居着きのオリフィエル―短編版―
課題制作の作品です。
お題は、突き抜けたキャラクター設定。
なんだい兄ちゃん、あそこに座ってる男が気になるって?
そうだなぁ。確かにあいつは、昨日もあそこにいた。
もう三日同じ場所で見かけてるって? そりゃそうさ。何にもなけりゃ、あいつはいつもこの時間は、あそこにいる。
……なぁ、勿体ぶるなよ。どうせ聞いてんだろ? あいつの噂。
そう、それさ。
居着きのオリフィエル。
強いのかって?
そりゃあんた、見て分かんだろ? 推し量れねぇならあんたはヒヨッコってことさ。
素人にゃ分かんねぇ。そういうもんだろ。
「アトス、うるさい」
あー……わりぃな、兄ちゃん。自分の噂されんのは気にくわねぇってよ。
「わざわざ聞こえる場所でするな」
へいへい……。
ほら兄ちゃん、気になんなら続きは、自分で本人に聞きな。
◆
俺にそう言われ、いかにも駆け出しって感じのヒヨッコ剣士は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
正直、戸惑いはそれなりにあったようだ。けれど、好奇心に負けたのかカウンターの席を立ち、足を一歩踏み出し……改めてこちらに振り返る。
「あっ。えっとビールを……二つ、ください」
「まいど。待ってな、すぐ用意する」
気の利く小僧は好きだ。それに……噂を鵜呑みにしねぇで、自分で確かめようって気概がまた、いいじゃねぇか。
小樽型のジョッキにビールをたっぷりと注ぎ、ナッツを手掴みひとつぶん。小皿に入れて、添えた。
あんたの礼儀正しさに対する、俺からの支援物資。
「サービスだ。あいつの好物なんだよ。これがある方が機嫌が良い」
小声でそう言うと、ペコリとお辞儀をして、ひしゃげた財布から銅貨を一枚取り出した。
あまり持ってねぇな。だけど、礼儀だ。そのためになけなしの金を払う。いいじゃねぇか。ますます気に入った。
へぇ、字が読めてるんだな……計算もできるか。ヒヨッコだし身なりが悪いわりに……出自がしっかりしてんだな、こいつ。
「おい、最後にひとつだけ、忠告しといてやる」
盆のうえに、酒と肴をのせたヒヨッコの背中に声を掛けた。振り返った、スレた感じのない、綺麗な瞳。
「あいつに剣を抜かせるようなことは、一切すんな。例え、どんな些細なことでもだ」
若干凄味を出しちまったのは、それがあいつにとってどれほどの苦痛かを、俺は知っていたから。
ヒヨッコは、俺の威圧に若干怯んだものの。こくりと頷いた。
へぇ……度胸もあるかよ。
酒場宿の親父やってるとはいえ、俺だって元は冒険者。それなりの場数を踏んでる。
こういった時、この手のヒヨッコは、大抵肝を冷やしてブルっちまうんだがな。
「あの……、貴方の話を、勝手に始めて、申し訳ありませんでした。
僕はシルヴェリオ。見ての通りの駆け出しです。
僕は今、フリーなので……組んで仕事のできる相手を探していました。それで……」
ヒヨッコの言葉を遮るため、オーリはサッと手を振った。聞く気はない。という身振り。
「どうせ街の連中に聞いてるだろ。俺はこの街を出ない。人と組んで仕事をすることもない。そもそも俺はもう、パーティ持ちだ」
「聞きました。けれど……もう二年、その仲間からの音沙汰が無いと」
おいおいおい、単刀直入にいきすぎてんぞヒヨッコ。素直な良い奴だと見立ててたが、そりゃ素直すぎってやつだろ。
耳を欹ててたもんだから、その言葉運びの不味さにヒヤリとした。
これも注意しときゃ良かった。
仲間のことは話題に出すな。
「だから、この街の中でのことなら、お聞きいただけるのじゃないかと思ったんです」
……ん?
