アデン決戦【1】
作戦会議の翌日。
外から聞こえる大勢の声とドタドタと走る騒音に気が付いて目が覚めた。
「なんだ?」
うっすらと隙間が空いているテントの向こうで色んな体格の人々が行ったり来たりを繰り返しているのを見てベッドから身を起こす。
まだ眠気が強い、それでも起きないとと思った時にテントの入り口がガバッと開いてアイネが飛び込んできた。
「うぉ! なんだ!? 朝からなんてダメだぞ! みんないるんだから!」
「私は構いません! むしろ他の女が近づかなくなります! ……そうじゃないんですよ!?」
「だったら何なんだ? 外が騒がしいけど……」
「アデン砦の前にスウェーバルの軍が布陣しているんです! 恐らく準備が終わってるかもしれません」
アイネの言葉で一気に目が覚める。
近くの椅子に掛けておいた上着を急いで羽織るとテントから飛び出した。
『早くしろ! 砲弾もありったけ持ってこい』
『救護班は後ろに下がれ、そこのお前! こっちで配置に着け!」
『行くぞ! 俺たち獣人の強さを思い知らせてやるぞ!』『『おぉー!』』
目の前で数百人以上の兵士達が目まぐるしく走り回っていた。
辺りを見回すと少し高く設置された物見台の上にコブス達がいるのが見えて急いで駆け寄った。
「あいつらはもう来たのか!?」
物見台の階段を駆け上がり本郷は声を発したが、全員が同じ方向を見ているだけで誰も振り返ろうとしなかった。
「タイチ、あれを見てみろ」
コブスだけがこちらをやっと振り返り、親指でクイッと後ろを指示した。
本郷は両手を物見台の柵にかけ、その方向をじっと見る。
わらわらと小さくアリの様に動いているのは人間だろう。
そして、アリのサイズの人間たちの周りに大きな塊がずっしりと構えていた。
距離のせいで小さくは見えるが、ここからでもハッキリと魔獣の顔が見える。
『実際に初めて見るけど、どう見ても大型トラックと同じぐらいあるじゃねぇか……」
ぞわっと鳥肌が立った。
これからアレが猛スピードでこちらに突っ込んでくると考えるだけで恐ろしい。
『自決しますか』
『バカ言うな。これはビビってるんじゃなくて武者震いだよ』
システムに言い聞かせるように、自分にも言い聞かせていたのだと思う。
「明らかにこちらが動くのを待っているな。余裕とでも言いたいだろうが笑ってしまうな」
「向こうはこちらの大砲ぐらいの知識ぐらいしかないでしょう。地雷も、機関銃も最新の銃でさえ彼らは知らないはずです。問題はあの硬そうな身体を貫通するかですね」
ノエルとリリアがスコープを覗きながら会話をしている。
動物的に考えてお腹周りは弱いはずと考え、地雷での攻撃は有効だと考えているが、それ以外の部分は甲羅や鎧の様な鱗が付いている魔獣が多い。
「それを解決するためにタイチちゃんが新しい物を作ったんでしょう?」
「タイチの発想は私たちには理解できん」
二人の会話を聞いていたジェリドが答え、その横にいたコブスが変な奴だと言わんばかりに本郷を見た。
本郷が魔獣という存在を聞かされていた時に一つ思いついたことがある。
通常の砲弾でも当たれば効果があるとしても、動き続けてしまうならこちらの被害が大きくなるかもしれない。
そして思い出したのが、映画で戦車乗りが使用していた『徹甲榴弾』の存在であった。
徹甲弾と榴弾はすでに開発済みなので、それを組み合わせて改良すればいいと思ったのである。
極限まで貫通力を高め、敵に刺さったと同時に遅延信管が作動して、内部を巻き込むように爆発する仕組みである。いくら身体が堅くとも内部まで同じ硬さであるはずがないのは基本だったからだ。
「これで効かなかったら連射銃や機関銃も聞かないだろうし、確実に終わるんだけどな」
「大丈夫ですよ! タイチさんの作ったものなら問題ありません!」
「そうだといいんだけどねぇ」
効かなかったら死ぬだろうなと思っていた本郷を、根拠のない絶対的な信頼だけで大丈夫だとアイネが言い張った。少しだけ元気が出たような気がする。
そして、思い出したかのようにノエルが言葉を発する
「アデン砦に潜り込ませていた密偵からの話だが、姿をくらましていたサイスがスウェーバルに接触していたそうだ。こちらの技術まで手土産に持ってな。役に立たないどころか最後まで豚野郎だった」
「あの時も……今回も最後まで迷惑な奴だ! 今度こそ私が殺してやろう」
怒りがふつふつと湧いたコブスを見てノエルが言葉を続けた。
「安心しろ、サイスはスウェーバルの大将に気にいられず、全員仲良く魔獣の晩御飯として美味しく頂かれたそうだ。もう二度と会うことはないさ」
「あらやだ、アタシ達に殺されるよりはすぐに食われただけ、マシだったかもしれないわね♪」
少し残念そうに、それでも憎かった人間がいなくなったことを喜ぶジェリドだった。
「さて、小話もここまでだ。総員、戦闘準備!」
ノエルの号令とともに全軍が動き始めていた。
その頃、本郷たちの反対側、アデン砦の一室でロイザーと、その部下たちがアデン平野を見下ろすように眺めていた。
「ロイザー様。全軍準備が整いました」
「ご苦労。ガムルスの動きはどうだ」
「はっ、サイスから得た情報では大砲と言う大型の銃器が存在しているようですが、詳細を見る限り魔獣にダメージを与えることは可能でしょうが致命傷を与えられないだろうとのことです」
スコープから覗いた世界は遠くまで良く見える。
ロイザーは素直にこの技術に感心していた。
『ガムルスにいる召喚者の知識は自分よりかなり高い。危険な奴は早めに消さなくては』
サイスが漏らしたガムルスの技術は少なからずスウェーバルに技術革新を起こさせていた。
「他にも数人で扱うような武器があるようだが?」
「恐らく新型の武器だと思われますが、その情報はこちらには……」
「重要な部分すら持ってこれないとは。やはり生かしておかなくて正解だったな」
もう顔すら思い出せない男に悪態をついていた。
「どんな攻撃を仕掛けてこようとも進み続けろと命令しろ! 一体でも魔獣が突破すればこちらの勝ちだ」
「はっ!」
指示を受けた兵士達が部屋から急ぎ早に出ていく。
一人部屋に残ったロイザーが姿の見えない召喚者に語り掛ける。
「早く私のために死んでくれ。私は早く向こうの世界で裏切者どもを消さねばならんのだからな!」
焦る気持ちと、湧き上がる元の世界への怒りを必死に抑え込み、冷ややかな面持ちで戦場を眺めていた。




