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兵糧攻め

2.


ナビに導かれてたどり着いた場所は、車が入れないようになっていた。


もちろん、手紙に兵糧攻めという言葉があった時点で、予測しておくべきだったのかもしれない。


元はパチンコ屋だったと思われる、特徴的な箱型の建物の側面に、消えかけた字で「セントラル・プラザS」とあった。その手前の平らな土地が、本来は駐車場だったと思われるが、ほぼすべてアスファルトを剥がされていた。しかも、むき出しの土の上にぎっしりと鉄パイプ、コンクリブロック、建築資材の類がばらまかれ、3メートルおきに「すべて私有物 さわるな」という立て札が差してあった。


6台ほど、バラバラな位置に車が停まっていた。その6台の真下だけは、綺麗なアスファルトが残っている。つまり、駐車場が破壊されたのは、この6台が来た後なのだろう。


「ふふふ。やべえ」

清水先輩はさっそく運転席から写真を撮った。


「思ったよりやばいですね。もう帰りましょうか」


「いやいや、ここまで来たんだぜ」


「でも、これじゃ入れませんよ」


「いったんそっちに停めるか」

清水先輩は道路を挟んで向かい側の区画に車を乗り入れた。


そちらは、セントラル・プラザよりもはるかに大きな駐車場を備えた、複合型の観光施設のようだった。


温泉施設と、産直販売センター、レストラン2軒、そして観光案内所が、それぞれのっぺりと横に広がっている。すべての建物が1階建てで、建物どうしの距離もたっぷりだ。

田舎の土地の使い方は豪快だな、と僕は感心した。


僕と清水先輩は車を降り、スナック菓子の箱を1つずつ持ってセントラル・プラザの前まで戻った。


「おい、誰だ!」

「今日はジイさんじゃねえのかよ!」

箱型の建物から男が3人出てきた。田舎によく居そうな不良っぽかった。


清水先輩はすかさずスマホで撮影した。


「あ、おい、なんだよ」先頭の男が叫んだ。「なんの真似? なんなのマジ」


「神白に頼まれて来たんだけど!」と僕は言った。「食べ物持って来たんだけど、迷惑だったんなら、帰るけど?」


「え、神白さんの?」


「そもそも、これ何なの? こんなことしたら自分たちも出られないでしょ、馬鹿なの?」


「え、向こうがやったことだって。俺たちが出られないように。だから何も買いに行けないんじゃないか。兵糧攻めだよ」


「この立札も、相手方? だとすると君たちが不法侵入っぽいけど」


「それも誤解だ。ここは俺が継いだ土地だ。叔父が権利を主張してるけど、登記簿はうちなんだ。弁護士も入ってる。裁判まではいかないはずだって話だ」


なにしろ、あまりにも障害物が多いので、ここまで話したところでようやく3人は僕たちの前までたどり着いた。


間近で見ると、それほど粗暴には見えなかった。先頭の、地主を名乗る男は20代後半と見えたが、他2人はもしかすると僕よりも若いかも知れない。


「神白は?」と僕は聞いた。


「あ、いるよ」地主の男は建物を振り返った。「てか、誰ですか。神白さんの友達?」


「食べ物いるの? いらないの?」


「えっと……」


「いるんならさあ、車まで取りに来てくれない?」と、清水先輩は言った。「まだこの5倍くらいあるんだけど」


「すいません。もちろん行きます。あの車?」

男は道路の向こうを見た。


「ていうか、自分たちで取ってきてくれない? 後部席とトランクの食べ物類は、全部だから」清水先輩は車のキーをほぼ無理やり男に押し付けた。「食品じゃないものには、触るなよ」


「あ、はい……ありがとうございます」

3人の男は腑に落ちない顔で道路を渡って行った。


僕と清水先輩はゆっくりと障害物を避けながら建物に向かった。よく見ると、割れたガラスが散在している。釘と画鋲も相当、まかれていた。


「戦場って感じだなあ」

清水先輩はほぼ途切れなくスマホのシャッターを押し続けていた。


「先輩、転びますよ。ながらスマホ」


「靴傷みそう。サンダルで来なくて良かったわ」


「誰?」

と、また別な若者が入口から顔を出した。


「神白に頼まれたんだけど!」僕はもう一度怒鳴った。「もう帰ろうかと思ってるよ。君たち、めちゃくちゃ態度悪くない?」


「え、すみません」若者はさっと引っ込んで、誰かに何かを言いに行ったようだった。


やっと建物にたどり着いた。


入口の自動ドアは、止まって久しいようだ。人ひとりぶんの隙間が開け放してあったが、段ボールが通らないので更にこじ開けた。


内装はまったくパチンコ屋そのものだった。ただし、台などはすべて撤去され、ただただ真四角なホールが広がっている。


あっちこっちに鞄やら、着替えの山やら、キャンプ用と思われる折りたたみ式の椅子やら、鍋やら、半分入ったゴミ袋やらが無秩序に転がり、文明とは程遠い暮らしぶりがうかがえた。


