだった。<彼女>は頻繁に『転移』『乙女ゲーム』『ヒロイン』という言葉を口にした。そして『悪役かなー、でも顔は大人しめだし、モブかも?私も流行りにのっちゃったかー』と嬉々として何かを書き出していた。


転移・・私の体に他の人が入ったということなのだろう。私の意識は確かに存在して<彼女>が見ているものを見ることはできる。でも自由に体を動かすことはできず、ただただ意識があるだけ。


そして<彼女>は私のふりをして、日常生活を送るようになった。私はどちらかといえば大人しい性格で、いつも読書をしているような女の子だったと思う。でも<彼女>が演じる私は朗らかに笑い、積極的に人に話しかける。使用人や家族はいきなりの変貌に戸惑っていたが、年頃だからもう少し様子を見ようということに落ち着いたようだった。


そこからは私にとって地獄だった。

学園に通うようになった<彼女>は、淑女としては完璧に見えた。私の体に染み付いたものなのか、違う世界から来たというのに礼儀や勉強にもついていけていた。でも<彼女>の言う『イケメン』という男性に、次々と話しかけては手を触れたり馴れ馴れしく名前を呼んだりするようになった。この世界には眉目秀麗な男性が溢れているらしい、少しでもお近づきになりたいという醜悪な気持ちが滲み出ていた。


私の体で!やめて!何をしているのよ!!


と、どんなに叫んでも届くことはなかった。私の意に反して<彼女>は宿り木を知らぬ小鳥のように飛び回る。

<彼女>は婚約者のダレン様に見向きもしなかった。次男という立場で騎士を目指している彼は、たくましい体に黒髪を短く切り揃えている。精悍な彼に対して、<彼女>は王子様のような優しげな男性が好みのようだった。


何度ダレン様が急に変わってしまった私と話し合いの時間を設けようとしてくれても、のらりくらりと躱している。

ダレン様は・・私の彼への態度に、驚きと落胆を混ぜ合わせたような表情をされていた。それが何度か続いたとき、彼の顔にはもう諦めのようなものが浮かんでいる気さえした。


胸が張り裂けそう。やめて、ダレン様、私はここにいるのです。ここに・・いるのです。あなたに、そんな顔をさせたかったわけじゃない。お願い、戻して私の体を。他の男性に触れたいわけない。他の男性の名前を親しく呼びたいわけない。私に瞳に映したいのはあなただけなのに。甘えるように呼びたい名前はあなただけなのに・・・・。


私の醜聞は瞬く間に広がって。<彼女>が近づいた男性の婚約者たちや、その方達の友人から私は蔑みの目で見られるようになった。時には、面と向かって忠告をしてくれた御令嬢に<彼女>は泣いて男性に縋る態度を見せた。

ダレン様の姿を目の端で捉えた時、彼はふいっと目を逸らし足早に去って行く所だった。


もう・・嫌われてしまったのね。私はもう彼の隣で穏やかに笑うことはできないのだと、やっと悟った。意識があっても何も出来ない。死にたいと思った。心から。でも、自死することすら叶わない。私の心は壊れていたのだと思う。その日から、<彼女>が何をしても何も感じなくなってしまった。こんな娼婦のような女に対応している男性を嫌悪することもしなくなった。<彼女>は見目麗しい男性と一緒にいられて満足なのだろう。私はその快楽に染められた醜悪な笑みを本当に私の顔だったものだろうか、とぼんやりと見ていた。


その日は、学園の夏季休暇前のささやかなパーティーが開かれる日だった。婚約者がいる者はもちろんエスコートが必要だったが、まだ特定の相手がいない者もいるので1人でも入場できる。


なぜか<彼女>は1人で入場した。特定の1人を決めずみんなのものだよ、とアピールをしたいらしかった。次々に学生たちが入場してきた時、ダレン様もやって来た。


隣に可愛らい笑顔の女性・・伯爵家のエミリー様を伴って。


ピシッ


私の何かが割れる音がした。


ダレン様はエミリー様となにか親密そうな雰囲気で話し合っている。時折、その大きな背をかがめて彼女に目線を合わせている。そして、優しく微笑んで・・・。


ピッ


そうなのですね。私のことはもう忘れてしまったのでしょう。こんな淫乱な女、当たり前ですよね。いくら優しい彼だって限界がある。わかってた、わかりたくなかったけど、分かってた。悪いのは私。意識を乗っ取られてしまった私。


ピシシ・・・。


大好きでしたダレン様。誰よりもお慕い申し上げておりました。私が本を読んでいる時隣で寝てしまったあなたも、訓練のあとで汗臭いかな?と聞きながらそれでも嬉しそうに手を繋いでくれたあなたも、私の好きな物だからと並んでまで買って来てくれた焼き菓子を渡してくれたあなたを。侯爵家の者が何をしているんですか、と使用人に呆れられても、私の喜ぶ顔が見たかったからと言ってくれたあなたを。愛してました。


ダレン様がふと顔をあげ、誰かを探す素振りが見えた。そして私と目が合った時、険しく眉をしかめて・・。



パリン


会場中に響く何かが割れた音。あなたが目を見張るのが見えた。

あ、と思った時には私の意識が体に入っていく感覚がした。あぁ・・・<彼女>が消えたのね。私の心の強さが勝ったからかしら。もう何でもいいのよ。今更。でも、そう、じゃぁ、この体は私のものなのね。


私は素早く魔術式を紡ぐ。


「参の式 氷の刃」


空中に刃が突如として現れ、会場が騒めいている。私の耳にはもう何も聞こえない。聞きたくない。

あなたが何かを叫んで、こちらに走って来るけれど、私はあなたの口から拒絶の言葉を聞きたくないの。たくさんのありがとうと、ごめんなさいを言いたかった。でもそれはエゴよね。私は紛れもなくあなたの心を傷つけた。私の言葉はあなたにとって、邪魔でしかないでしょう。


「射ね」


氷の刃は私の体をまっすぐに貫く。これで終われる。痛みなどとうに忘れた。体の痛みより、心の痛みの方が何倍も辛かった。


こぽり、私の口から血が溢れる。目が霞んで開けていられない。


誰かが私の体を抱き起こして叫んでいるけれど、感覚がもう無い。私の脳裏には、ダレン様の優しい眼差しだけが思い浮かばれる。


「愛し・・て・・お・・した・・ダレ・・ま。」


やっと死ねる。知らない世界の<彼女>から解放され、私は私を取り戻したのだから。













お読みいただき、ありがとうございました。

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