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トモ君とアキちゃん

六章


1.


停電が起きたM県内の区域において、3ヶ所の収容センターから、「生体ロボット」が脱走した。


始まりは、ロボットたちの衛星通信機能を遮断していたジャミング装置が、地震による停電に伴っていったん停止したこと。もちろん、次の瞬間に補助電源へと切り替わったわけだが、敵はその一瞬を待ち構えていたのだった。


防壁はジャミングだけではなく、通信回線を使われないように二重三重の処置はされていたはずだった。しかし、結局は一瞬の隙をついてクラッキングが行われ、プログラムの強制的な再書き込みがなされたようだ。ロボットたちが覚醒すると、鎮静剤も革ベルトもほとんど意味が無かったことが証明された。


結果、3ヶ所の収容センターでは全てのロボットが脱出。また、安全対策が万全だった残り2ヶ所の収容センターでは、脱出できないことに気づいたロボットたちが激しく暴れた後に例の「爆発」をするという、阿鼻叫喚の眺めとなった。


ヤツラの「爆発」により、床から天井まで余すことなく血まみれになった部屋の写真がSNSで拡散し、ネットは狂乱状態となった。


問題は脱走したヤツラだけではない。この操作が可能だということは、いまだにあちこちに潜伏している「初期型」のロボットたちも、いつプログラムを書き換えられて攻撃に転じてくるかわからないということだ。


僕はほとんど眠れずに夜を明かし、ニュースサイトを回って、昨日の停電から始まった一連の事件の続報を追った。


神白はどうなる?


S町の収容センターは脱走者を出さなかったようだが、すぐ隣のK町の収容センターからは100体近いロボットが放たれてしまった。警察が道路を封鎖し、検問を敷いているが、今のところ回収できたのは2体だけ。ヤツラはほとんどがその辺りの森林に逃げ込んでしまい、自然豊かな地形が災いして、容易には囲い込めないようだ。


自衛隊による山狩りが行われるのでは、との憶測が出ている。


神白たちがあそこに留まっていると、ろくなことにならないのは明白だ。ゾンビ退治をしていたのがバレて、しょっぴかれるくらいならまだ良いが、下手をすればゾンビと間違われて「駆除」の対象になりかねない。

何より、去年の「関所法」の悪夢を思い返せば、いま現在仕事を持たず、まともな住居に帰らず、周辺住民からも孤立している神白たちは、帰ろうとしたところでとうぶん検問を通してもらえない可能性もある。


いや、そもそも、あんな廃墟と変わりない場所で無防備に過ごしていること自体、あまりにも危険だ。新型のゾンビたちがどんな性能を獲得したか、予測がつかない。神白が弟と同じ目に遭わないという保証はないのだ。

だいたい、彼らはニュースをチェックしているのだろうか?


僕は一応、神白が手紙に書いていた電話番号にかけてみたが、繋がらなかった。


ありがたくも、土曜日だった。講義や実験をサボらずに済む。それが何よりも重要だ。


スマホの通知を確かめ、サークルの先輩たちから入っていたいくつかのメッセージに返信した。

それから、家の車を借り、ナビにひとつめの住所を入れて出発した。


教習所の日程を繰り上げて詰め込んだのは正しかった。先週、学科と実技のノルマを果たし終え、日曜日に試験を受けて無事に免許を取れていた。

いずれにしろ、このゾンビ脱走騒ぎがあっても無くても、僕には車が必要となったはずだ。


市街地を離れ、山あいの国道をゆるく登りながら、こんな道だっただろうかと思った。バスで何度も来た道だが、自分で運転して進むとまるで風景が違う。目線の高さが違うというだけでなく、目に入るもの、注意が向くものの種類がまるで違った。