当然、それらもすべて、清水先輩の被写体となった。


「先輩、ほんとにSNSで煽る気ですか」


「2ちゃんねるに投稿してやろうぜ。位置情報つきで撮ってる」


「さすがにやめたほうが……まあ、叩かれた方がこいつらのためかも知れませんけど」


「ちょっと、なんで撮ってるの?」

ゴミ山の向こうから、先ほど引っ込んだ若者と、報告を受けていた別なふたりの男が揃って睨んできた。


「記念だよ。別にいいだろ?」清水先輩は明るく叫んだ。


「消してくださいよ」

と、僕たちの背中から声が掛かった。


そこに階段があって、神白が丁度降りてきたところだった。


神白は作業ズボンのようなものの上に、真っ赤なTシャツを着ていた。いつも思うけど、どこで買えるんだろう。無地の赤一色。

頭には赤いバンダナを巻いている。こちらについては、百均でもよく見かけるような、ありがちなデザインのバンダナだ。


「伊東君。びっくりした」

神白は無邪気な笑顔を浮かべた。


「びっくりはこっちだよ」と、僕は言った。「相変わらずだね……」


「車で来たの?」


「うん、向かいに停まってる。この先輩の車ね」


「あそこ、長くは停められませんよ」神白は清水先輩に向かって言った。「この建物に来るために停めてるとバレたら、嫌がらせをされる」


「うん、そうだろうな」清水先輩は平然とスマホを向け、神白の写真を1枚撮った。

「見て」清水先輩は画面を僕に見せる。「彼氏、よく撮れてるだろ」


「消してくださいよ」神白はそれほど慌てた様子でもなく、しかし何となく断固とした口調で言った。


「嫌だと言ったら?」と、清水先輩。


「嫌だと言ってる人には、何言っても無駄でしょう」神白は穏やかな口調のまま、少しだけ目を逸らした。「頼めば消してくれそうな気がしたから、頼んだんです」


「……わかったよ。あとで消しとくよ」


「信用してますよ。確認はしませんから」


「いつも、こんな感じ?」清水先輩は半笑いで僕を見た。


「まあ、平常運転ですね」


「思ってたのと違うわー」清水先輩はスマホをポケットに入れた。


「それ、お菓子ですか?」神白は僕たちの持つ段ボールを示してとても嬉しそうに言った。


「まだ10箱はあるよ。土下座して受け取れ」と僕は言った。「T大生たちからのお恵みだよ」


「ご入学おめでとうございます」神白はニヤニヤしながら言った。「受かると思ってた。君はいつも勉強してたね。あ、ピザポテト……」

神白は「夢にまで見た」と言いながら箱を受け取って開けた。そのまま3袋連続で開封し、次々と他の若者たちに回した。

神白自身は、最初の一口しか食べなかった。


3人の馬鹿どもがピザポテトを貪り食っている間に、さっきの3人が荷物を抱えて戻って来た。小ぶりの段ボール10箱、パンパンに膨らんだスーパーのビニル袋が3袋。

「これはすごいよ」と、自称ここの地主である男が言った。「神白さん。これ全部カップ麺だよ」


「ちょっといったん置いて」神白は食べている3人と、運んできた3人に指示を出して、積みあがった物資の前に全員を一列に並ばせた。


「ありがとうございます!」

7人の馬鹿な人たちは、僕と清水先輩に向かって一斉に頭を下げた。


嬉しくない、と思ったのは僕だけのようで、清水先輩はすかさずスマホを出して動画モードで撮影を始めた。

「はい、続けて。続けて。土下座して! 神白さんだけでいいから。土下座して!」


「こうですかね?」神白はけっこう楽しそうな顔で、すぐに両膝と手をついた。「ありがとうございます。ありがたく頂戴いたします」


「いいね。いい絵が撮れてるよ。プライドとか無いの?」


「あったら、ここには居ません」


「なるほどね。良い心がけだ」


「神白さん、やめてよ」一番若そうに見える坊主頭の青年が、心底嫌そうな顔で言った。


「ごめん」神白はすぐに立ち上がった。「お湯、沸かそうか。食べよう」


「俺、やってきます」坊主頭はさっと柱の向こうへ駆けて行った。


「さ、じゃあ帰ろうか」清水先輩は言った。


「そうですね。用事は済んだ」と僕も言った。


「伊東君、ほんとにありがとう。来てくれると思わなかったよ」神白はにこにこして言った。


「うるさいよ。君も早く実家に戻れよ。弟さんが心配していたよ」


「ああ、会ったの? トモ君に……」


「なんか、去年の秋だったかな? S駅でイキってた。君が戻らないって心配していたよ」


「ああ、あれね」神白はうんざりした感じで言った。「僕も見たよ。頭に来ちゃってさ。僕の自警団の仲間を全部横取りしてたから。腹立ったからそのまま見なかったことにして、T市に行ってしばらくゾンビ退治をしてた。でも、冬には家に戻って、先月までは派遣で働いてたんですよ、僕。車を弁償しなくちゃならなかったから」


