第3話 人影の正体と温もり
俺は人影の正体に事情を話す事にした。
こういう時に俺は人間の脆さと言うか、儚さを感じる。結局、人間は誰かに頼らないと生きていけないのだなと……
俺は元来、人付き合いが苦手だ。人付き合いというのは、人と人との間で成立するものだ。そういうのは昔からなかなか上手く行かないもので、それが得意な人もいれば苦手な人もいる。そういった人間関係になんともむず痒さを感じる。
そんな事をうじうじと考えながら人影へと近づく。一歩一歩、着着と足を進めていく。
人影の正体は一人の女性だった。こんな森の奥だから複数人かと思っていたが、彼女は大丈夫なのだろうか?それにしても流石は異世界!とかいう感じだ。理由は単純に彼女がとても美しかったのである。歳は二十歳辺りだろうか。こんな人と付き合えたら…なんてしみじみ思っちゃたりして……
てか歩くの早いな……追いつくか?これ。
やっと追いついた…マジで歩くのが早い。何か早く戻らなきゃいけない理由があるのかと疑ってしまうほどだ。
彼女にも何かの事情があるのだろう。なんてそんなことより話しかけないと…
「クソッ…!!」
ここで俺のコミュ障っぷりが発動してしまう。だってだって、怖いんだもん!彼女だって事情があるかも知れないし、話しかけて、「何コイツ、キモッ!」とか言われたら三日ぐらい寝込んじゃうからね俺!冗談じゃないからね!ってそんなことばかり考えてる場合じゃない!怖いけど…今は命が掛かってる!
「あ、あのっ!」
とてもか細いが何とか届いたようで、
「え?あ、はい?」
彼女は、足を止めて俺の方を見た。
俺は内心ビクビクし、俯きながらこう言った。
「え、えっと、その…」
ぶっちゃけ、自分の状況すらまだ把握できてない俺は、彼女になんて説明すれば良いのか分からず、言葉を詰まらせていた。そもそも彼女は俺が追いかけている事に気が付かなかったのか?もしや俺って、隠密の才能があるのでは?いやいや、それよりこんな美人なのに俺の追跡に気付かないとか大丈夫なのか?ストーカーっていう概念はないのか?こんな美人、なんなら俺がストーキングしてる。
そんな余計な事を考えながらモジモジしていると、何かを察したかのように彼女はこう言った。
「…あっ、もしかして迷子?」
少し恥ずかしい気もしたが、背に腹はかえられない。この際、迷子でもいい!と思った。
「あっ、はい。少し道に迷っちゃって……」
そう言うと彼女は綺麗な顔でクスリと笑いながら
「そっか!じゃあ、一緒に来る?」
あっさりと俺を助ける事を快諾してくれ、俺はとりあえずホッとする。というかさっきの表情可愛かったなぁ…俺は少し頰を赤く染めながら彼女の隣を歩いた。
「じゃあ早速行こうか!」
「はい!ありがとうございます!」
愛想良く笑顔で返事をした。照れ隠しだった。それに気を良くしたのか相手も笑顔でこう聞いて来た。
「そうだ。自己紹介がまだだったね!私はシズル。よろしくね!」
シズルっていうのか。っと、俺も自己紹介しないとな。でもどうしようかなぁ……これ本名でいいのか?いやでもなぁ…
考えた末に俺は…
「俺は朔です。よろしくです…」
結局本名にした。そしてなんかコミュ障出た……
「へぇ〜、朔くんっていうんだ!よろしくね!」
シズルさんは笑いながら言った。
それから歩きながらシズルさんはこの森の事を話してくれた。気になるであろう俺の事や自分の事を一切話さずに。どうやらこの森はシズルさんが管理しているらしい。道理でこの森に詳しいはずだ。それにしても、なぜ俺はシズルさんの管理している森に転移したのだろうか。シズルさんの話と並行してその事を考えていた。次から次へと謎は増えるばかりだ。
そうして十五分程歩いて森を抜け、そこから、ほんの僅か歩いた所にシズルさんの家があった。
シズルさんは温かいココアを入れてくれた。今まで飲んで来たココアよりずっと心に沁みた。そして俺が少し落ち着いたのを見計らってか、シズルさんは踏み込んだ質問をしてきた。
「ねえ、朔くんはこの森で何をしていたの?」
俺は迷った。ここはやはり本当の事を話すべきか?それとも……でもこのまま嘘をついていてよいのだろうか?シズルさんはこんなに親身になって俺を受け入れようとしてくれている。俺はそれに応えるべきだ。だがそれとこれは違う気がする。俺が今言おうとしている事は場合によっては、優しいこの人を困らせるかも知れない。それは嫌だ。俺はこの人の事を知らなすぎた。知らないというのは時には罪になり、言い訳にもなる。つまり相手を知るという事、情報というのは、”最も”重要な物だ。
「……シズルさん。実は…」
俺は迷った末に事の顛末を全て話した。シズルさんを困らせてしまうかも知れないとも思ったが、相手を知るには自分を晒け出す必要がある気がした。これは必要な事だと思った。全てを知って彼女はどう思うのだろうか。俺は少し不安になりながら話していた。声が震えていたかも知れない。
少し沈黙が流れた。そしてシズルさんは俺を優しくそっと抱きしめてくれた。俺より少し年上な彼女からの抱擁は、はっきり言って死ぬほどドキドキした。お姉ちゃんがいたらこんな感じなのかな…なんて考えていた。下手しても恋人からの抱擁とは考えてはいけないと思った。そう考えると俺の心臓が持たないからだ。そんな事を考えているうちに……
「……あの、シズルさん…ちょっと…ヤバいです…色々と…」
俺の限界が来た。