普段よく、オーリに絡む連中とは、やはり違う言葉選びだった。
こういう時、大抵の奴は言うのだ。
そのお仲間はとっくにくたばっちまってるか、あんたを捨てたんだ。だから待つだけ無駄。俺たちと組もうぜ。と。
「僕を、この街の中だけで良いので、貴方のパートナーにしていただけませんか。
フリーより、ペアでいた方が仕事は多いはず。
報酬は、貴方が七、僕が三で構いません。
その代わり、貴方の見取り稽古をさせてほしいです」
……礼儀正しいヒヨッコじゃねぇな。こいつ…………こりゃ変人だわ。
オーリもかなり意表をつかれたのだろう。
珍しく表情を動かした。幾分か瞳を見開き、口も半開きになっている。
そうだろうな。二年ここにいて、こんなバカみたいなことを言った奴はいなかった。
ていうか、こいつ以外にだって、こんなこと言ってる奴、見たことねぇけども。
しかもこのヒヨッコ、オーリのこと、かなり下調べしてるな……でなければ、こんな言葉選びにはならねぇはずだ。
「……お前剣士だよな」
「ええ、そうです」
腰に下げた、己の剣をちらりと見る。
「じゃあなんの見取り稽古を想定してるんだ。俺は……」
「剣を抜かない。でしょう? はい。聞き及んでいます」
いやいやいや、聞き及んでいますじゃねぇだろ。剣を抜かない剣士に、なんの価値があるのかって話だろうよ。
「剣を振ることだけが、学びではありません。
僕は全てにおいて未熟です。冒険者としての経験もですが、人としての経験も。
だから、貴方を見て、人の中で生きることから、学びたいのです。
本来は、依頼料は要らないと言うべきなのですが、僕にも生活があるので申し訳ありません。
その代わり、依頼を精一杯頑張ります!」
「…………はぁ?」
「よろしくお願いします!」
机に盆を置き、二歩下がるヒヨッコ。そうして、きっちりと四十五度に腰を折り曲げ、ビシッと美しく頭を下げる。
その、場末の酒場に似つかわしくない、綺麗な姿勢を呆然と見た。
なんとなく視線を上げたら、オーリと目が合う。
おい、なんなんだこいつ。
しらねぇょ。良いじゃねぇか、見てやれよ。
馬鹿言うな。こいつ頭おかしいぞ?
でもお前の条件には沿ってる。ていうか、そろそろ宿代払え。
ぐっ……少しぐらい待ってくれ。
もう二週間は待ってんだよ馬鹿野郎。ここのところ、仕事が無かったのは本当だろうが。
ペア組めるってんなら、組んで仕事しろ。この貴重な機会を棒に振るな。振ったらここを叩き出すぞ。
おまっ、それは無いだろう⁉︎
声にせず口パクでお互い罵り合っていたら、カランと音がして、冒険者の一団が入店。慌てて表情を取り繕った。
その一団は、オーリに頭を下げる剣士の姿に、なんだあれ? と、意識を向けた。
注目されるのが嫌いなオーリは、これでは粘れない。
断ってもこの手の奴は……食い下がってくるもんな、絶対に。
「……頭下げてないでさっさと座れ。目立つことをするな」
苦虫を噛み潰した顔で、オーリはそう口にする。
席について良い。
それは、仲間と認める。と、同義。
「有難うございます!」
そして数分後。
ジョッキのビールを半分も飲まないうちにへべれけになっちまったヒヨッコを、渋面で担いだオーリに、部屋を移れと俺は伝えた。
「一階の裏庭に面した二人部屋を使え。
そいつと同室なら、部屋代も折半できるし、丁度良いだろ?」
そのガキを、机に放り出してずらかるなんて器用なこと、どうせお前はできねぇんだからよ。
◆
居着きのオリフィエル。
元々は即斬のオーリと呼ばれていた。
剣筋が速く、動きに一切の無駄が無い。斬られたと気付く前に殺されている。そんな意味の二つ名だった。
……そう、だった。
今は居着き。
これは、冒険者のくせに街に居着いている腰抜け。という意味だ。
正直……俺はこいつより優れた剣士を、人生の中でまだ見たことがない。
冒険者の屯する酒場宿なんてやってると、剣士はゴロゴロ見かける。にも関わらずだ。
「オーリさんは、凄いです。剣など抜かなくても、街のゴロツキなんて相手にならない。
稽古だって、剣を抜いた僕の方が……転がされてばかりです。
なのに何故、居着きなどと悪意ある言葉で蔑まれているのか……僕は、悔しい……」
調理場での仕込みバイト中に、シルヴィはよく俺に愚痴る。
あいつに七、自分に三と、依頼料を割り振っちまったこいつは、オーリと仕事をこなすだけでは少々生活費が心許ない。
食い盛りの十四歳は、食べるにも量が必要なんだよな。
だから、空き時間に仕込みのバイトをすりゃ、賄いをつけるぞと誘ったら、飛びついてきた。
……ま、気に入ってんだよ。俺も、こいつを。
お聞きの通り、オーリは冒険者の中では異色。街を出て魔物を相手にする依頼を受けない。
あいつを馬鹿にした野郎どもの言動に流された奴らは、オーリの実力も、本質も知らずにあいつを腑抜けとこき下ろす。
何故そうするのか……。
「あいつの魔剣は、もう見たのか?」
「見ました」
「魔剣持ちってのは、冒険者にとっちゃ、成功者。当然お前も……分かってるだろ? 魔剣が欲しいと思うだろ?
