後輩ちゃんの夏休み(後編)
夜も更けた時刻に、市街中心部から少しだけ外れた、いわゆる売春街と呼ばれる通りを私は歩く。
道端にいる周囲は歩く私に対しタイ語で何か話しかけているようだ(たまに英語もあった)
どうせ下品な発言だろうと特に気にすることもなく目的へ向かって進んでいると、酒に酔っているのか赤ら顔だが、筋骨隆々とした男が私の腕をつかんできた。
『日本人か?1万バーツでどうだ?日本の物価だとそれくらいだろ』
意外に流暢な英語で話しかけられたので驚いた。見知らぬ男に触られたため不快感がひどかったが、それと同時に目的に使えそうだと思ったので内心では少し笑ってしまった。
ノーサンキューと言って手を振りほどこうとしたが、太い二の腕を見せ付けるようにしている男は一向に手を離そうとせずニヤニヤと下品な笑みをうかべている。周囲も騒がしい。
『日本人の小学生は貴重だ!!俺なら2万は出すぞ!』
……誰が小学生だ。私は25だ。
このままでは仕方ないので、私は男の手首の関節を外した。
大声でわけの分からないスラングを吐きながらうずくまる男。しばらく叫んでいたが自分で関節をはめられたようで、呼吸と整えてから憎憎しげな表情で私に向けてこういった。
『……お前何しやがった』
「見てのとおり。手癖が悪いみたいだから修正してあげた。折らないであげたのはサービスだから感謝してほしい。もちろんそっちを希望なら別だけど」
仲間でも呼ばれると面倒だな、とも思ったがこんな子供にしてやられたというのが広まったら恥だろう。読み通りおとなしくなった。
『……何見てんだよ、もう用ないだろ。……早く行けよ。それとも気が変わって相手してくれる気になったか?いっとくがオプションは要求するぞ』
減らず口が叩けるくらいには回復したみたいだ。
駄目元だが尋ねてみる。意外と可能性はあると思っているが・・・どうだろう?
「XXXXXXって分かる?」
『お前……なんで知ってんだよ。ただの日本人じゃねえな。インターポールかなんかか』
「まさか。観光に来たただの一般人よ」
ヒットしたようだ・・・まあ事前調査では地元警察とも癒着してるから公然と違法行為が行われているとも言われていたし、隠すようなものでもないのだろう。
大体の場所は把握していたが、案内してもらえると助かる。
「で、連れてってもらえない?案内料金は弾むけど。嫌なら他のやつに頼む」
『まあ隠すようなもんでもないしな、何の用か知らんけど。俺もちょうど用あったしついて来いよ』
「ありがとう、感謝する……あとさっきは悪かった」
結局彼のことは都合のいいように利用してしまったという罪悪感もあり、素直に謝罪の言葉を述べた。彼はシンというらしい。別にまったく怒ってないらしく強引だった点を逆に謝られた。
実は彼は今私が向かっている目的の場所で働いているらしく、英語がそこそこ話せたのもそのせいだという。ちなみに私に声をかけたのは本当に好みだったかららしい。
妙にリアリティのある金額で交渉してきたのはそのせいか……
段々と馴れ馴れしくなって来て、金額を吊り上げてくる。日本円で10万円ほどになったところで、あんまり騒ぐと今度はへし折るぞと冷たく伝えるとそこからは何も言ってこなくなった。
◇
手首を外した相手と妙に打ち解けてしまうという不思議な出来事もあったが、しばらく歩くと目的の場所についたようだ。
『ここだよ。入り口でパスポート見せて、入場料払いな。俺は先に行くが。気が変わったらいつでも連絡してくれ』
そういってなにやら電話番号?メールアドレス?が書かれた紙切れを差し出してくる彼。
「ありがとう、助かった。気が変わることは未来永劫ないと思うけど一応受け取っておく」
私がそう答えると、シンと名乗った男は地下へと続く階段を降りていった。
少し間を置いて私も階段を降りる。途中踊り場で何回か折り返しながら4階分は降りただろうか、すると入り口らしきドアの前には、屈強そうな男が立っていた。
私の姿に気づくと、ほんの一瞬だけ意外そうな表情を浮かべたが、すぐに表情を引き締めて彼は礼儀正しくこう言った。
『日本人でしょうか?英語は通じますか?』
問題ないことを伝えると、彼はこの店のことは知っているかとだけ質問してきて、こちらが頷くとパスポートの提示と入場料である3万バーツの支払いを求めてきた。
パスポートを提示し紙幣を渡すとドアを開けてくれて中に案内された。
ドアの中には地下とは思えないほど広大な空間が広がっており、熱気と喧騒が渦巻いていた。
私の目的であるこの場所には中央にリングが用意されている。
そう、ここはバンコクで最も高レートな賭けが行われる、裏格闘技場であった。
なんでそんな場所に?決まってるでしょ。
「俺より強いやつに会いに行く」よ
タイに来るのが遅くなってしまったのもこの厨二病のような拘りのせい。
だって四天王戦は後半にとっとかなきゃでしょ?ましてはサ○ットは1のラスボスよ
私はマッチメイクを担当しているである、店のスタッフに競技希望であることを伝えリングに向かう。
リングの上にいるのはまさかのスキンヘッドの眼帯、2m以上の大男。
あれ、コスプレとかじゃないよね?
笑いを堪えながら階段を上る。今回も生きて休暇を終えることができるかな?
「さーて、サガ○ト戦いってみますかー!」
誰にも伝わらないであろう日本語で気合を入れて、私はゴングが鳴るのを待つのであった。