「ああ……そう。じゃあなぜ電話に出なかったの」


「電話くれてた? ごめん、料金払ってなかった。車の弁償が先だったから。で、無事に借金完済して、だいぶストレスも溜まったので、今度はこちらでゾンビ退治を」


「あのね、ゾンビ退治はスポーツじゃないんだよ」僕は溜息をついた。「テレビとか見てないの? 君のしていることは、犯罪なんだよ。いつか捕まるよ」


「まあ、グレーゾーンてやつですよ」神白は雑なまとめ方をして、「お昼、もしあれなら、向こうの温泉の中の冷やし中華がお勧めですよ。温泉に入場しなくても食べれます。すごく美味しい、具が豪華でね」


「じゃ毎日それを食べれば」


「僕は2回目で『倒す会』のメンバーだとバレて、出禁になっちゃったから。この辺り歩いて行ける店はほとんど『守る会』側なので、僕たちは出禁です。それに、中立を保ってる店には、毎朝開店と同時に『守る会』の人たちが押し入って全部の商品を買い占めます」


「なるほど、まさしく兵糧攻めだ」清水先輩は感心したように言った。「秀吉がやったのと同じだな」


「そこに閉じ込められてる車が、君たちの車ってわけ」僕は戦場と化している駐車場跡を見やった。


「そう。まあ、業者に頼めばクレーンで出せるみたいですけど、出しちゃったらもう戻せない。だから、用事が終わるまではここに留まろうかと」


「用事なんてもう無いでしょうが。ゾンビに何の用事があるの」


「あと1、2体だと思うんだよねー」神白は首をかしげて言った。「弓矢が欲しくなりますよ。2階から、ときどき見えるんです。でも、捕まえようとすると森に逃げられる」


坊主頭が、お湯が沸いたと知らせに来た。神白以外の男たちはめいめい、好きなカップ麺を取り出して奥へ去って行った。


「あんた、利用されてるのわかってる?」

清水先輩は、急に声をひそめて、神白のすぐそばまで歩み寄った。


神白は何も言わずに薄く微笑んだ。


「あいつがガンだろ。ここの地主だっていう、あいつ。叔父さんが権利を主張して、駐車場を剥がしたんだろ? あんた、あいつの家の相続争いに巻き込まれてるだけだぞ」


「知ってますよ」神白は言った。「けど、こっちも利用しているわけですよ。ただで泊まれて、好きにさせてもらえる」


「適当なところで引かないと……」


「大丈夫。僕はお盆前には引き上げると言ってあります」神白はあっさりと言った。「うち、今年は新盆なんで。手伝いに戻らなかったら勘当されます、これは冗談じゃなく。だからそれまでに決着がついてるといいですけど、もしつかなくたって僕は帰るんで」


「わかってるなら、いいけどさ……」清水先輩の目は少し不安そうだった。


「ありがとう。あ、そうだ、お金」神白は段ボールの山を見やった。「これ、いくらでした?」


「別にいいよ。俺も伊東君も金を出してないから。部長たちからのおごりです」


「そんなわけには……これ、万はするでしょう」


「いい、取っといて」と、僕は言った。「みんなでさっきの動画見て笑いものにして遊ぶから。出演料だよ」


「はあ。YouTubeとかに上げないでね」


「そんなつまらないことしないよ」清水先輩は笑った。「もっと面白く使い倒すから!」


「ええ、お手柔らかにね……」



僕と清水先輩はそのあと、神白の勧めた冷やし中華を食べに温泉施設へ入った。確かに豪勢な冷やし中華だった。この辺りで今朝取ったようなみずみずしい夏野菜と、分厚いチャーシューが山盛りで、麺よりも具が多いほどだった。


「いいよなあ、この辺りは。何食べても美味いよな。普通の食材が美味い。料理なんて必要ないくらい」

清水先輩は、柄にもなく大真面目に言った。


僕は温泉に入ってみたかったが、清水先輩はちらっと料金表を見て、「ごめん、今月は金欠だから」と言った。


「出しますよ。ガソリン代ぶんを」と僕は言った。


「いや、来月また来よう。タオルとか持ってくれば、レンタルしないで済む。こんな事で後輩に出してもらうわけにいかん」


「まあ、次は塚田さんたちも誘って来ますかね」


「この町、いいよな。観光地だよなあ」


「ゾンビさえいなきゃね」と、僕は言った。


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