後輩ちゃんに建設的なアドバイスをするぞ
今日は2ヵ月後に発売が控えている自己免疫疾患Aの新薬タゴステの販売戦略会議だ。
営業所長が力強く演説する。
「近年増加している自己免疫疾患Aは患者数が100万人以上いるといわれている。
その中でタゴステは標準的に用いられている薬剤Xと同一作用ながら、有効率は薬剤Xの80%に対して90%と統計的に有意に優れている結果が得られている。この画期的な薬剤を医療現場に届けるのが我々の重要なミッションだ」
もう7月も半ばで非常に暑い日々だ。昨日は通勤途中に朝顔持って帰る小学生をよく見かけた。あれ重いんだよなー。
オフィス内は空調がちょうど良く効いており、非常に快適ではあるのだが。
・・・・・・これから外回りすると思うとゾッとするな。
所長の話をあまり集中しないで聞いていると隣の席の後輩に小声で話しかけられた。
「・・・先輩、これどうやったら売ったらいいんですか?」
三本松涼香は入社3年目の若手だ。美人というよりはかわいい小動物みたいな感じだ。
ついついお菓子をあげたくなるタイプ。
「今説明あったとおりだろ、薬剤Xの使用量が多いところで切り替えてもらってこいって」
「そうじゃなくて……質問変えます、どうやったら一番売れますか?」
うちの会社は成果主義なので業績が良ければ結構賞与に反映される。三本松は旅行が趣味でちょくちょく長期休暇をとって海外旅行に行っている。新薬は評価ウェイトが高めなので、ダイレクトに反映されやすい。確かオーロラ見に行きたいとか行ってたな。その為の原資を稼ぐためにもこの製品の売り上げは非常に重要だ。
「まあ合ってるか分からんが、あとでコーヒーでも飲みにいくか」
「了解っす」
◇
「薬剤Xからの切り替えって現実的だと思うか?」
「私はいいデータだと思いましたけど。あんなにはっきり差がつくなんて珍しくないですか?」
「そうだな、データ自体はいい。ただな、8割効いてる薬替える意味ってあるか?」
「言われてみれば・・・・・・」
決して薬剤Xは悪い薬ではないのだ。確かに差はついてしまったことで今後はタゴステが主流にはなっていくだろうが、それでも1割は効かない可能性がある薬だ。安定してる患者を切り替えるメリットは大きくはないだろう。
「自己免疫疾患Aは診察している施設が多い。会社の提示するターゲットだけだと不十分だな。」
「それはそうですけど、そんなに手広くやる余裕はないですよ」
「まあ最後まで話を聞け。自己免疫疾患Aは結構薬が良く効く。タゴステもカタログスペックでは良さそうだが、使い方に癖がある。好みが分かれるところだな。ガイドラインの推奨度も2剤目以降だしな。」
「そうなんですよ、説明に手間がかかりそうで・・・やみくもには動けません。他の薬の売り上げも落とせないですし」
「そこで薬剤Aの使用量が多いところをターゲットにする」
薬剤Aは自己免疫疾患Aの第一選択とされている薬で、有効率は50%と決して高くはないが、歴史が長く使い方が確立されている。副作用も非常に少なくまず使うべき薬だ。うちのタゴステも薬剤Xも基本的にはここに追加していく形になる。
「あとでリストをメールしてやるから、ある程度先順位つけて行ってみろ、会社から言われているターゲットは一応はずさないようにはしとけよ」
「なるほどですね!納得いきました」
どうやら納得してもらえたみたいだ。こいつのこういう素直なところいいよな。
「これで来年の夏はマチュピチュにいけます!あ、先輩も一緒に行きます?」
満面の笑顔で答える。どうやら大分先の予定まで考えていたみたいだな。抜け目のないやつめ。
「行かないよ、誰か他のやつ誘えよ、彼氏とか」
「彼氏なんていませんよ・・・それは聞かない約束です。ちぇー、先輩一緒に来てくれたボディーガードにもなったのになあ」
「お前にボディーガードはいらないだろ」
三本松は家が古武術の道場かなにかやってるらしく、達人レベルの腕前らしい。治安の悪い国に行って、暴漢を退治したということも一度や二度ではきかないだろう。
「私も女の子なんですよ・・・・・・」
「はいはい、また機会があったらな」
「約束ですよ!」
「前向きに検討しよう、検討するだけだけどな」
◇
その後彼女はタゴステ発売とともに全国でもトップクラスの売り上げを叩き出したことで、来年の夏賞与の最高査定を恐らく勝ち取ったはず。
余談だが俺もそこそこいい業績だったが、三本松がずば抜けていたためあまり目立たなかった。来年の夏は北海道にでもいくかなあ。暑いのは苦手だ。