かみあわないふたり(3)
あの光景を目撃してからはもやもやとした気持ちを抱えながら過ごした。
それと同時にどこか冷静な自分もいて、最近仲がいいと自惚れていたが、考えてみれば彼女と自分では釣り合うはずもないとも思った。
そして動物園に出かける同日を迎えた。心待ちにしていたはずなのにとても楽しむ気持ちでもなくどこか上の空で一日を過ごしてしまった。心なしか彼女も同じようにぼんやりとしているように感じた。
お互い大人なのでそれなりに楽しんではいる素振りをみせてはいたが、事務的にといったらおかしいが、こなすようにして一日が終わってしまった。帰りがけに彼女にこんなことを言われた。
「あの、今日はありがとうございました。楽しかったです」
そういう彼女。笑ってはいるがあまり自然な表情には思えずどこか作り笑いのような印象を受けた。
「こちらこそありがとう、なんか無理に付き合ってもらっちゃって悪かったね」
「そんな、無理にだなんて」
「あれだね、こんなおっさんといるところ知り合いにでも見られたら勘違いされちゃうよな。これからは控えようか。一ノ瀬さんにいい男が寄り付かなくなって申し訳ないし」
つい心にもないことを言ってしまった。俺はいったい彼女にどんな返事を期待しているんだろう。
そんなことないですよ、私は一緒にいたいと思っていますよ、とでも言って欲しいのか。
まったく女々しすぎて自分が嫌になってくる。
「そうですね……誤解されたらまずいですものね」
当たり前の返事が返ってくる。当たり前なのにショックで頭が真っ白になる。
言葉が見つからず少し黙っていると、彼女はまったく予想もしてなかった言葉を口にした。
「この前一緒にいた方とお付き合いされているんじゃないですか?」
想定外の彼女の発言に一瞬思考が停止してしまった。
そう言えば以前歓迎会の帰りに六本松と一緒にいる時に会ったことを思い出した。拍子抜けした表情になってしまっているだろうが、俺は思ったことを口にした。
「ない、ないない、あり得ない」
きっぱりと断言する。彼女は驚いたような表情になった。
「いや、なんか妙に親密そうな雰囲気でしたけど……あ、もしかして片思いとかですか……」
まだ疑っているようなので、疑いを晴らす上でもしっかり言い切っておこう。
「あの子に男女としての好意は1ミリも抱いていないし、女性として見たことすらない。そういうことを考えたこともない。はっきり言って今後の可能性もゼロだと思う」
そう答えたら彼女は先ほどの沈痛な面持ち少し和らげて言った。
「そ、そこまで言わなくても……なんか逆にかわいそうになっちゃいました」
「話を戻すけど、あの俺実はこの前一ノ瀬さんが男性と一緒にいるところ見かけたんだよね、後輩だっけ?一ノ瀬さんこそ誤解されたら不味いんじゃないか、と思うんだ」
「え!?六本木さん見てたんですか。教えてくださいよー。六本木さんこそ誤解されているようですけど、本当にただの後輩ですよ」
「ただの後輩の割には随分楽しそうだったけど……」
「あの子いっつもふざけてるんで…… 口癖は、姐さんは兄貴だと思っています! ですから。弟みたいな感じです。私が入社してから少しの間教育係していたので、それで。あ、一応言っておきますけど私のことは女性だと見なしてないらしいですよ、なんたって兄貴ですから」
思い出したかのようにおかしそうに笑いながらそう話す彼女。
「なんか無駄に気を使って馬鹿みたいだったな」
「そうですね」
二人して苦笑してしまう。ひとしきり笑った後で彼女が切り出してきた。
「あの、提案なんですが、こうしませんか?」
何を言い出すのだろうかと思いながら俺は黙って次の言葉を待った。
「お互い気になる異性ができたらちゃんと報告する。相手の考え方にもよりますが、誤解はされないような交友関係にする。それでも友人づきあいは継続する、と。最後のは私の希望みたいになっちゃいましたが……こうしたら今回みたいな変な勘違いは起きないのでは」
「そうだな、そうしよう。お互い気を使うのは無しってことで」
お互いの誤解が解消され、すっきりとした気分で帰ることができた。すっかり忘れてしまっていたが、俺は彼女とこんな風にいままで話していたな、と思った。
肝心のとこはうやむやになってしまったが、どうやら俺はまだ彼女のことを好きでいいみたいだ。
昨日までの気分が嘘みたいに晴れやかな気持ちになった。