アデン決戦 ~ロイザーという名の勇者~
ロイザーはズシンと響く大きな揺れと、ガラス窓がビリビリと揺れる衝撃に少し驚いていた。
そして、窓から見えた景色は吹き飛ぶ土と黒煙に交じり、魔獣と兵士だったものが散乱し飛び散る世界だ。
大きな音に続いてドンッ、ドンッと聞こえてくる音。
これが大砲というものなのだろう。先程の大爆発に恐れず突撃していく自軍部隊が散っていくのがハッキリと見えるが、ロイザーの表情が少し、変化していた。
そして、何かがダダダダと連続して動く音が幾つも重なり、ガムルス軍からまるで光の矢が放たれた様に更に自軍の部隊を襲い始めていた。
『ロイザー様! ここは撤退すべきです!』
『一度引いて再度立て直せばよい!』
数人のスウェーバルの軍高官が慌てふためき、ロイザーに撤退するよう助言したが、ロイザーは瞬時にその者たちの首を刎ねたのだ。残った者たちもそれ以上何も言えなくなった。
言えば次は自分が殺されると分かったからだ。
「逃げることは許さん。最後の一人になっても突撃を続けろ」
なすすべもなく打ち倒されていく部下を見つめながら、ロイザーは自分が笑っていることに気が付いた。
「これだ……! 私が求めていたものがここにある!!」
胸が高鳴り、心臓が大きく動いているのが自分でもよく分かる。
そして見開いた目が、この残酷な光景を更にしっかりと見ようとしていた。
◇ ◇ ◇
ロイザー・ブラッドマンは、かつて『勇者』と呼ばれる人物であった。
決して秀でた力があったわけではないが、幾つもの試練を乗り越え、仲間たちを手に入れた。
もちろん楽なことばかりではない、何度も負け、仲間の死も経験した。
それでも彼は最後まで諦めなかった。大勢の軍隊を引き連れて魔族呼ばれた悪を、そして魔王と呼ばれた存在を打ち倒したのである。
世界に平和が訪れ、彼が待ち焦がれた時代がやってきたのだ。
人々が穏やかに暮らし、争いのない、そんな世界。
最初は突然無くなった戦いに、何処か物足りなさも感じていた。
「戦いがないことが世界にとって一番いいことなんだ」
と、信じて疑わなかった。
そして、訪れた平和を楽しみながらもともに戦った仲間たちが一人、また一人と去っていった。
「世界も平和になったんだし、皆自分の人生を歩き始めたんだ」
そんな気持ちで寂しくもあったが、笑顔で送り出した。
荒れ果てた土地も少しづつ元に戻り、旅にでも出ようかと思っていた頃、
人と人が争う戦争が各国で起こり始めたという話を耳にした。
「せっかく平和になったのに何で争うんだよ!」
そう思った時にはすでに駆け出していた。
勇者の名前は世界中に知れ渡っていたせいもあって、国の中心人物に合うことは簡単だった。
しかし、各国で戦いを繰り広げていたのは、かつての仲間たちだった。
多額の金と権力を貰うことでその国に加担して戦争に参加していたのである。
それでもロイザーは信用し続けた。
「きっと皆騙されているんだ。そうに違いない。だって勇者のパーティなんだぞ!」
そんな淡い希望も虚しく、戦争は勢いを増すばかり。
悲しい世界を消したくて、昔の平和を取り戻したくて、ロイザーは戦った。
かつての仲間が戦い合う戦場に割って入り、止めようとし続けた。
それでも、戦争は止まらない。
どれだけ剣を振り続けただろう。それすらも分からない。
世界の人口が半分ほど減ったところで、突然戦争が終わった。
自分の願いが叶ったのだ。やっと救われたのだ。そう思っていた。
残った人間たちのトップが集まる会合が行われ、ロイザーもそこに招かれた。
少し成長してすっかり大人になってしまった仲間たちとの久しぶりの再会である。
沢山戦って心は疲れたが、つかの間の再開を心から喜んでいた。
浴びるほど酒を飲みかわし、いつの間にか酔いつぶれていた。
目が覚めた場所は、薄暗い石壁と、厚い鉄の扉一枚の部屋。
外から入ってくる蝋燭の灯りだけが少しだけ照らしている。牢獄だった。
ロイザーは叫び続けた。ここから出してほしいと、仲間たちの名前を呼び続けた。
声が枯れ、喉が潰れるまで叫び続けた。
時折食事を持ってくる兵士に何度も懇願したが、誰一人会話をしようとしない。
それでも彼は信じた。
「きっと自分は襲われて捕まったのだろう。仲間が必ず助けに来る」
日の光が当たらない世界をどれだけの時間過ごしていたのだろう。分からない。
「どうして誰も助けに来ない? おかしい……」
いつしか髪の毛や髭がかなり伸びてしまったのは手触りで感じていた。
『出ろ』
突然の言葉に何を言われたのか分からない。人の言葉を聞くのもいつぶりだろうか。
開かれた鉄の扉からまばゆい光が差してきて目を開けていられなかった。
両腕を抱えられ、引き摺られる様に歩いていく。
少しずつ目が慣れてきて世界が見えるようになってくる。
自分の手足はこんなに細かっただろうか、と感じるほど力が入らない。
「なぁ、ここは何処だ? 仲間たちはどうなった?」
しゃがれた声で自分を連行していく兵士達に尋ねたが、こちらを睨みつけるだけで答えはない。
そして、外の世界に連れ出された。
そこには大勢の民衆が歓声を上げ、こちらを見ている。
「そうだ。私は、勇者ロイザーは帰ってきたぞ!」
叫びたかったが、喉が潰れていて声が出せなかった。
淡々と自分の身体が運ばれて行き、大きな装置の前に跪くように座らされる。
ギロチンであった。
『これより世界を混乱に陥れた、魔王ロイザー・ブラッドマンの処刑を執り行う!』
民衆から更に大きな歓声が沸き起こる。
そう、勇者の帰還ではなく、魔王の最後を楽しみに見物に来ていたのだ。
そして自分の死刑を言い渡したのは、かつての仲間たちであった。
かなり老いていたが、見間違うはずはない。
いつしか、ロイザーの心の中には憎しみが溢れていた。
信じ続けた自分が間違っていたのだと。
「……殺す。絶対殺す。必ず殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころす……」
呟いたように発した恨みは、観衆の声にかき消され誰にも届かなかった。
自分の首が台座に括り付けられ、今にもその刃が落ちてこようとしていた。
「俺は! お前らを! 許さない!」
最後に全力で発した言葉であった。
そして白い部屋にいることに気が付いた時、ここは死後の世界だと思っていた。
『……悔しいか? 私の願いを叶えてくれるなら、お前を殺した奴らに復讐をする機会を与えてやろう』
勇者だったロイザーはその問いに迷いなく答えた。
たとえ自分が魔王になろうとも……。
◇ ◇ ◇
「あぁ! 早く来いガムルスの召喚者よ!」
ロイザーは、ここに必ず来るであろう最後の一人を楽しみに待ち続けていた。




