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爺さんと俺と…

「ちょっと待ってくれよ! 俺は敵じゃない!」


「そうだな。お前さんは私を助けてくれたからな。それについては感謝している。それでも敵兵を殺さないのであれば疑うのが筋だろう?」


「俺は人を殺したことなんてないんだ! それにこの世界には来たばかりで何も知らない!」


「この世界…・・・?お前さんどこから来た」


「どこからって、向こうの丘みたいなとこで変な石像が壊れてる場所だったけど。俺は別の世界から神様に飛ばされてここに来たんだ。嘘じゃない! そりゃ信じられないかもしれないけど……」


 本郷は自分が走ってきた方向を指差す。すると老人はハッキリと分かるぐらい驚いていたがすぐに冷静な顔に戻る。

 やはり別の世界から来たといっても信じてもらえないし変な奴だと思われたのだろうかと思った。


「今はお前さんの話を信じよう。死ぬかもしれないときにそんな嘘で何とかなると思う奴ならとっくに死んでいるだろうからな」


「そりゃどうも。素直に言って良かったよ。こっちに来てすぐに死ぬなんて勘弁だ」


 老人は向けていた剣を下げた。

 何とか開始数十分でのゲームオーバーは避けられたようである。


「俺は本郷太一っていうんだ。タイチって呼んでくれ。爺さんは?」


「私のコブス。コブス・ガイエンだ。金貸しをしている」


 金貸し。本郷のいた世界で例えると消費者金融と呼ばれるものに近いだろう。あまり良いイメージはなかったが、歴史の番組の知識で大昔は苦労することが多く、財閥とか戦前戦後にも様々な役割で国支えてきた役割もあるということは知っていた。


「それで、コブスさんはなんでこんなとこで襲われてたんだ?」


「コブスで構わんよ。私もお前さんをタイチと呼ぼう。あれはガムルス帝国、この国の兵士だ」


「この国の兵士? なんで自分の国の人間を襲うんだよ」


「今はガムルス帝国とラカスラト王国が戦争中だからな。こいつらは国が雇った傭兵崩れだろう。自国民だけで賄えない兵士を金で雇ったのさ。挙句に見てないところで略奪や強盗紛いなことをする連中も増えてきた」


 傭兵という言葉はこの世界では一般的のようであった。


『それに略奪や強盗なんかもあるってことは、俺の知っている範囲だと〇ッツとか〇エールなんかが出てきそうな感じだな』


 頭の中で何人か漫画に出てきた傭兵が思い浮かんだがどれも殺伐とした世界であったことから、この世界もそうなのだろうかと不安が生まれた。


「さて、俺は町の様子を見に戻る。店に金も置いてきたままだからな。タイチはどうするんだ?」


「どうするかは考えてないけど、町に戻るって大丈夫なのか? まだ傭兵たちがいるかもしれないんだぞ」


「複数人はいたから確実に町にいるだろうな。私は近くに隠れて、あいつらがいなくなるのを待つさ。どうせ金やら食い物を集めたらさっさといなくなるだろう。女も連れていくだろうな」


「女って、人攫(ひとさら)いまでするのかよそいつら」


「若い男と女は戦争で首都に行ってしまったんだがな。町長の一人娘がいる。可愛いお嬢さんだったから、自分たちで遊んでから殺すか、奴隷商人に売るってところだろうな。今のご時世じゃ珍しいことでもない」


 こんなところまで異世界ならではお約束な展開らしい。確現代でも奴隷制度が残っている国もある。

 それでも、本郷が暮らしていた国ではそんなものはない。むしろ奴隷は解放するっていうのがアニメや漫画の王道ストーリーだとずっと考えて生きてきた。

 でも、今の自分には戦うことは出来ないことも分かっていた。少なくとも町にはもっと大勢いるし、銃があるならタックルなんかじゃ歯が立たないのは明白だった。


「ここはコブスと一緒に隠れてやり過ごしたほうが賢明か……。連れていかれる女の子は可哀想だけど」


「その顔からすると助けたいと言い出すかと思っていたがな」


「そりゃ、助けられるなら助けたいけど、俺は銃を撃ったことも剣を振ったこともないんだ……」


 コブスは本郷の表情から助けたいという気持ちは分かったのだろう。しかし、死ねば終わるというベルフェゴールの言葉が助けたいという言葉を掻き消していた。


「どれ、戦利品を頂いていくかな」


 そういうとコブスは甲冑の男の服の中をモゾモゾと探り出し、小さな袋を取り出した。

 紐で結ばれたもので、ジャラジャラ音がする。恐らくはお金だろう。

 次に首に着けていたネックレス、手袋を外し指輪と手慣れた手つきで外していく。そして死体の服でゴシゴシと血で汚れた部分を拭うと、ネックレスと指輪も先ほどの袋の中に入れていった。


「いいのかよそんなことして……」


「納得がいかないという顔だな。死ねば人も物だ。金も貴金属も持っていたって価値がないだろう? それなら再利用してやったほうが生きている人間の役に立つ。戦いの中で優しさなんか持っていても無駄だぞ」


 コブスの意見も正しいのだろうと思う。死して屍拾うものなし。戦場で相手の事を気にしているやつなんて大体先に死ぬのがお約束ということも分からないでもなかった。

 それでも、そこまで人としてまだ腐りたくないという気持ちと、それでも割り切っていかないと次にこうなるのは自分自身なのかもしれないという迷いがあった。


「私の体格じゃこれは使えないな。ほれ、タイチ、そんなに重くないからお前さんなら着けられるだろう。


 コブスは手慣れた手つきで死体から甲冑を外していく。頭につけていた兜のような防具をコブスが外すと、自分が死に関わった人物の苦しそうな表所のまま固まった顔、両目は限界まで見開いていた。