着いてから、ああ、ここだったと思い出す。

裏手がコンビニになっている、そこそこ歴史のありそうな一軒家。神白が赤い服を着替えてそこから出て来たときのことを、録画した映像を見返すように思い出すことができた。

ハーフだな、とあのとき思ったはずだ。


インターホンを鳴らすと、不安になるような長い間があってから「はい」と男の声が出た。


「すみません、『トモ君』はいますか」


「僕ですが」


当たり。

親が出ると面倒だと思っていた。


「あの、去年S駅で会いました。『アキちゃん』と夏の間、一緒に……」


「あ、はい、え? ちょっと待ってね」

ガチャンと素早くインターホンが切れて、また相当不安になるほどの間があってから、玄関が開いた。


神白の弟は杖で身体を支えて現れた。

けっこう動けるんだな、と僕は感心した。


「うーん。ごめん。そうだね。何となく覚えてる」

トモ君は僕の顔を眺めながら軽く首を傾げて、何か思案しているようだった。

「あっ。そうそう。伊東君、でしょ。思い出した。伊東家の食卓」


僕は笑った。

「その言葉、久しぶりに聞いた」


「どうかしたの?」


「アキちゃんを迎えに行く。だから一緒に来てもらう」


「迎えに? あれ、一緒じゃない? 彼、今、どこ?」


「S町」


「S町? えーっとね。ごめん、話が読めてない。ていうかどこ」


「ニュースになってる、K町の隣。泊まり込みでゾンビ退治をしてる。もしかしたらニュースも見てないかも。あそこにいたら危ないし、たぶん彼一人だと検問で止められると思う……迎えに行くから、来て」


「ああ……」

トモ君は兄にそっくりな目で、遠くを見るような顔をして考え込んだ。


「迷うようなことなの?」

と、僕は聞いた。


「いや、ちょっと待って」


「待たないよ。あなたが来ないと、僕だけで彼を説得できない」


「違う違う。そうじゃなくて」トモ君は僕の車を指差した。「君、伊東君、初心者。若葉マークだね。運転得意?」


「いいえ」


「なら、僕が運転する」

トモ君は玄関の脇に停めてある、ワゴン型の軽自動車を示してそう言った。


「運転できるの?」


「この車ならね。この車、出すから、伊東君の車をここに入れて。車庫入れ、できる?」


「できますよ」


勢いよくそう答えたものの、実際には「できる」とは言い難いレベルだった。

僕はだいぶ苦労して自分の車を神白家の駐車場に収めてから、通りで待っていたトモ君の車の助手席に乗り込んだ。


トモ君の車は、足を使わずに運転できる特別仕様車だった。


僕は神白からもらった手紙を見ながら、セントラル・プラザの住所をナビに入力した。


「これ、アキちゃんの字?」トモ君は横から覗き込み、文面を読んで笑った。「何やってんだあの馬鹿は。この手紙を君に送ったの? 馬鹿だねえ」


僕は吹き出してしまった。

「弟からも馬鹿って言われてるんだ」


「だって本当に馬鹿じゃんか」トモ君は車を発進させた。「あと、僕は弟じゃなくて兄だ」


「向こうもそう言ってるけど」


「言わせておくさ。事実は変えられない」


どんよりと曇った空だった。

土曜日の午前中だというのに、そう実感できるような明るさがどこにもない。

見ていて疲れる空だ。


トモ君の運転は手馴れていた。少なくとも僕よりはずっとスムーズだった。

僕は今さらながら、運転の緊張で上半身がガチガチに固まっていたことに気づいた。


「僕の名前が伊東だって、アキちゃんが話したの?」

僕は聞いた。


「うん。聞いた。トウが東だと聞いた」


「けっこう喋ってたんだね。神白は、」


「僕も神白だよ」とトモ君は言った。


「……アキちゃんは、帰ってからあなたとは顔を合わさなかったと言ってたから」


「うーん、やっぱり避けられてたか」トモ君はちょっと考え込むような顔をした。「まあでも、多少は話してたよ。伊東君と旅をしてたと。珍しいなあと思ってさ。あいつは誰かと一対一で仲良くするような人じゃないから」


