町の中心で愛を叫ぶオカマ【1】
「タイチ、まずは町の裏側に回るぞ」
コブスに着いていき兵士たちのいる場所からちょうど反対側に回り込む。
「いいか、まずは家の中を漁っている2人をやるぞ。それからやつらを順番に誘い込んでいく。恐らく、人質の周りの奴らとリーダー格のやつは動かんだろうからまとめて倒す」
「最初の2つは分かるけどまとめて倒すってどうするんだよ」
「お前さん、別の世界から来たんだろ? 魔法とか使えないのか?」
この世界には魔法が存在しているらしい。確かにあったほうが便利かもしれないと思う。ゲームによくある即死系魔法は恐らくダメだと思われるが、他の物はどうだろうと思い試してみる。
『【炎の魔法】を習得しますか ※確率70%』
『【水の魔法】を習得しますか ※確率70%』
『【雷の魔法】を習得しますか ※確率70%』
システムが確実に死んでもいいのであれば習得すればいいと言っている。
魔法が使えることがそんなに影響するということは使える人間がそんなに多くはないのかもしれない。
『【死の魔法】を習得しますか ※確率100%』
こっちが即死するんじゃ全く意味がない
「ダメっぽい……。魔法の才能がないのかもしれない」
「異世界から来たくせに使えん奴だな」
「多分、俺はハズレ枠扱いだから仕方ないだろ……」
使えない発言に少し傷付いた本郷であった。
「まぁいい。とりあえずここだと思うまで銃は使うなよ。音がデカすぎる。その甲冑の太ももあたりに小型のナイフがある。それで相手の首を掻っ捌け」
言われた通り確かに太ももに果物ナイフのような小型の剣が仕込んであった。その短剣を手に取る。
これで相手を殺す。それだけだ。それでも、考えるよりもずっと重い感情が自分に圧し掛かる。
「やるしか……ないんだよな」
「そうだ。仕方のないことなんだ。躊躇するなよ」
独り言のように囁いたつもりだったがコブスにも聞こえていたらしい。
そう、これは仕方のないこと。自分で自分を言い聞かせるように何度も心の中でその言葉を噛みしめる。
「あいつら、次はこの家を探すはずだ。今のうちに入るぞ」
2人組の男が、馬車に荷物を持って戻っているうちに次に狙うであろう家に裏口から入り込む。
「なんで次がこの家だってわかるんだよ」
「順番に家に入ってただろうが、戦ってる最中は相手の事もちゃんと観察しろ。素人丸出しだぞ」
「丸出しも何も素人だよ」
「そうだったな。それなら剣ぐらいはちゃんと使ってくれよ。お前さんがヘマをすれば俺の命も危ないんだ」
剣と言われても、自宅で自炊するときに使い分ける数本の包丁ぐらいしか使用した経験はない。確実性を高めるにはスキルに頼るしかなかった。
『【剣の知識】を習得しますか ※確率0.036%』
「微妙に確率が高いんだな……」
『【剣の知識】を習得しました』
今回もどうやら死なずに済んだようだ。
毎度のことだが確率が低くとも死のリスクを背負うこの瞬間が怖すぎる。
「この銃も使えないとダメ……だよな」
『【銃の知識】を習得しますか ※確率0.5%』
0.5%という数値に躊躇する。街の福引でちょっといい景品が当たるぐらいの確立である。
「おい、何をボーっとしてるんだ! あいつらが戻って来るぞ」
「あっ……」
『【銃の知識】を習得しました』
突然声を掛けられたことに驚いてそのままスキルを習得してしまった。それでもまだ生きている。
「死んだかと思った……」
「何言ってるんだ。まだ始まってもいないだろうが」
「こっちにもこっちの都合がいろいろあるんだよ。とりあえず、剣と銃の扱い方は大丈夫だ」
裏口から侵入した俺たちは表側の入り口に向かうとコブスが入り口からちょうど見えるテーブルに向かった。ポケットから袋を取り出して、その袋から数枚の金貨を取り出すと袋と一緒に置いた。それは、あの時に殺した兵士から奪った金や貴金属を入れていた袋だった。
「これを見たら必ず中身を確認しようとするはずだ。金貨なんて奴らからしたら大金だからな。その隙にお互い自分から近い方をやるぞ。タイチは隣の部屋の陰に、俺は入り口の陰に隠れる。いいな」
「お、おう」
「頼むぞ相棒」
肩をポンと叩くとコブスは入り口、ちょうど扉で陰になる位置につく。本郷も言われるがまま隣の部屋の入口の陰に身を潜めた。
ギギィと扉の開く音が聞こえる。ギシギシと複数の足音が聞こえるということはあの2人組で間違いない。ちらりと物陰から覗くと、やはり家を物色していた2人だった。
「ダブラスの野郎、リーダーにされたからって何でもかんでも命令してきやがって! 今まで会ったこともないくせに気に入らねぇ!」
