第一章 すべての始まり
1
何年も手入れされていない、重く錆び付いた鉄の扉が開かれた。ヤツは靴を脱ぎ捨て舞台に立った。
今、一人の人間が苦難から逃れようとしていたとき、僕は何をしていただろう。
友達とカフェで恋バナに花を咲かせていただろうか。
バイト先で無愛想な客ににこにこと笑顔を向けていただろうか。
提出物を忘れて、先生にこっぴどく叱られていたかもしれない。
数十秒後に悪夢が始まることを知る由もない僕は、なんて呑気だったんだろうと今思う。
ヤツは一歩足を踏み出し、下を見た。人の声、車の音、街の光、ヤツの目にはどう写ったか。なんでもない日常が、こんなにも美しいことにヤツは感動したに違いない。
そして・・・・・・落ちた。辺りに飛び散る鮮血。地面の白いタイルが真っ赤に染まっていく様子は、まるで僕たちの幸せな日常が悪夢に汚染されていくようであった。
2
「もう朝よ、早く起きなさい」
いつも通り母の怒号で起こされ、階段を下りてリビングへ向かう。
「先に顔洗ってきなさい」
また母の声。先に言えよ、と思いながらも寝癖頭をぼりぼり掻きながら洗面所へ向かう。たまには小鳥のさえずりでも聞きながら気持ちよく起きたいものだな。これもいつも通り思うことである。
顔を洗って席に着き、若干の焦げ目をつけたトーストにかじりつく。
「また寝坊か。大丈夫か?来年は受験の年だろ?そろそろ準備進めていかないと。早起きも準備の一環だぞ」
新聞を広げ、顔を見せないまま父は言う。そして残ったコーヒーを飲み干すと新聞をたたみ、そそくさと家を出ていった。
「あんたも早くしなさい」
大して忙しくもない母が急かすように言う。うんざりした僕は制服に着替え、自転車にまたがった。
カバンからイヤホンを取り出して手を止める。つい先日壊れたばかりだ。軽くため息をついて自転車をこぎだした。
いつも通りの時間にいつも通りの道を通り抜ける。
「俊ちゃん、おはよう」
商店街で文房具屋を営んでいるおばさんがにこにこしながら挨拶してくる。
「おはようございまーす」
声をかけられたら返す。それは当たり前だが相手の目を見ながらは面倒臭い。自分でも無愛想だと思い少し可笑しくなる。
踏み切りに辿り着く。いつも通り騒がしくていつも通り待ち時間が長い。そしていつも通りの電車が走っていくのを眺めながらいつも通り小さく舌打ちする。
踏み切りを抜けると五分ほどで学校に着く。これといってしたい仕事も趣味もない僕は家から一番近い高校に入学した。中学校の頃の担任には本当にそれでいいのかなど聞かれたが、満員電車は嫌なので大丈夫だと答えた。
なるようになる。これが僕の格言であるはずだった。なのに・・・・・・。
学校の校門をくぐり抜け、自転車置き場に自転車を停める。
「あ、やべ」
よく鍵を抜くのを忘れる。家では鍵を挿したままだからである。以前、学校で抜き忘れ盗まれたことがあった。危ない危ないと思いながら、鍵をブレザーのポケットに入れる。
上履きに履き替え、階段を上る。下駄箱は一階、教室は四階。いつになっても慣れない階段に、これもまたいつも通り疲れる。
なんとか辿り着き、教室の扉を開ける。一歩足を踏み入れようとして固まる。何か違う?違和感を覚えた。
クラスメイトのほとんどがスマホを片手に話しているのだ。
自分の席に座った僕に隣の席の平越佑哉が声をかけてくる。
「俊、おはよう。えらいことになったな。朝から学校中がアイツの話題でもちきりだよ」
アイツ?皆目見当がつかない。きょとんとしている僕に気づいたのか佑哉は教室の隅まで僕を連れていった。
「俊、お前まさか知らないのか?」
佑哉はなぜか小声で訊いてきた。
「知らないって何をだよ」
佑哉は怪訝な顔をすると自分のスマホでこの学校の掲示板を見せてきた。掲示板とは学校のゴシップネタが数多く記載されているものであるが、誰が書いているのかその正体は誰も知らない。
不思議に思いながらも掲示板に目を通すと、トップにこの学校を校門から撮った写真が載っていた。
