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異世界で初めて出会ったのは美少女でなく兵士と老人でした

 暖かい日差しが全身に降り注ぎ、そよ風がとても心地いい。

ベルフェゴールに行って来いって言わて落とされた後、本郷はまた気を失っていた。

それにしてもこのまま一生寝てしまおうかなとも思えるぐらい心地のいい天気であった。


()()()()()()()


 唐突に頭の中に浮かんだメッセージのせいで急に現実に引き戻される。


「しないしない! まだ死にたくないから! 勘弁して!」


 人ではないシステム的な何かに向かって懇願した。

自決の選択を迫った画面が目の前からスッと消えた。どうやら申請は却下できたようである。

それにしてもとんでもない機能を付けてくれたものだ。

大昔の武士だってずっと寝てたいので自決しますとかいう奴なんていなかっただろう。寝ぼけて腹を切った人がいるということは知っていたが……。


「それにしても、ここはどこだ? エルガーに飛ばされたのは覚えているけど……」


 目の前は一面の草原だった。

少し傾斜があり、遠くまで見渡せるということは山の中腹、もしくは丘の上といったところだろうか。背後には山があり、左右は木々が生い茂る森がある。


 本郷が気になったのは寝ていた場所だった。

ここだけ明らかに人の手で作られた場所だであり、石畳の様に均等に石が敷き詰められ、壊れてしまっているが何かの像が置いてあったようだ。辺りにそれらしき破片が散らばっているが粉々になり過ぎていてこれだけでは原型が分からない。


「ゲームで良くある召喚ポイント的なあれなのか? それならもうちょっと発展した都市で可愛い巫女さんに召喚されたとかそういった設定にしてくれればよかったのに……」


 むくっと立ち上がり、その場で屈伸運動や上半身を後ろに仰け反ったりして体をほぐす。何度も落とされてしばらくここで寝ていたせいか体がポキポキと音を立てる。

 

そもそも現代社会のサラリーマンは慢性的に肩こり腰痛に悩まされているというのに石の上に召喚するとは……。もっと優しくしてくれないと心だってポッキリ折れてしまうぞと本郷は思った。


 不満をブツブツと呟いていると急にお尻がブルブルと震えた。正しくは後ろのポケットに入れていた携帯のバイブである。画面を見ると発信者の名前が出ており、【神】とだけ表示されている。


「まぁ……、面倒だし出なくていいか。後で折り返そう」


「ダメに決まってるでしょ !アンタ死にたいの?」


「うわ! 勝手に通話が繋がった!」


神様には居留守とかそういった類は通用しないということを改めて知る。向こうが話したいと思えばこちらの意思なんて関係ない。そういう生き物なのだと思うしかない。この神様だけ特別なのかもしれないが、本郷は観念して通話を続けることにした。


「それで、ベルシュ様は何の御用で? むしろこれどうなって通話繋がってるんですか?」


「ゲームが始まったからちょっと説明してあげようかなと。それと、なんで繋がるかってそんなの私が神だからよ! 神以外には繋がらないし充電しなくても使えるから便利でしょ」


「なんも分からん状態でそんなこと言われましても……」


「分からなくてもゲームは進行していくのよ。アンタが動かなくてもゲームの強制力が必ず働くようになっているから、遅かれ早かれ必ず他の召喚者達とも出会うでしょうね」


「なんですかその強制一本道ゲーは……」


ゲームの世界でオープンワールドが主流になってどれだけグラフィックが進化したり道中のサブクエストがしっかりしていたとしても、途中から一本道でつまらないと評価されたゲームは多い。

神様達のゲームの中にはそんな寄り道という考えはないのだろうか。


「すぐにでもアンタはこの世界に巻き込まれるはずだから覚悟しておきなさい」


「辛いのとか痛いのは嫌だなって思うんですけど、フィルターかけたり出来ないんですか?」


「そんな簡単な機能があったら先に使うわよ。とりあえず生き残りなさい。死ねば終わりよ? 後、アンタが死ななくても紋章が無くなれば私との接続が切れて連絡が取れなくなるから。じゃあね」


「ちょ! おい待てよ! 待ってください! ……ダメだ、切れてやがる」


 すぐにでも巻き込まれるとはどういうことだろうか。

まずは異世界ものの基本として、この世界の事を詳しく知るところから始めるしかない。ベルフェゴールが与えてくれた、この力のデメリットを抑えるには力と権力を手に入れるしかないという説明に従うしかなかった。