「そう怒るなよ。これが終わればアイツともおさらばだ。後で連れていく女で遊んで忘れろよ」
リーダーの名前はダブラスというのか。それに二人ともそんなに面識があるというわけでもなさそうだ。全員バラバラの傭兵をチームにしただけなのだろうか。
「ちっ、犯してぶっ殺さないと気が済まなねぇ……」
「お前に犯される女に同情するぜ。おい! 金貨だ!」
後から入ってきた冷静そうな男がテーブルの上の金貨を見つける。怒りを隠せないでいた男も金貨という言葉に反応したのだろう。テーブルに駆け寄っていった。
「マジかよ! こりゃご機嫌になっちまうな。おい、これは俺とお前で分けようぜ。こっちは荷物運びで重労働させられたんだ、特別手当ってやつだろ?」
「まぁ待てって。後で多くとったとかお前に言われちゃ敵わないからな。ちゃんと数えて山分けだ」
コブスの狙い通り、2人は金貨に気を惹かれ袋の中身の確認を始めていた。
そっと入り口に隠れていたコブスが動き始め、こちらと目が合うとゆっくりと頷いた。
「なぁ、このネックレスって森に逃げたジジイを追い掛けたアイツが着けてた……」
お金の数を数えていた男の声は最後まで出ることはなかった。コブスは相手の口を塞ぐと同時に首の後ろから喉へかけて剣を突き刺していた
「なっ……!」
突然隣の男の首から剣だ生えたような光景に隣にいた男も一瞬驚き、声を出そうとするが、その口を塞ぎナイフで首をかき切る。
本郷と男が一緒にテーブルに倒れ込むと、苦しさから男はもがいていた。切り口が浅かったのだろうか即死させることが出来なかった。
力の限り相手の口を塞ぎ、再度後ろから相手のうなじにナイフを突き刺す。バタバタと動いていた体から力が抜けていき、動かなくなった後も更にナイフを奥に差し込もうとしていた。
「もういい、大丈夫だ。そいつも死んだよ」
コブスに肩を掴まれ、はっと我に返った。襲い掛かる前に整えていた息が急激に上がっている。両手に付いた血と男に突き刺さったままのナイフを見て、自分が人を殺したのだということをやっと理解することが出来た。頭の中がグルグルするがスキルのせいかその程度で済んでいるようだった。
「次はもっと確実に深く首を切れ。浅いとしばらく動くぞ」
「あぁ、分かったよ。すまない……」
謝りながら1つ思ったことがあった。剣の知識があったのになぜ失敗したのかということだ。確かに相手の口を塞ぎ、頸動脈を切れば相手を無力化できる、ということは分かっていた。どの角度からどのように切ればいいのかもしっかりと分かる。それなのに失敗したのだ。これもステータスの低さや経験がスキルに反映されていることが原因なのだろうか。
「知識はあくまでも知識ってことで経験やステータスがないと本来の力が発揮されないとかそういうことなのか……」
ベルフェゴールが言っていた熟せば熟すほどステータスも上がるというのはこういう意味だった。
しかし、気長けたところで一般人から毛が生えた程度にしかならないということは、強大な敵と勇敢に戦う夢見た勇者には絶対になれないということだ。
恐怖を克服しようとして手に入れたスキルがあっても多少怖いと感じるのも恐らくステータスの低さで完全には克服できていないのが原因だろう。
本郷とコブスはナイフに付いた血を倒れた男たちで拭う。コブスは殺した男たちからもしっかりと貴金属を回収し、剣も奪っていた。
「タイチ、通りから敵を呼んでくれ」
「呼ぶって簡単に言われても、危険すぎないか?」
「さっきの会話で思ったんだが、こいつらは恐らくお互いの事を良く知らない。声だって多分違いなんて分からないだろうよ」
「なるほどな、確かにそんな感じだった」
「適当なことを言って2人ほど呼べばいい、お前の格好なら奴らと似ているし、遠くからじゃ見わけもつかないだろう。近づいてきたところをもう一度やる」
指示通りに物陰から声を掛けようとするをかけようと、すると溜まっていた荷物を運び終えたのか人質を見ては立たせ、1人の女性の品定めをしているようだった。
『おい、お前だ !立て !ここで殺してやってもいいんだぞ!!』
『おっ、いい女じゃねぇか、後でたっぷり楽しませてくれよ』
男たちはそういうと、女性の服をビリビリと破き始めた。
『いや! 助けて!』
その悲鳴に、見過ごそうと思っていた罪悪感と、映画でもよくあるシチュエーションなので見慣れていたはずだったが、実際に目の当たりにすると胸糞が悪いと感じていた。
『ちょっと! なんでその女が先でアタシを無視するのよ!』