思わず顔を上げると佑哉と目があった。彼は真剣な表現で僕を見ながら頷いた。これを『読め』の合図だと受け取った僕は再び掲示板に目を落とす。
『昨日、午後四時頃、都立明桜高校に通う二年生の影浦悟くん十七歳が東京都大田区の自宅マンション前で頭から血を流して倒れているところを通行人の男性によって発見されました。すぐに病院へ搬送されましたが、出血多量によりまもなく死亡が確認されたとのことです。マンションの屋上からは、影浦悟くん本人のものと思われる靴が綺麗に並べられており、自殺を図ったものと思われています。学校側からは未だコメントは発表されていません。』
「は?」
記事を読み終えて最初に出た言葉はこれだった。いや、言葉というよりは声といった方が正しいかもしれない。とにかく意味が分からない。
「俺も初めはびっくりしたけどな。こういうことらしい」
「まじか」
「まじ」
やはり意味が分からない。呆然としている僕とは違い、事の重大さを知って受け止めているのか、佑哉はようやくの思いで絞り出した僕の声にも冷静に返してきた。そもそも、今まで掲示板にここまで不謹慎な内容が記載されたのは始めてだった。せいぜい、生徒の浮気話や校則禁止の証拠写真などである。
「でもデマかもしれない」
僕の声に対して佑哉は無言で教室の一番前の席に目をやった。影浦の席だ。それに倣って僕も視線を向けると、いつもなら朝早く登校して一人でひっそり本を読んでいる影浦の姿は、確かにそこにはなかった。
「でも、それだけじゃ」
言いかけたちょうどその時チャイムが鳴り、他のクラスの人は帰っていった。数人はまだ教室の外から室内の様子を見ていたが、他の教師の怒声を浴びて大人しく去っていった。
担任の高山優子が教室に入り、ホームルームが始まる。
「みんなも知っている通り、クラスメイトの影浦悟くんが昨日、自宅マンションの屋上から転落死しました。プライバシーに関わることなので、口外しないようにしてください」
そのとき、教室のあちらこちらでざわざわと声が上がった。やはり、デマだと思っていた者もいたのだろう。しかし、高山先生は抑揚のない声で淡々と話を続けた。時折悲しい顔をしていたが、涙を流すことはなかった。
「今から校長先生のお話があります。しっかり聞くように」
佑哉が指でつついてきた。
「先生さ、ああやって感情出さずに言ってるけど、実は結構傷ついてると思うんだよね」
「影浦が死んだから?」
僕が聞き返すと、佑哉は笑いながら否定する。
「そんなわけないだろ。あの自己中教師はクラスの陰キャが死んだ程度じゃ何とも思わないさ。傷ついてるのは自分のキャリアにバツがつくからだよ」
佑哉は二年連続で担任が高山先生であることから、彼女の性格を十分理解しているようだ。そのため、彼の口からは人一倍高山先生の愚痴が出る。
「まあ、確かに。来年からは副担だろうな」
「それで済めばいいけどな。転任も十分あり得るぜ。最悪、教員免許剥奪だな。それに自殺者を出した女ってレッテルを貼られて生きていくことは、あのプライドのお高い先生にはなかなか辛いことなんじゃないかな」
佑哉は探偵気取りで顎に手を当てながら、どこか嬉しそうに話す。
そんな佑哉の話は、突然校舎中に響いたおなじみのチャイムとしわがれた声によって遮られた。
「みなさん、おはようございます。今朝、このような形で放送朝礼を行った理由につきましては、各学級担任からすでに聞いているかと思います」
港川良隆校長。どんな人にも丁寧に話し、生徒であっても敬語を忘れない。生徒のことを第一に考えるため、生徒からの人気は根強いものになっている。
今回の事件は港川校長にとって辛いものになったのだろう。時折、鼻をすする音が聞こえる音が聞こえる。
「昨日、二年四組の影浦悟くんが亡くなりました。これより一分間の黙祷を始めます」
チーンという音に合わせて目をつぶるが、頭の中は依然として混乱状態だった。
一分間の黙祷を終えると、また港川校長が話し始めた。
「以上を持ちまして、放送朝礼を終了いたします。一時限目の準備をしてください」
