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先輩と後輩なんて現実世界で十分

「この世界はいいぞー。いちいち残業しろだの結果を出せだのうるさい上司はいないし、いちいち小さいことにクドクド文句をつけてくるクレーマーもいない。最高じゃね?」


 案内された一室でドカッと椅子に座った飯田が鼻で笑いながらそう言った。


「ぶっちゃけ神様にこの世界に召喚された時はヤベーって思ったけどさ、ちょいちょいっと知識を披露したら天才だって言うんだぜ? ちょろいもんだろ?」

「なんで飯田先輩は神様に選ばれたんですか? 俺は手違いでしたけど……」

「なんかすげー俺に似ててさ、人を上手に扱えるやつの方が良いってさ。神様も人を見る目があるよな。俺って人を扱うのも上手いじゃん?」


 そんなことはない。自分の仕事をうまい具合に他人に無理やり押し付けているだけである。

 それもある意味で才能なのだろう。

『この人を選んだ神様は天邪鬼か何かなんじゃないか?』

 本郷はそう思いつつも黙っていた。


「そういえばさ、お前何個紋章持ってる? 俺全然戦ってないからまだ1個」

「言わないといけない理由もないと思うんですよね……」

「固いこと言うなよ~。俺とお前の仲じゃん?」


 正直なところ、この人は苦手なタイプだ。

 それに俺とお前の仲と言われても、飲みに行ったことも休日に遊んだこともない。

 困ったときにだけ、こちらに声を掛けてくる面倒くさいタイプの先輩。


「今は、2個ですね」

「2個ね……。やるじゃん。いくらで買ったの?」

「買ってないですよ。戦って勝ち取ったんですけど」

「はぁ? マジで? 人、殺したってこと? ないわー。殺人者じゃんお前。でもお前でも殺せたってことはこの世界って雑魚ばっかってことじゃね?」


 こちらを指差して飯田はゲラゲラと笑い出した。

 ダブラスとは全く違うゲスな男に本郷の苛立ちは隠せなくくなっていく。

 生きるため、帰るために必死で戦っていた。沢山の仲間の死も経験した。

 それを根本から否定された気がしてならなかった。


「こっちも生きるために必死だったんですよ。あまり笑わないでもらえますか?」

「まぁそう怒るなって。そういえばよ。さっきお前が喋ってた女の子、お前の彼女?」

「彼女では……ないですけど」

「じゃあ俺が貰っちゃっていい? ああいう女の子とはまだヤってないんだよね~」


 あぁ、自分は苦手なんじゃない。この人が嫌いなんだという事実が分かってくる。

 握りしめた拳が今にも飛んでいきそうになるのを必死に抑えていた。


「そうそう、再開を祝うんだったな! 確かこの辺にすごいいい酒があるって話を聞いていてさ」


 そういうと飯田は本郷に背を向けて引き出しの中を漁り始める。


『紋章2個持ってて、可愛い女の子も手に入るなんて俺ってラッキー! パシリにちょうど良かったけど活かしてても面倒だし、殺人者を殺せば英雄じゃん?』


 引き出しに入っていたワインボトルとグラスを取り出す。

 そして、懐から小さな袋を取り出すと、その中に入っていた黒い粉を両方のグラスに振りかけた。

 そこにゆっくりとワインを注ぎ入れ、しっかりと溶けてなくなったのを確認する。


 袋の中に一緒に入っていた錠剤の様な粒を、こっそりと自分の口に含む。

 そして何事もなかったかの様にグラスを両方持って振り返った。


「悪い悪い。まぁ酒でも飲んで語り合おうぜ。情報交換は大事だろ?」


 そういうと片方のグラスを本郷に差し出した。


「……毒とか入ってないですよね?」

「嫌だなぁ、先輩を疑うわけ? まぁ神様から戦えって言われてる状況だからお前が疑いたくなる気持ちも分かるけどさー。傷付くわー」

「すみません。そこまで先輩を信用してないんで」


 イライラをつのらせていた本郷は皮肉を込めてそう言った。

 明らかにヘラヘラしていた飯田の顔が少しだけ、険しい顔つきになるが、隠そうとしていたのだろう。その顔も一瞬だけだった。


「そこまで疑うならお前がグラスを選べよ! 残った方を俺が呑むからさ」

「じゃあ、反対側を貰います……」

『バーカ、そっちもハズレなんだよ! 悪いな本郷』


 笑い出しそうになる顔を本郷に悟られないように必死に隠した。そして、お互いにグラスをチンと鳴らして乾杯すると一気に飲み干していく。


「うぐっ……!」


 唐突な不快感と胃が焼けるような苦しみに本郷が悶えだして片足を付いた。


「……は、はっはっ! ちゃんと効いてるじゃん!」

「飯田ぁ……!」

「『飯田先輩』だろ? 両方のグラスに毒を入れておいたんだよ。俺の方は口の中に解毒剤を入れておいたから効果なんてないけどな! バカ正直に飲むやつが悪いんだ!」


 苦しい。身体が溶けてしまいそうに身体が扱った。


「紋章とさっきの女の子、渡せよ。そしてさっさとどこかの田舎で一生暮らせ。そうするなら解毒剤をやるよ。どうする? 早くしないと死んじゃうぞ~」


 飯田の右肩が光り始めて、服越しに紋章が透けていた。


「クソ野郎が……」

「あ? 調子乗んなよ!」


『ドゴッ』


 本郷の身体が骨が折れたんじゃないかというぐらいの勢いで思い切り蹴り上げられ、転がった。

 ゲホゲホと咽ていた本郷の身体がピクリとも動かなくなった。


「さて、最後の召喚者を殺したらこの世界を好きに変えちゃうかなー。歯向かうやつは全員☆死刑! お、カッコいいじゃん俺?」


 ボトルに残ったワインを直接ラッパ飲みしていく。


「あれ? 紋章ってどうやって奪うんだ? 俺のしかないじゃん」


 飯田は確認しようと本郷の遺体のある方へ振り向き、驚いた。


「は? お前……なんで立ってんの?」

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