だから嫉妬しちまうんだよ」
特にあいつの魔剣は、その嫉妬に喰らいつく。
しかしシルヴィは……。
「僕は、まだ魔剣を持つに足る実力を持ち合わせていません」
「…………お前ほんと、なんなの」
「何かおかしなことを言いましたか?」
おかしいって。
大抵の剣士ってのはな、良い装備を整えたいし、箔が欲しい。魔剣持ちっていやぁ一流。そんな風に考える。
実力云々抜きにして、魔剣を欲するもんだ。
「実力が伴わず持つ魔具は、どうせ活かせません」
だけどこいつは、マジでそう言っている。だから、あいつの魔剣の誘惑に乗らない。
魔剣を見てすらその誘惑を寄せ付けないとは……恐れ入った。
だから……。
まぁこいつには絡繰を、教えても良いと、判断した。
「……お前さ、今その、芋の皮を剥いてるだろ?」
「? はい……。まだぶ厚いですか⁉︎」
「いや、随分上手くなってる。皮の厚みの話じゃなくてだな。
お前、その芋の皮剥いでも、なんともねぇだろ?」
「……はい。……? どういう意味ですか?」
「オーリはなぁ、芋の皮を剥くと、自分の生皮を剥かれる激痛に襲われる」
そう言うと、ピタリと芋の皮を剥く手が止まった。
「人を刺せば、挿した場所に相手と同じ激痛。殺せば、当然殺される激痛。
つまり、この芋を刻めば、切り刻まれる激痛が襲う」
「……魔剣の副作用ですか」
やっぱり知ってやがるか。
「あんなん、副作用じゃねぇだろ……呪いだよ」
魔物大流出の兆候を調査する。
二年前、オーリのパーティは、そう言い、樹海の調査に向かった。
彼らは当時A級の冒険者パーティで、この依頼の成功をもって、S級への昇格が約束されていた。
それなりに危険な依頼だったのだ。
樹海は何百年かの周期で魔物を溢れさせる。もう十数年前から、その兆候があると言われていた。
その樹海の調査で、封印を発見。その封印の中に、オーリが現在持つ、魔剣が納められていた。
聖剣のレプリカ。
そう見えた。実際、王都に封印され、飾られている聖剣と全く同じデザイン。
かつて、スタンピードをたった一人で抑えたとされる英雄。魔術付与学者でしかなかったその男が、自ら作り上げた魔剣、その名も、ほふり。
見た目は短剣。但し鞘から引き抜くと、所有者に相応しい得物へと刃を伸ばすそれは、地龍の首すら易々と切り飛ばしたらしい。
スタンピードを退けた後、王家はその魔剣を聖剣として祀り、その功績ゆえに、魔剣のレプリカが沢山作られたらしい。
「その封印には、わざわざ注釈すら刻まれていた。これは呪いの剣だと。
《願いある者が見れば、これを握る誘惑に駆られる。
握れば世界をも切り裂ける力を得るだろう。但し、同等の痛みを伴うだろう。
良識ある者はこのままこれをここに残し、立ち去るべし。
握る理由のある者は……どうか、握るな。
苦しむに値する価値など、この剣には無い》」
「……オーリさん、握ったんですか……」
「初めは置いて帰るつもりだったらしい。まずは報告して、どうするかを決めるつもりで。
いくら魔剣だからってがっつくほど、あいつらは無謀なパーティじゃなかった。呪いの剣だと書かれているのに、手を出すなんざ、馬鹿のすることだ。
けど……そこで魔物に奇襲された……。