 本郷は、死体がこちらを見たような気がして、急に吐き気に襲われたが、習得したスキルのせいでおかしくならないで済んでいた。普通の状態だったら間違いなく吐いて錯乱していたに違いない。

 同じぐらいの歳だろうか、もしかしたら下なのかもしれない。

 本郷はそっと死体に近づき、両目を閉じさせて顔を整えた。数秒間男の顔を見つめ、両の手で合掌した。


「こんな供養で悪いけど、今はこれが精一杯なんだ。アンタの装備、借りていくよ」


「不思議な儀式だな。タイチがいた世界での弔い方か」


「そうだよ。本来は死んだ人は火葬するんだけどな」


 コブスが外してくれた男の甲冑を付けていく。体格も似ていたせいかフィットした。そして、されていた太ももの装備のポーチの中には、予備の弾薬も入っていた。


「なぁ。こんな感じでいいのか?」


「頭がずれてるぞ、もうちょいこうして……。よし、大丈夫だろう。軍にいた頃を思い出すな」


「へぇ、軍人だったのか。なんで軍人が金貸しなんかやっているんだ?」


「まぁいろいろあってな。銃はお前さんが持っていけ、剣は私が持つ。私は昔から的にすら当たらなくてな、信用できんのだ」


 軍人を辞めて金貸しに転職したというコブス。

 現代的に言うならば警察官がヤクザになるようなものなのだろうか。

 コブスはそれ以上は自分の話をしなかった。

 本郷も、気にはなったが、なんとなく聞いてはいけない雰囲気を感じ取り、こちらからもそれ以上問うことはしなかった。


 装備を整えたのちに、死体を見つからないように隠した。

 辺りを見渡しながら男の仲間がいないかを、お互いに警戒しつつ、森の中をコブスに着いてゆっくりと歩いていく。

 森を抜け、コブスが言っていたトルガの町が見えてきた頃だった。


『タイチ、しゃがめ』


 コブスは急にこちらを見て、声を潜めると同時に本郷の頭をぐっと押し込んでしゃがんだ。


「何すんだよ!」


『バカ野郎! 敵だ…! 大声で喋るんじゃない!』


 敵だというその言葉に自分の中で一気に緊張感が高まった。

 コブスが睨み付ける先に、先ほどの男と同じ格好をした連中がいた。そして、町の人たちだろうか、手を縛られて全員が一か所に座らされている。


『これで全員か! 隠れている奴は殺せ!』


『おい、こっちの金を積み込め!』


 兵士の格好の中で1人の男の怒号が聞こえる。多分あれがリーダーだろう。

 リーダーを覗いて他の仲間の数は8人だった。3人は人質の見張り、もう3人は荷物を馬車に積み込んでいた。残りの2人は荷物を持ってきては戻りを繰り返している。


「コブス、あれで全員だと思うか?」


「多分な、さっき殺した1人を足して10人。軍にいた頃に傭兵は大体10人ずつで分けていた。人数が少ないと隠れてサボるし、多すぎると管理しきれないってな」


「そうなのか。街の中に兵士はいないのか? 警備をしてるようなやつ」


「戦時中だからな。戦えるやつは皆、戦場に駆り出されてるんだ」


 守りまで駆りだすということは余程の人手不足なのだろう。

 その挙句に略奪や強盗を平気で行う傭兵がいるということはガムルス帝国という国は政治的にも危ない状況なんだろうなと悟った。


 本郷はコブスと一緒に今はやり過ごすことを再度決めた。9人相手にこちらは2人、しかも人質まで取られているのでは勝ち目が低く殺されてしまう。大人しくしていようと思っていた。


()()()()()()()


「え!? 嘘だろ……」


 どうして自決システムが起動したのかは分からない。これも戦いから逃げていると見なされてしまうのだろうか。本郷が死の淵に立たされているわけでもなく、敵をやり過ごそうとしているだけである。


「なぁコブス……。俺と一緒に町を救ってくれたりなんか……しないか?」


「バカ言うな。見つかれば人質全員を殺すかもしれんぞ。大人しくしていれば少ない犠牲で済む」


「そうしたかったんだけどさ、なんか戦わないとダメらしいんだよ……。このままだと俺が死ぬ」


「タイチ、お前何かに呪いでもかけられているのか?」


「呪い……ね。そんな感じだと思う」


 確かにこんなの呪いと変わらない。ベルフェゴールの気まぐれで付けたシステムがこんなにも邪魔になるなんて想像もしていなかった。何が理由で自信を自決させようとしてくるのか分からないが、このままでは勝手に自分から死を選択することになる。


「とにかく、戦う以外に方法がないんだ。助けてくれ……!」


 本郷は(わら)にも(すが)る必死にコブスに訴えた。

 コブスは少し考えたのちに、本郷にある提案を持ちかけてくる。


「分かった……。その代りに条件がある。1つ目は生き残ったらあいつらが持っている金品は全部もらう。2つ目はお前が死んだら私はさっさと逃げるぞ」


「ありがとう。今はそれで構わないよ」


「よし、それならまずは金品を家から持ち出している2人からだ。他の連中から離れている隙にやるぞ。次は殺せないなんて言うなよ」


 コブスの言葉に大きく首を縦に振った。

 そう、次は自分も相手を殺すしかない。そうしなければ自分やコブス、捕まっている人たちもどうなるか分からない。


「こうなったらやってやろうじゃないか……!」

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