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ガムルス、もう1人の召喚者

 貴族と軍幹部が迎賓館でパーティを開く当日、アウグスタでは本郷たちが広めた嘘の話題で持ちきりだった。

 日ごろから溜まっていた鬱憤もあったのだろう。あっという間に広がった市民や奴隷の反抗心は今にもはち切れんばかりに膨れ上がっている。


 昼も過ぎ、もうすぐ夕方になるだろうという頃に、本郷たちは城門内のミランダが営んでいる宿の事務室にいた。


「コブスとジェリドが盛大に噂を流してくれたおかげで予想以上に効果があったよ」

「まぁ私たちの私怨もあるからな。あることないこと言いふらしただけだ」

「そうねー。おかげで戦う時よりもスッキリしたわ♪」


 普段吐き出せないことも盛大に吐き出した2人はいつも以上にご機嫌であった。


「アイネの方はどうだ? 皆集まったか?」

「はい! 近くの森で待機してもらっています。夜になったら街を練り歩きつつ、街の人たちを扇動して迎賓館に向かうようにお願いしています。街の人たちにも今日がパーティの日だとリークしておきました!」

「ありがとう。それだけやってくれれば大丈夫だよ」


 人を動かすには同等の立場の人がいれば動きやすい。あちらの世界でも、この世界でも根幹は変わらない。少数では動きにくいとしても大勢が集まれば参加もしやすい。デモもストライキも同様だ。


「巡回の兵士も、警備の兵士も全てこちら側に引き込んだ連中で固めてある。リリア、迎賓館の警備兵も問題なく進んでいるか?」

「問題ありません少佐。間違ってもこちらを撃たないように徹底させています」

「ノエル少佐もリリアもありがとう。こっち側に着いた軍人も行進に参加してくれるんですよね?」

「市民と奴隷が城門に入り次第、行進を守る形で参加するように頼んであるから安心しろ」


 本郷たちの計画通りに作戦は進んでいた。


『問題はイイーダとかいう召喚者か……。今まで直接攻撃してくることはなかったから話し合いで済むならそっちの方が楽で助かるんだけどなぁ……」


 何度も計画を確認し、入念な準備をしてきたが、姿が見えない召喚士だけが本郷にとって一番の悩みの種であった。

 そして、時間が刻々と過ぎていき、太陽が沈み始めていく。

 作戦の開始まで、あと少しに迫っていた。


 ◇   ◇   ◇


 夜になり、家や店の灯りを点け始めていた住民たちは驚いた。

 街の入り口から大声を出しながら、人と獣人が歩いてきたからである。


『軍と貴族の圧政を許すなー!』

『奴隷を開放しろー!!』

『課税も虐殺も認めるなー!!!』


 そんな声が飛び交いながら数百人規模で歩いてくるのだから、それは驚きの声だっただろう。


『どうする? 俺たちも行くか?』

『でもよ、軍人に見られたら捕まるぞ……』


 歩いていくデモ行進に巡回をしている兵士達が近づいていく。

 言わんこっちゃない、軍に逆らえば殺されると誰もがその結末を予想し、裏切られた。


 巡回の兵士達が行進に加わり始めたのだ。それも、続々と増えていく。


『お前らも来いよ! 軍人の殆どが俺たちの味方だ!』


 行進する中から誰かが叫ぶ声が聞こえる。そして、1人が発した言葉は波紋の様に広がり、周りの人々を扇動するように巻き込んでいった。


『軍人もいるんだ! 俺たちも行こう!』

『これ以上好き勝手されてたまるか!』


 そうしてデモ行進はまるで軍隊が戦場に向かう列の様に人数と勢いが増していった。


 ◇   ◇   ◇


「あのさ、予定よりも集まった人多すぎない?」


 城門の上から、軍隊の様に練り歩く人々の列を見て本郷は驚いていた。


「それだけ貴族と軍のやり方に不満を持っている奴らが多いってことだ。もともとラカスラトとの戦争で、人も物資も巻き上げていたからな」

「それに、軍人が混ざっているんだから、効果も上がってるわよー♪」


 満足げな顔でコブスとジェリドが腕を組みながらうんうんと頷いている。


「あんまり俺の国ではここまで人が集まることもないから、祭りで神輿を担いで練り歩いている人たちにしか見えないけどな」

「マツリ? ミコシ? タイチさんの世界の言葉ですか?」

「そうだよ。例えば、豊穣とか繁盛を祈願したり祝ったりして、皆で神様に感謝したりする行事っていえば分かるかな? 出店があったり踊ったりするんだ」

「楽しそうですね。ガムルスにはそういった行事はありませんから」


 そう言えば、祭りもそうだったが、祝日などという概念もこの世界では聞いたことがない。


「他には、別の国だと独立記念日とかも祝ったりするところもあったな……」


 本郷がボソッと呟いた言葉に反応したのか、誰かが肩を組むように抱き着いてきた。

 むにゅっとした背中の感覚、そしてこの背筋がゾクッとする感じで誰だかすぐに分かる。


「ホンゴー。独立記念日に関して詳しく教えろ」

「ひぇっ……!」

「言わないとアイネを今晩ベッドに引きずり込む!」

「私関係ないですよね!?」


 突然のベッド発言に驚いて、アイネが自分を抱きしめるように身を護る。

 少し見てみたいような気持ちを抑えて本郷は答える。


「ざっくりな説明ですけど支配下に置かれていた国が、その支配から解放されて、自分たちは独立するぞーって宣言した日を祝うイベントですよ」

「独立記念日……。ガムルス独立記念日……。フフフ……いい響きじゃないか」


 絶対に良からぬことを考えているだろうなと分かっていたが、止めることも無理だろうと思い、誰も何も言わなかった。

 そして、民衆が近づいてくると、門を閉じていた兵士達が開門し、傍に隠れていた味方の兵士達も列に加わっていく。


「俺たちも迎賓館に行きましょう! これでガムルスの腐敗にトドメを差します!」


 緩んでいた全員の顔が、真剣な面持ちに変わる。

 この日、ガムルスという国が大きく変化することになる。





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