とりあえず死ぬ確率が低いスキルを習得しておこうかと考えたが、死ぬ確率が0%ではないものを迂闊に習得して死んでしまったらどうしようかと葛藤(かっとう)が自分の中に渦巻いていた。


 その場で悩んでいた本郷だったが、いきなりズドンとした音と、少し遅れてビリビリ衝撃波が体に伝わってきた。映画のスクリーンで大爆発のシーンで体が震えるとかそういうレベルではなく、もっと大きいものの様に感じていた。


「なんだあれ……? 煙? 爆発したのか?」


衝撃と音の方向を凝視すると、もくもくと上がる黒煙が見える。恐らく何かが燃えていることは分かる。

煙が出ている方向から、人の声だろうか。「ぎゃー」とか「うわー」なんてものではない。本当の叫び声が聞こえてきたのだ。

もしかすると誰かがケガ、もしくは死人も出ているのかもしれないと本能的に本郷は悟る。


 これがベルフェゴールの説明にあった強制力というものなのだろうか。

何故かは理解できないがあそこに行かなくてはいけないということだけはハッキリ分かっていた。


それでも本郷の足はガクガク震えて前に進むことが出来なかった。恐怖で足がすくんでいたのだ。


先程まで今晩の予定や仕事を終わらせて早く帰ろうと思っていたにも関わらず、神様達のゲームに強制的に参加させられていることに対して、『どうして俺なんだ! 今すぐ帰らせてくれ!』 と叫びたい気持ちでいっぱいであった。

しかし、本当の恐怖に直面したとき、声は出ないらしい。


()()()()()()()


「くそ! こういうネガティブ思考もそっち方面に解釈されるのかよ!」


爆発の方向へ向かう以外の選択肢が本郷に用意されていなかった。

恐らく思考や本能的に敗北や死を恐れると自決システムの準備が行われるようであった。


「やるしかないってことかよ……。ちくしょう!」


 本郷はとんでもなく不都合なこのシステムに悪態をつきながら、煙が上がる方向へ走り出した。

森の中に入り煙は見えなくなったが、悲鳴が聞こえる方向へ走り続ける。

最近は運動なんて全然していなかったがなぜこんなに走れるのだろうかと思っていたが、ベルフェゴールが耐久力も上がったと言っていたので体力的にも強化されているのだろうか。


「ヤバいな……。おしっこ漏らしそうだ……!」


走りながら悲鳴が近づいてくる。そして目的地に近づくにつれて、押しとどめていた恐怖心もどんどんと増してきていた。

本郷が【逃げたい】と思うたびに、

()()()()()()()

