八話 50日ぶりの彼女の笑顔
よろしくお願いいたします。
「忙しい朝にどこに行ってたのよ」
49日の朝、高貴の家を出て家に戻るとけたたましい女性の声が自分に降り注いだ。
「あんたが見っともない顔をしていると私がお父さんとお母さんに文句を言われるんだから、早く化粧でその目の下の隈を隠してきな」
朝からうるさい、何をそんなに怯えているんだか。母は忙しそうに動き回り礼服に皺が増えていく。父は慌てた素振りはなくソファーに座り優雅に新聞紙を読んでいる。そんな父が気に入らないのか、母は語句をさらに強め不満をあらわにする。
私は階段を上がり美紀の部屋に入る。美紀まだ化粧に興味がないのか通学カバンのポーチにはあまり化粧品が入っていなかった。とりあえず、目の隈を隠し鏡で確認し髪型を整えた。
美紀の部屋を後にし階段を降りると出発の準備は終わり父はドアを開け先に車に乗っているそうだ。私も玄関を出て後部座席に座った。父が一度運転席を離れトランクを開け荷物を母と詰め込んだ。母は助手席に座り後ろで閉まる音がした。
蝉の音は車のドアを閉めると音は殆ど消えた。車内は冷たく心が冷えて痛い。私は温めるために外の風景に心を預け車に揺られる。
私は今日覚えていたのは、美紀の笑顔と高貴にメッセージを送ったことだけだった。
――
いつも以上に大きくなるアラームを止めベッドを出た。横についている窓のカーテンを開け日差しが体を覚まさせる。いつもより少し重い体を動かし階段を下りた。洗顔を済まし机に座ると朝ごはんが母の手によって置かれた。
「今日は学校行くんでしょ。由紀ちゃんを助けてやりなよ」
母はいつも通り落ち着いた声音で言った。父はもう仕事に行っていた。
由紀を助けろか...由紀を助けられるのは親でも俺でもなく美紀な気がするけどな。
しかし由紀は彼氏のことをどうするのだろう。別れるのか、それとも付き合うのかな。美紀のまま付き合うのは止めてほしい。考えるだけでひどく辛くなる。
顔は双子で似ており今までは髪型や所作、仕草などで皆判断していたが、真似をするなら段々美紀に見えてくる。そのな彼女の隣に違う男がいるなんて...
「高貴、時間」
母の声に思考が止まり、時計に目を向けると時刻は8時だった。朝ごはんの残りを急いで平らげ二階に上がった。準備を軽くしてドアノブに手を掛けた。ふっと息を吐き心を整え扉を掛け階段を下りた。履きなれたスニーカーに足を入れ玄関を出る。
「行ってきます」
中からの返事はなかったが、目の前から綺麗な声が聞こえてくる。
「おはよう、高貴。行くよ」
彼女は通学バックを体の前で持ち慎ましい笑顔で挨拶をした。
「おはよう、美紀」
目の前にいたのは由紀の髪型をした美紀の笑顔だった。