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パワハラ上司様

「六本木っ!なんだこのシェアの低さ。こんな数字でいいと思ってんのか!」



 肌寒い日が増えてきた11月の会議の日、冒頭所長からいきなり怒られた。

 10月から異動して来た谷脇所長は前の温厚な所長と真逆の性格で常に怒りを爆発させているようなタイプだ。

 いつかやり玉に挙げられるとは思ってはいたが、ついに俺にも白羽の矢が立ったようだ。


「……所長の仰るとおり当エリアは長年地合が悪く苦戦しております。少しでもシェア差を改善できるよう今期取り組んでいきます」


 間髪いれず怒鳴られる。唾がこちらにまで届きそうだ。


「俺はそんな御託が聞きたいわけじゃねえんだよ。うちの会社はナンバーワンなわけ。分かってっか!? 2位じゃ全然駄目なんだよ。お前はレ○ホーか」


 俺の直属の上司がフォローしてくれる。中間管理職も大変だ。こんな時には有り難さが身に染みる。


「六本木は確実にシェア差を詰めてくれています。低シェア先ながら毎期の伸長率は常にトップレベルですし、計画も達成できています。充分期待される成果は出ていると思いますが」


 反論にもまったく意に介さない様子で叫ぶ。


「お前がそうやって甘やかしてるからこんな体たらくなんだろ!とりあえず来週までにトップとれるプラン持って来いや」


 無茶なことを言う。現実感のない指示に言葉も出ない。

 会議が終わると上司の鈴木さんから慰められた。


「六本木悪いな、あの人ずっとシェア高いところで所長してたから。まだこっちの事情が分かってないんだ。プランは一緒に考えよう」


「……助かります」


「それにしても妙に当たりが強かったな。お前なんか嫌われるようなことでもしたか?」


 向こうも冗談半分でそう言ってるのだろうが、全く身に覚えがない。

 ただそのお陰で少しリラックスする事ができた。

 会議が終わった後も終電まで粘ってプランに取り掛かった。所長は早々に何人かを伴い飲みに繰り出していた。


 ……働き方改革だそうだ。



 ◇



「――――このプランで行こうと思います。ご意見ありましたらお願いいたします」


 週明け早々朝から所長とマンツーマンで面談だった。鈴木さんも一緒に参加しようとしたが、お前も中身確認してんだろ?じゃあいらんと一蹴されていた。

 冷や汗は出たが、俺なりに所長からの宿題への回答をプレゼンできたつもりだ。土日も潰してしっかり練りこんだ。

 自信はあった。


 俺がしゃべっている間は口を挟むことなくしっかり聞いていた。恐らく納得はしてもらえただろう。


 が、その期待はあっさり裏切られた。


 所長はため息をついた後、勢い良く吠えた。


「お前俺の言ったこと聞いてたか?耳のお経でも書き忘れたか?これ何年かけるつもりだよ?スターリンじゃねえんだから5年も待ってらんねえよ。日本は資本主義だぞ。」


 めちゃくちゃに罵倒される。ちょっと涙目になる。黙っているとさらに追い討ちがきた。


「年内だ。年内に目処だけはつけろ。お前弱気だからしょうがねえからトップになるのは一応年度末までは待ってやるよ」


 天地がひっくり返ってもそれは無理だろう。年内ってあと2ヶ月もありませんぜ。

 ここまでいくと妄想だ、ファンタジーだ。どんなチート使えばそんなことが出来るんだと言うんだろう。教えて欲しいくらいだ。トラックにひかれろとでも言うのか。

 正直切れた、言いたいことは言ってやろう。


「お言葉を返すようですが、最大限活動を集中させてもこの数字が現実的なラインかと考え」


 最後まで言い終える前に言葉が浴びせられた。


「お前馬鹿か?お前が出来ると思ってなかったら、出来るわけねえだろが!」


 とんだ根性論だ、出来ると思っているだけで達成できるなら苦労しない。


「確かにな、これは難易度たけえよ。んなこた分かってる。でもやれよ、それが仕事ってもんだろ?上司の命令に従うのが業務内容だろ」


「従いたいのは山々ですが、私の発想では限界です。具体的対策までご指示いただけないでしょうか」


「それを考えるのがお前の仕事だろっ!」


 絶対何も思いついてないだろと突っ込みたくなる。勢いだけで仕事できた時代を生きた人間にはまったくまいる。理想ばかり高すぎて何も具体性がない。今はそんな時代じゃないだろうに。


 それからはサンドバックだ。俺は何も言い返すことができずただ黙って耐えるだけだった。


 ひとしきり説教された後思いついたかのように話される。


「何も思いつかないみたいだから教えてやるけどさ、一本化したらいいじゃねえか、他社の切ってよ。それくらい知恵絞れよ。簡単なことだろ」


 簡単に言ってくれるけど簡単なわけがない。ハードルの高さが全く分かっていない。


「分かったか?あとは結果だけ出してくれればもういいよ」


 そう言い捨てるようにして会議室を出て行った。

 勘弁して欲しい。とんだハズレくじだ、自分に大きな落ち度があるならまだ別だが俺は俺なりにこれまで結果は出してきたつもりだ。ここまで言われる筋合いはないと思う。


 ◇


 暗い表情でとぼとぼと営業フロアに出ると、後輩の三本松が隣に座ってきて、こっそりと声をかけられた。所長席とはだいぶ離れているから別に聞こえやしないだろう。


「センパイ、みっちりやられましたねー。あの人これまでも結構パワハラでやらかしてるらしいですよ。何か嫌われることしました?女寝取ったとか」


「んなことするわけないだろ。ありゃ頭おかしいわ、ちょっと無理だわ」


 俺も小声で返す。思い出すだけで吐き気がする。


「何言われたんですか?」


「年度内にトップシェアとれとよ」


 唖然とする三本松。


「こっちも一生懸命がんばってるってのによ」


 少し考えこんだ様子で聞こえるか聞こえないくらいの声で彼女がつぶやいたのが聞こえた。


 ――まあ、センパイはもうちょっと本気出してもいいと思いますけどね


 充分本気だっつの。心の中で毒づいた。

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