教室中がしん、と静まる。当然だ。いくら内気でほとんど関わりがないやつだったからといって、当の本人がいたクラスで準備しろと言われてすぐ動けるほど腐ってはいない。
それでも、こそこそ話し出したり、一人、また一人と席を立つ者が出ることで、教室は普段の落ち着きを取り戻しつつある。
自分も準備しよう、そう思ったときであった。
「安土くん、私と一緒に校長室まで来てください」
高山先生が僕に向けて言った。
全クラスメイトの目が一瞬にして僕に注がれる。
「え?」
短い声が漏れる。
「何したんだ?」
呆然としている僕に佑哉が問いかけて来た。
「いや、何も」
返事にならない返事をして僕は教室を出た。背にクラスメイトから様々な声を投げかけられる。
「やったな」
「影浦の件?」
教室の扉を閉ざし、ゆっくりと歩き出した。
クラスに向けて簡単に指示を出した高山先生は教室から出てくると何も言わず廊下を歩きだした。足は重かったが、高山先生に着いていかないといけないという思いから速足になっていた。
つい先ほどまで長いと思っていた階段。すでに半分も下りてしまった。もっと長くていい。永遠に続けばいい。あれほどこの階段を恨んでいたのに。
なぜ、自分なのか。なぜ、このタイミングなのか。どんなにバカな人間でもこの呼び出しには何か裏がある。それぐらいは分かる。
今まで職員室でさえ呼び出されたことなどない。ましてや校長室など。校則もこれといって破らず、成績もそれなり。人間関係も問題なく築いてきた。それなのに、なぜ今?よりによってなぜ校長室?答えのない自問をしながら校長室の前に辿り着く。
ノックをしようと手を伸ばす。自分でも驚くほどに震えている。深呼吸をし、再びドアに手を伸ばす。すると突然ドアが開いた。校長室から顔を覗かせた港川校長は、手を出し、中へ入るよう指示した。
そこには港川校長の他にどんな不良でも怖気ずけさせる償井明教頭、そしてきっちりとスーツを着こなした見たことのない男性が二人、ソファに腰かけていた。
「座れ」
固まっている僕にさらに償井教頭が言う。はい、と短く返事をし、ソファに腰をかける。
普段の自分なら、ふかふかなソファに背もたれまで体を預けていただろうが、状況が違う。背もたれに寄りかからないのは当然、お尻まで浮いている気さえする。
「緊張しなくていいからね。知っていることを教えてくれればいい」
僕が戸惑っていることに気づいたのであろう。港川校長は優しい口調で話しながら、僕の前にお茶を差し出した。正直、飲んでよいものなのか悩んだが、とにかく、この喉を潤したいという思いからコップを口に運んだ。味はよく分からなかった。
港川校長がどうぞ、と言うと、スーツを着た二人組のうち、年配の方が口を開いた。
「私たちはこういうものなんだ」
年配の方がそう言うと、二人は僕の前であるものを開いた。それはドラマでよく見る警察手帳そのものだった。
お茶を飲んで少し落ち着いていた僕の頭は、またも混乱し始めた。しかし、混乱している一方、冷静に警察手帳に目を向ける自分もいた。当然、無意識の行動である。
年配の刑事は佐伯和彦というようだ。一方、若い刑事の警察手帳には若狭航大と書かれていた。
「突然、驚かせて悪いね。僕たちは今、安土くんのクラスメイトの影浦悟くんの件を担当しているんだ。とは言っても、秘密裏に捜査しているから、まだ表には出ていないんだけどね」
佐伯さんは、見た目とは反する声の優しさで話し出した。若狭さんは何も言わず、メモ帳を胸ポケットから取り出した。
さらに佐伯さんは話し続ける。
「影浦悟くんの過去を調べていたんだが、安土くん、君は影浦悟くんとは小、中、高とずっと同じ学校に通っているよね」
「ええ、まあ」
ただの返事にも迷ってしまい、出た言葉はこれだけだった。
「安土くんは影浦悟くんとは親しかったのかな?」
「いえ、そんなに」
「じゃあ、仲は悪かった?」
「いや、そういうわけでも」
曖昧な回答をしても佐伯さんは大して表情を変えることなく質問していく。長年、刑事をやっているだけあって慣れているのだろう。
