後輩ちゃんの夏休み(前編)
私の名前は三本松涼香。25歳。
趣味は海外旅行。もっぱら目的は遺跡めぐりだ。
世界遺産検定もこの前とりあえず2級までは取れた。日常生活には全く役に立たないが、意外と仕事では役立ったりする。営業の仕事は教養も必要だ。
会社の先輩からはもっと英語とか実用的なやつにしておけよと言われたが、入社後に受けたTOEICは一応900点くらいあったことを伝えると愕然としていた。
それからはお前英語得意だろう!と言われて論文押し付けられたりしたが、全然読めなかった。構文は簡単なのに単語が意味不明なものが多く一々検索しながらでないと読み進めることが出来なかった。
それはさておき、今回私が来ているのはタイのバンコクである。休みも長かったがさらに追加で有給も付け足したので、10日間は滞在できそうだ。比較的休みの融通がつけやすいのもこの業種の魅力だろう。
アンコールワット見たさにカンボジアまで足を伸ばすことを考えるとこれでも結構タイトなスケジュールかもしれない。
◇
今日はタイの観光地ではたぶん一番メジャーなアユタヤ遺跡に来て見た。
観光客多いなー。日本人も結構いる。
例の有名な木の根元の仏像のところで日本人の男女二人が記念写真取ってもおうとして、現地青年に片言の英語で話しかけている。
「……あれはまずいんじゃないかなー」
大方の予想通り、カメラを渡して距離をとった瞬間、青年は全力で走り去って行ってしまった。残されたのは唖然とする日本人2人の姿。
面倒だし、いい教訓になるだろうと思って関わらないつもりだったが、体は反射的に動き出して現地の青年の方向へ動き出してしまっていた。
「ここで待っててください!」
そう日本人に声をかけて私は走り始めた。
◇
少し追いかけたところ、青年に追いつくことが出来た。走るのは自信があるのだ。
「見逃してあげるから、それ置いていきなよ」
英語で話しかけたが、理解できていない様子。しょうがないので、ポケットからタイ語の日常会話本を取り出す。
「あー、これで伝わるかな? パイ?」
といいながら手で追い払うしぐさをしたところ、理解してもらえたのか、去って行った。
無事にひったくられた品物も取り戻すことが出来た。あの日本人も心配して待っているだろうから早く戻ってあげよう。
「……どうやって来たっけ?」
どうやら道に迷ったようだ。
◇
その後は迷いながらも、片言のタイ語で「仏像どこ」と連呼しながら道行く人に話しかけたことで、なんとか元いた場所に戻ることができた。日本人夫婦(夫婦だったらしい)にはひったくられたカメラを返してあげることが出来た。大変感謝され、お礼がしたいからと連絡先を尋ねられたが遠慮しておいた。
典型的な日本人らしい平和ボケした二人だ。困ったときに頼られても面倒だ。
その後はアユタヤ遺跡を一日かけて見て回った。結構あわただしかったが、象にも乗れた。
意外と乗り心地が良かった。ラクダよりは大分いいんじゃないだろうか。
ちなみにラクダに乗ったのは鳥取砂丘である。あしからず。砂漠地帯の国外はまだ未開拓なのだ。
ほぼ一日中歩き回ったため、夜はクタクタでベッドに体を投げ出した。
とても楽しい、生きていて良かったと思える。私は基本的に海外には一人で来ることが多い。治安のあまりよくない都市には知人を連れて行くことはなかなか出来ないし、人のペースに合わせるのも苦手だ。
買い物も基本的にしないし、荷物をホテルに置きっぱなしにするも不安だ。結局バックパッカーになってしまった。そんなに身長が大きいほうではないので、後ろから見るとバックパックが歩いているように見えるらしい。
こんなことを何年も続けてきているが、今日見た日本人夫婦のように純粋に観光を楽しむというのも実はあこがれたりする。私だって女の子なのだ。リゾート地でバカンスしたいと思ったりもする。
なぜかその想像の中で一緒にいるのは会社の先輩だった。
「……まあ、気は使わなくてよさそうか」
◇
旅行日程もあと残すところ2日となって、目的である場所は一応すべて制覇することが出来た。
観光は終わったし思い残すことはもうないので私は"もうひとつの目的”にとりかかる。