「え?」

僕は何となく、よく分からなくて笑ってしまった。


「僕はまたてっきり、一人旅か、もしくは、10人くらいでゾロゾロやってたんだと思ってた。アキちゃんはいつもそうだもの。けど、伊東君ていう人と2人で出掛けてたと聞いたから、君のことは何者なんだろうと思ってたよ。意外と普通なんだね」


僕は返事に困ってしまった。


僕と神白がF県で長く足止めされたのは、単なる不可抗力だ。予定外のことだった。

だから、取り立ててそこに神白の意思が入っているとは思えなかったのだが。


でも、考えてみれば、最初にC県まで僕を送って行きたいと申し出たのは、神白のほうだったのだ。


「トモ君に自警団を取られたので、落ち込んでた、と僕は聞いたけど」


「取られた? やだなあ、あいつそんな言い方したの?」

トモ君は楽しそうに言った。

「先に取ったのはアキちゃんだ。僕は返してもらっただけだよ」


「え」


「ほんと、濡れ衣だよ、それは。うわあ、ひどいなあ。なんでそんなひどいこと、言えるかな? 自分が被害者なわけ?」トモ君はしかし、すごく嬉しそうだった。「ウケるわー。じゃあ何、僕がこの身体になったこと、彼は何と説明してたの?」


「うーん。ヤツラに襲われて、脊髄をやられた、だったかな……」


「そりゃそうだよ。そうだけどさ。つまり、僕が自警団をしていたときに、ミスってやられたんだ。あの自警団はもともと、僕のだぜ」


「ええ……」


神白はだいぶ自信満々に、自分が設立した自警団だと言っていたが。

いや、この場合、どちらの言い分もあまり信用できないか。


なにせ、ふたりしてお互いを「弟」と言って譲らない状態だし。


「もう帰りたい」

僕は窓に頭を押し付けて外を見た。

「一気に馬鹿らしくなった。もうここで下ろしてくれませんかね? あなたがひとりで迎えに行けばいいよ」


「そうはいかんでしょ。ていうか僕が必要なかったと思うよ。伊東君がひとりで迎えに行けば、きっとすんなり帰ってきたんじゃない。僕が行っちゃあ逆効果かもしれない。そうだ、手前のほうで降ろすからさ、僕は隠れていようか?」


「そういうのいいから、普通にやって」


「まあ、そうだね、普通に連れ戻そう」


「アキちゃんは……」これは、言わないほうがいいことなのだろうか?「……トモ君を守れなかった、自分が許せない、と」


「ふん」トモ君は目を細めて遠く前方を見た。「いかにも、アキちゃんの言いそうなことだよ」


そのあと、トモ君が涙目になってきたので、僕はすごく気まずくなった。


言わなきゃよかった。


「なんでなんだよ……ほんとにさ」トモ君は言った。「おれがそんなの嬉しいと思うのかよ。そんなの……」


「そんなこと言ったってね」僕は思わず言い返した。「兄弟という立場からすれば、気にするなというほうが無理な話で」


「そうだよ、それだからさ」トモ君は辛そうな顔をした。「僕が、楽なほうを取っちゃったんだよ。いつも、アキちゃんには申し訳ないと思っている。僕は身体が辛いから、心は気楽でいられる。アキちゃんはどこも痛くないからこそ、気持ちの上で苦しまなきゃならないだろ?」