その後もいくつか質問されたが、大した質問ではなかった。僕もどんな質問をされて、どんな回答をしたのか覚えていなかった。
「長々と聞いてしまってすまなかったね。最後に一つだけ。安土くんは昨日の午後四時頃どこでなにをしていたのかな?」
「・・・・・・え?」
一瞬、何が起こったのか分からなかった。急に事件の核心に迫る質問をされ、完全に鎮静していた僕の脳みそは、とてつもないスピードで回り始め、だらだらと汗も滴ってきた。
いわゆるアリバイというやつだ。咄嗟に聞かれても覚えていない。毎日同じような生活を送っている僕にとって、時間を気にすることなどほぼない。
お茶を一口飲んでから僕は口を開いた。
「覚えてません」
それしか言うことはなかった。
「ありがとう。何か思い出したことや気になることがあったら連絡してほしい。」
佐伯さんはそう言って僕に名刺を渡した。
「立って、行くわよ」
高山先生はすでに校長室のドアを開けていた。刑事の二人にお辞儀をしてドアへ向かうと、償井教頭が行く手を阻んだ。
「誰にも言うなよ」
普段より一段と低い声で言われ、背筋が凍りついた僕はただ頷くことしかできなかった。
「授業はもう始まっているから静かに教室に戻りなさい」
校長室を出てからまもなく、職員室前で高山先生と別れ、教室までの道を歩いた。どこの教室もいつも通り授業をやっており、生徒が死んだからといって何も変わっていなかった。
当たり前だ。同じ学年でもアイツを知らない人はたくさんいる。他の学年ではもっと多いだろう。
教室の前に着いた。教室内ではすでに英語の授業が始まっていた。話している人、寝ている人、窓の外を眺めている人。クラスメイトが死んだクラスでさえいつも通りなのだ。少し可笑しかった。
教室のドアを開け、中へ入る。また、クラスメイト全員の注目の的だ。ひそひそと話し声が聞こえる。明確には聞こえないが、だいたいの内容は分かる。
「おい、大丈夫だったか?」
席に着いた途端、佑哉が話しかけてきた。
「まあな。特に問題なかったよ」
努めて明るく返した。
3
車のドアを開けて中へ乗り込む。
「収穫ありませんでしたね」
若狭は悔しそうに頭をかく。捜査一課に配属になって初めての事件だからか、若狭は気合いが入っていた。
「そうでもなかったぞ」
俺がぼそっと言うと、やはり若狭は身を乗り出してきた。
「え!何が分かったんですか?」
二十八にもなって子犬のように目を輝かせる若狭に苦笑しつつも、俺は答えた。
「安土俊は何か知っている可能性が高いな。焦ったときに必ずお茶を飲んでいた」
少し思い出す素振りを取った若狭は、なるほどと一人で呟きながらシートベルトをつけた。俺がすでにシートベルトをつけていることに少し驚き顔を見せた若狭は、エンジンをかけ、緩やかな運転で明桜高校を後にした。
車は渋滞に巻き込まれることなく警視庁へ向かう。捜査本部へ着くと早速、室井敬太郎警部が話しかけてきた。
「お疲れ様。何か収穫はあったか?」
すかさず若狭が返事をする。
「はい、都立明桜高校の安土俊に話を聞きましたが、何か知っているようでした」
何も気づかなかったくせにと思ったが、あえて何も言わなかった。
「そうか、よかった」
室井警部は笑顔を見せると去っていった。
「あー、腹減りましたよね。飯にしましょう」
「お前、飯のことしか考えてなかっただろ?」
「そんなことないですよー」
少し生意気なところはあるが、なかなか良いバディだとたまに思うのだ。
4
六時限目の授業の終了を知らせるチャイムがなる。
「やっと一日終わったな」
佑哉は大きく背伸びをしたあと、あくびをしながら言った。
「お前、ずっと寝てたじゃん」
明るく言ったがやはり突っかかる。当然、今朝のことだ。佑哉を含めたクラスメイトは校長室で何をしたのか深くは聞いてこなかった。気遣っているのか関わりたくないのかは分からないが、クラスの雰囲気からアイツのことを早く忘れようとしているのは、なんとなく分かる。
「はい、みなさん座ってください」