オーリは自前の剣を折っちまってな。仲間の危機を救うため、生き残るためにやむなく魔剣を握った。
で、死の淵を彷徨う結果になった」
「怪我でですか⁉︎」
「いんや……反射の痛みで。あいつは三回死ぬ痛みに耐えて、仲間を守ったんだよ」
封印を解いてしまった剣は、もう封印の中に戻せなかった……。
魔法が衰退しちまったこの時代じゃ、封印なんて高度な魔法、使えるやつなんざ、冒険者にはいやしねぇ。
そして魔剣を目にした者は、その魔剣を手に取りたい誘惑に駆られることを、仲間も知った。
「更にあの魔剣にはな、厄介な呪いがあった。斬らなきゃならない。そういう衝動に駆られるんだ。
見れば握りたくなり、握れば斬りたくなり、斬ったら同等の痛みが襲う剣……。何考えて作ったんだかな。よっぽど聖剣を妬ましく思ってたのか?
今となっちゃ……魔具を作る技術すら残ってねぇからな……。呪いを解く方法が、分からん」
魔剣を野放しにするのは危険だ。
そう判断したパーティは、オーリをこの街に残す選択を取った。
連れ歩けばオーリが苦しむ。剣を握り、襲う痛みに晒されることも問題だったが、剣を握りたい衝動が、仲間の精神を蝕む。オーリの魔剣を、奪い、使いたくなる……。
仲間を守るために握られた魔剣。だから、仲間の呪いは俺たちで解くと、解呪法を探し彼らは旅に出た。
そうしてオーリは……二年、ここで待ち惚け。
「しかもその魔剣の呪い、魔剣以外の刃物全般に作用しやがる。
槍だろうが戦斧だろうが、短剣だろうが包丁だろうが……刃で斬ったり刺したりした全ての痛みが反射する」
「……聞いたことがあります。魔剣は、ただ力を付与するには限界があると。
ペナルティを設けることで付与容量が増し、切れ味を強化できる……」
「……殺したら死ぬ痛みだぞ? 使えねぇだろそれ……」
それこそ、下手したら痛みでショック死するのだ。前に、あいつの魔剣を盗み、誘惑に負けた奴はそうなった。
「そうまでして、聖剣の威力を欲するかぁ? 気持ち悪りぃ……作った研究者、相当イカれてんぜ」
そう思うと同時に、聖剣の凄さを垣間見る。
そこまで呪いを重ねて得ようとするほどの威力。それを聖剣を作った付与魔術学者は、人の使える形で作り上げたのだ。異才としか言いようがねぇ。
「まぁだから、あいつの魔剣は常に狙われる……。
二年つるんで、実際に見た奴、更に、野望の大きい奴ほど誘惑が強いらしいと分かった。つまり……」
「よからぬことを考える輩ほど、魔剣を欲する……」
「そしてあいつは、剣を握ってそれを退けることができねぇんだよ」
どんなえげつないトラップも真っ青になる、とんでもねぇ呪いの品だ。
そう思いつつ、俺はシルヴィの横顔を盗み見た。
そう。魔剣は欲を喰らう。
なのにこいつは、力が欲しいという欲が無いか、制御できているか、もしくは……。
力を欲していない。
剣の稽古は相当真面目にやってる。気持ちも無いのに、あそこまでできるもんか?
こいつをそうさせてる動機ってのは、いったい何だ? オーリに目をつけた理由は?
こいつもたいがい、イカれてるのかもな……。
うわー、なんか続き書きたい。
二十万字くらいでいけそうな気がする。
時間ができたとき考えようかなぁ。