という画面が目の前に出てくる。それも消すたびに表示される間隔が徐々に早くなっていた。

本郷自身の恐怖が思っている以上に増しているという証拠であった。


このままじゃいつ自決が勝手に決まるか分からない。そう考えた末に本郷が出した結論はスキルを習得するしか打開策が見つからないということだった。


「何かないか、何かないのか! 怖さに打ち勝てるようなスキル! 思い出せよ俺!!」


走りながら必死にゲームや映画の知識を思い起こす。例えば、街のヤクザに囲まれた時や野球の試合に負けそうな時に発動する能力を必死に思い浮かべる。

すると、自決以外の項目が目の前に現れた。


『【鋼の心臓】を習得しますか ※確率0.00001%』


表示された確率の低さに驚く。

スキルを習得する際の死の確率は世界の影響力と自身の強さ、権力などが関係するとかの説明があったが、あまりにも低い確率であった。


「俺がビビるのを克服するっていうのはそんなに影響力がないってことかよ! ガチャでレアキャラ引く方が早いわ! 習得するよ、やってくれ!」


『【鋼の心臓】を習得しました』


死なないってことは大丈夫だったのだろう。

死のリスクと聞いて怖がっていた自分が馬鹿みたいに思える確率だった。


本郷は走りながら考えていた。

こうなれば他にもそれっぽいものは習得しておくしかない。大事なところで動けないまま死にたくはない。それに確率が先ほどと同等の物であれば多分死なない……と。


『【ド根性】を習得しました』

『【不屈】を習得しました』

『【負けず嫌い】を習得しました』

『【社畜】を習得しました』


「なんか余計なものも入れた気が……。でも自決が出なくなったってことはスキルはちゃんと発動してるってことだよな」


確かにさっきまでの恐怖心が自然と薄まっているようだった。

それでも完全に恐怖に耐性が出来たというわけではないらしく、怖いという気持ちも少なからず残っている。


「ステータスがスキルにも影響するってことか……?」


走りながら手に入れたスキルを考察していると、森の奥から男の声が聞こえてきた。


「くたばれ!クソジジイが!」


大声で叫ぶその姿を見る。

甲冑の様なスタイルの男と、その足元に倒れ込んでいる細身の老人。状況からみて恐らく老人が襲われていると咄嗟に判断していた。


甲冑の男が構えている物はまだ遠く、はっきり見えなかったが、棒状の何かを覗き込むようなスタイルだった。

それはFPSゲームで何度も見た銃を撃つ構えであった。


「止まってる時間はない! こうなったら体当たりで……!」


『【タックル】を習得しました』


本郷は、体当たりを考えると同時にスキルを習得した。必死だったため確率を見る余裕もなかった。そして、走るスピードを落とすどころかさらに加速させる。普通のサラリーマンが走るよりは早い程度の速度ではあるが不意を突いて体当たりすればダメージだってそれなりあるだろうと考えていた。

相手の死角から一気に突進をかける。


「うぉ、なんだお前は!」


「うるせぇぇぇーー!!」


姿勢を出来る限り低く保ち、相手の腹を目がけて右肩を思い切りぶつける。

甲冑の男から「ウゴッ!」とくぐもった声が聞こえると同時に男が弾き飛んで行った。


「いってぇ……! やっぱ甲冑付けてる相手に体当たりはキツいな……。でもアメフトやラグビー作品も観ていたのは正解だったな。おかげで首や頭を痛めないで済んだ」


甲冑の男の体が軽く痙攣を起こしている。装備を整えていても不意の一撃はかなりのダメージだったようだ。これならしばらくは起き上がれないだろう。


「殺せ !まだそいつは生きているぞ!」


「爺さん、ケガしてんだから無理すんなってアンタの手当てが先だろ」


「私のケガをしていない! 早くそいつを殺すんだ!」


「こいつはしばらく動けないよ。そんな簡単に殺せ殺せって、その辺の木にでも縛っておけばいいだろ」


 本郷はそういうと甲冑の男の横でヤンキー座りをする。老人がケガをしていないということから甲冑の男を調べたほうが良さそうだと思ったからだ。

コンコンと甲冑を叩いてみる。体当たりした時の感触といいやはり鉄製だろうか。中世ヨーロッパ辺りの兵士が着ていたような形をしている。

それもフルプレートじゃなくて所々を守るような形しており、移動速度重視の兵士もしくはこれがこの世界の標準装備なのかと思った。


 次に男の武器を見た。知っている知識だと腰付けた剣はブロードソードに近いように見える。

それに先程構えていたものは本郷の予想通りのものであった。


「ボルトアクション……だよな。でも近代銃はもっと精巧なはずだし、スナイパーならこんな至近距離では撃たないはず。そうだ、世界大戦初期のタイプに似ているのか。弾も1発しか入らない」


本郷がプレイしてきたFPSの戦闘ゲームの中には近代兵器から世界大戦時の武器を扱うものもあった。それを基に当てはめてみても、近代の革新的な技術とは思えない。

それに銃で終わるなら剣を持つ必要がないのと、このような重たい剣を持って戦うことなどなかったからだ。


本郷はヤンキー座りのまま銃を両手に持ったまま眺めていた。そして突然目の前が真っ赤に染まり、驚いて後ろに尻もちをつく形でこけた。すぐに起き上がり自分の顔にべったりついた何かを手で拭う。


「え? なんで血が?」


拭きとった手と体を見ると、真っ赤な血が付いていた。目を血が飛んできた方に向けると、先ほどの甲冑の男が腰に帯剣していたはずのものが男の首に真っすぐと突き刺さっており、そこから血が噴き出していた。そして、その傍らに先ほどの老人がいつの間にか立っていたのだ。


「爺さん、なんで……?」


「殺さなければ死ぬのはこっちだ、それともお前はこいつらの仲間か!」


老人は首に刺さった剣を引き抜くと、血がダラダラと垂れたままの剣を本郷に突きつけてきたのだった……。

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