教室に入ってきた高山先生はいつも通りホームルームを始める。帰りのホームルームも朝と変わりはない。簡単な連絡で五分ほどで終わる。この日も翌日の連絡、掃除当番程度で話は終わった。
「帰ろうぜ。カラオケでも行くか」
佑哉が誘ってきたが、とてもそんな気分ではなかった。
「あれ、高瀬さんじゃない?」
佑哉は教室の外を指差して言う。佑哉の指差す先を見ると、確かにそこには隣のクラスの高瀬陽菜がいた。
「陽菜、どうしたの?」
僕が教室の外に出ると、陽菜は佑哉の様子を伺いながら少し声を潜めて話した。
「一緒に帰りたいと思ったんだけど・・・・・・」
「ああ、そっか」
僕が曖昧な返事をしたのが聞こえたのだろう。佑哉が近づいてきた。
「お!ラブラブなカップルだ。仲良く帰れよ」
慌てて陽菜が返す。
「いや、先に約束していたなら・・・・・・」
「いいのいいの。親友のカップルを引き裂く趣味なんか俺にはないから。それに、今日はいろいろあったから高瀬さんと一緒に帰るべきだな」
佑哉は手を振りながら走っていった。調子は良いが、意外にも気を使えるやつだ。
「俺たちも帰ろうか」
二人で並んで帰り道を歩く。付き合って一か月。陽菜が奥手なこともあって、一緒に帰ることがあってもどこかへデートに行くこともなければ、帰り道も話が弾むことはない。しかし、僕はこの時間がとても好きだった。
ほとんど話すことはないまま、別れ道に着いてしまう。
「じゃあ、またね」
僕が手を振ると陽菜も手を振り返した。そして、思い出したように口を開いた。
「平越くんが言ってたけど、いろいろあったってなにがあったの?」
今、今朝のことを話す気にはなれなかった。
「ごめん、また別の機会に話すよ」
償井教頭の目つきを思い出したら言えなくなりそうだが。
陽菜は納得したように頷くと背を向けて歩いていった。
今日の帰り道が影響したのか、その後の足取りは軽かった。
しかし、その足は家の前で止まった。予想外の光景に自分の目を疑った。大量の人だかりができていたのだ。彼らはどう見ても取材陣だった。
「いたぞ」
誰か一人の声にその場にいた取材陣は目を光らせて駆け寄ってきた。
「影浦悟くんの件で話を聞かせてください」
「お二人はどういった関係なんでしょうか」
「今の心境をお聞かせください」
訳が分からないまま取材陣をかき分けて家の門へ向かう。その間もずっとマイクを押し当てられ、質問の嵐。
「近所迷惑ですから」
「一言お願いします」
僕の話に全く彼らは耳を傾けなかった。彼らの耳は、自分の知りたい情報しか聞こえないようにできているのだろう。中には家を映して実況まで始める取材陣もいた。
「影浦悟くんはどのような人だったのでしょうか?」
不意に飛んできたその質問に、体が固まった。
どのような人・・・・・・。そのワードが頭を駆け巡る。アイツは何の特徴もなかった。ただ、隅にいるだけの存在。何も知らない。無関係だ。たくさんの返答が思いついた。
「特に・・・・・・」
そこまで言いかけて取材陣の顔を見た。何かが分かると期待する目。きっと話してくれると信じる目。
僕は必死になって考えた。彼らに何をしたら引き下がってもらえるだろうか。彼らが欲しがっているもの・・・・・・。それは、アイツのどんな情報だ。そして見つけた、最高の言葉を。
僕は意を決して言った。
「影浦くんは、いつもみんなの中心にいました。クラスの人気者でした」
それだけ言って僕は家に入った。まだ質問を続けようとする取材陣を置いて。
これで良い。ニュースでよく見かける明るい人だったという証言。自殺する人間に問題や疾患があれば、彼らはどこまでも追求する。何が原因だったのか、どんな問題を抱えていたのか。そして、出版社が面白可笑しく記事を書く。しかし、何の問題もなければ、それ以上に何か聞かれることはない。これが自分を事件に巻き込ませない最善の策。
自分の部屋に入り、ベッドに身を預ける。長い一日だった。
着替えることもせず制服のまま、僕は眠りについた。自分が大きな選択ミスをしたことなど知らぬまま、深い眠りについた。