「そう……そうかもね」


贅沢な話だ。ふたりぶんの悩みを、ふたりでこんなにも悩んでいられるなんて。


「君たちはずるいよ」と僕は言った。


「ずるい?」


「ふたりいる。ずるい。羨ましい」


「じゃあ君にあげるよ、あいつは」トモ君は笑った。「うちでは余ってるんだ。一家に一台で十分だろ?」


「いらないよ。なんでわざわざ馬鹿なほうを引き取らなきゃいけないの?」


「確かにな。そもそも家に居つかないしな」

トモ君は信号待ちの間、ずっとニヤニヤ笑っていた。


「なんか、わかる気がする」

トモ君はだいぶ無言で走らせてから、不意に言った。


「何が?」


「アキちゃんが、ずっと君と一緒に居たというのがさ」


「いや、帰れなかっただけだよ」


「そうかね」


「好きこのんで一緒にいないよ。それは向こうもそうだったと思うよ」


「じゃあ今は何なのさ? 正直傷ついてるよ。僕に居場所を知らせないのに、伊東君には知らせてきたんだな、と思って」


「そりゃ、トモ君への嫌がらせでしょう」と僕は言った。「居場所を知らせずに出かけたら、さぞかし困るだろうと思って、わざとでしょ。僕が知るかよ」


「マジかあ。だいぶ恨まれてるなあ。なんでなんだろ。僕が何かしたのかな?」


「知るかよ」僕はもう一度言った。

なんなんだ、ふたり揃って同じことばかり言って。


高度な漫才か何かなのか?


「あ、そういえば……」僕はしばらく経ってから聞いた。「トモ君とアキちゃんはハーフだよね。なんでハーフなの?」


「なんで? さあ、なんでだろう」トモ君は首を傾げた。「ハーフじゃないよ。父ちゃんと母ちゃんは日本人なんだよ。黒髪で黒目。だから、養子じゃないかといつも疑われる。けど、どっちの家系も途中で外人の血が入ってるんだ。母方はひい婆ちゃん、父方は爺ちゃんが。うちの家では、黒髪で黒目のほうが珍しいくらいだよ。一度、親戚が集まってただけで通報されたことがある。変な外人の集団がたむろしてるって。確かに地毛が黒くない奴が多いからなあ、うちは」


「へえ……」


「それに、うちは特に父方が無鉄砲な家系でさ。ひい爺ちゃん、爺ちゃん、父ちゃん、3代続けてベッドで死んでない。海、山、あと高速道路で死んだ。僕みたいな、シャレにならない怪我をする奴も、うちの家系じゃ珍しくはないって言われた。だからさ、アキちゃんがどっか出掛けちゃうたびに、思うんだよね、ここで死んでもそれが彼の寿命なんだなって。僕は死なない程度にやられたんで、きっと運が良かったんだよ」


「やめろよ、そんなこと言うのは」


「君はいい奴だなあ」トモ君は言った。「あまり悲痛な顔をするなよ。アキちゃんは何とかしてるよ。あれでなかなか、したたかなんだ。どうする、まだ帰りたくないってごねられたら? ちょっと僕らふたりで、彼のゾンビ退治に付き合ってやろうかね?」


「それが困るからトモ君を連れてきたのに」


「いやいや、それは伊東君の考えが甘いんだ。背骨折られるまで闘う奴だぜ、僕は。なぜアキちゃんのストッパーになると思ったんだ」


「もういいよ。君たちをふたりで置いて、僕だけ帰るから……」


県道は細くなったり太くなったりを繰り返して北へ続いていた。

空は少しずつ晴れてきているようだった。雲に切れ間が見え始めている。


辺りの景色はしばらく前から、ずっと田んぼか山だった。


「ああ、平和だなあ。いい眺めだ」トモ君は感慨深げに言った。「こんな時じゃなければ、ってことだけど」


「何が?」


「こんな時代じゃなければさ。今って、戦時中だよね? これって、戦争じゃない?」


「そうかも。なんか、思ってたのと違うけど」


「けど、他の時代に生まれたかったか? って聞かれると、そうでもないか……」


「他の時代だったら、まだ歩いてたかも、と思わない?」


「まったく思わない」トモ君はきっぱりと言って、笑い出した。「もっと早く死んでたかも、とは思う」


「少しは自重しなよ」と僕は言った。「まさかとは思うけど、その身体でまたいつかゾンビ退治をするつもりじゃないよね」


「ええ?」トモ君はニヤニヤ笑った。「駄目なの? なんで?」


「なんでって、死ななきゃわからないわけ?」

僕はけっこう本気で溜息をついた。


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