兵士たちの声に交じって、太い女性の声が響いていた。目を凝らしてその女を見つめてみる。身長は他の女性よりも一回りも大きく、コブスよりもガタイがいい。プロレスラーや格闘家と言っていいほどだ。肩まで伸びた髪が特徴的だったが、口の周りがやけに黒い。青髭だった。
『ねぇちょっと聞いてるの! 聞けよゴルァ!!』
『なんだこいつは!? オカマは黙ってろ!』
『誰がオカマだこの野郎! ぶっ殺すぞ!!』
色んな意味でヤバい奴という人種が混じって暴れ、男たちに押さえつけられていた。
以前に先輩に噂の2丁目に連れていかれた時に、そっくりな人たちに会ったことがあると思い出していた。
「コブス!女の子が男たちに……! 人質の中にオカマがいる!」
「町長の一人娘か。それとオカマはジェリド。私の……一応部下だ」
「あんたそっちの気があったのか……」
「違う! ジェリドは格好こそあれだが、かなり力は強い、助けるなら優先するべきだろう」
確かにここから見てもジェリドだけ他の人に比べても筋肉が隆々としているのが分かる。絶対にオカマっていうのだけはやめておこう。俺の世界でもその言葉はタブーだったし。
ただ、彼のおかげで全身衣服を剥がされそうになっていた女性への暴行が防がれたのは幸いであった。
「おーい! 誰か手伝ってくれ! 金庫を見つけたんだが開かないんだ。このまま持っていこう!」
「もう少しマシな言い訳はなかったのか……」
本郷は向こうから少しだけ見えるような形で手を振る。あまりにも捻りがなさ過ぎたのでコブスには呆れられてしまった。
こちらに気が付いたのか、馬に乗ったままの男が近くの兵士に指示を出す。恐らくあいつがリーダーのダブラスだろう。
『おい、お前ら手伝って来い。ここは2人残ればいい』
ダブラスに言われて荷物を馬車に運び入れていた3人がこちらに歩き始めてきた。
「やべっ、1人多く連れてきやがった」
急いでコブスのもとに戻る。
「悪い、3人こっちに来る!」
「まぁ運が悪ければと思っていたが……。仕方ない。家の中まで連れてこい! それから一番手前の男をやれ。後ろの二人は俺がやる」
「正面から倒せってことかよ」
「仕方ないだろう、眉間に突き刺せば動けなくなるはずだ。じゃあ上手くやれよ」
そういうとコブスは裏口の方へ向かっていき、見えなくなった。
「あいつ、1人で逃げたとかじゃないよな……」
「おい! 金庫はどこにあるんだ!」
こちらへ向かってきた兵士姿の男が大声でこちらに声を掛けてきていた。
「やべっ!」
急いで入り口から出ると、男たちが思っていたよりもかなり近づいてきていた。こうなればコブスを信じるしかない。そう思った俺は男たちを家の中に誘い込むのだった。
「こっちだ! デカい金庫でよ。金貨まである家だ。かなり期待できるぜ!」
「早く終わらせてずらかるぞ。正規兵共が来る前に出なきゃいけないんだからよ」
「悪い悪い。この部屋の奥でよ。重くて動かせないんだわ」
1人目と2人目が家の中に入り、3人目が入ろうとしたときに背後から伸びた手に口を塞がれ、3人目の男の姿が消えていった。
残った2人に悟られないように部屋の奥に誘い込む。そして右手に持ったナイフを相手に見えないように自分の体に重ねる。
「おい、金庫はどこだよ! 金貨一枚ないじゃねぇか!」
そういうと男が本郷の肩を掴み強引に引っ張った。肩を引っ張られたせいで顔が男2人の方を向く。そして2人の顔が見えると同時にコブスが後ろにいる男の首に向かって剣を構えていたのが見えた。その姿を見て本郷も持っていたナイフを大きく振りかぶる。
「おまっ! 誰だ……」
男の声を遮るように相手の眉間にナイフを振り下ろす。それと同時に抑え込むようにして倒れ空いた左手で口を塞ぐ。コブスもそれと同時に剣を相手のうなじから突き刺し押し倒すように床にねじ伏せた。
動かなくなるのをじっと待ち、ダラダラと床に流れていく血がゆっくりと広がっていくのがとてつもなく長い時間に感じた。
「今度はちゃんと殺せたじゃないか。上出来だ」
「ありがとう。でも、この感触には慣れたくないって心底思うよ」
お互いに死体から武器を引き抜き一息つく。さっきより気持ちは安定しているけれど、やはりこの感触は気持ち悪い。
「まだ4人も残ってるんだよな」
「後、4人だな。だが、これ以上個別で誘き出すのは難しいか」
相手の死体を漁りつつコブスは次の作戦を考えているようだった。その姿を見て、本当に人を殺すのには慣れているんだなと改めて実感する。
後4人も殺さなきゃいけないのか。人を殺したくないという気持ちと殺さなければ死ぬのは自分だという気持ちが未だ心の中でせめぎ合っていた。