ニューヤード平原制圧戦【1】
ベルフェゴールからもらった謎のアイテムはお守りだった。『無病息災』のお守り。これにどんな効果があるのかはわからないが、本郷のいた世界ではありがたいもので、粗末には扱ってはいけない。それは祖父母がとてもみっちりと教え込んでくれていたので。首から下げて、服の中へとスポッと入れた。
正直なところ、ないよりはマシだろう程度の考えであったが、身に着けておいた方がなんとなくご利益がありそうな気がしていた。
そうこうしているうちに本郷たちはニューヤード平原の入り口にある、ガムルスの前線基地まで進んでいた。前線基地と入っても敵が作った簡易的な基地に改良を加えただけの急場しのぎであった。所々崩れて入るし、積み上げた木材は加工もされず、枝だけを切り落としたようなまるで子供の秘密基地のようだ。
「これが基地だなんて笑っちゃうわよね」
「一週間そこらじゃこれが限界だろう。それだけ急いでここに来たってことなんだろうな」
コブスとジェリドが基地の外壁を見ながらぼやいている。
その後、司令官のところへ到着の報告に行った。
「お前たちの宿舎はあそこだ。獣人達に食わせる飯もないから自分たちで何とかしろ」
この基地の司令官がそう言って案内された宿舎は、ただの倉庫、それも資材置き場だった。他の兵士たちは屋根も、ベッドもあるのに対し、使わない木材を無造作にポイッと捨てたような場所だ。
「相変わらず酷い扱いです……。いくら気に入らないからって……」
「アイネの気持ちもわかるよ。まぁそれも見越して持ってきたのは正解だったな」
本郷はアイテムボックスから布団や、シーツ、枕なんかも次々と取り出していく。食料なども事前にミランダとミケットに数日分を作っておいてもらっていた。前回の自分たちの受けた扱いを反省して、多分今回もそうだろうと思い準備しておいたのだった。
取り出した寝具を全員で整え、食事を配り終えるとそれを全員で食べ始める。倉庫の大きな扉の向こうからクスクスと笑いながら通り過ぎていく兵士達が見えたが、獣人達は気にも留めていないようだった。前回の勝利が大きな原動力にもなったのだろう。人数も増えて更に活気も増している気がする。
「前は笑われるだけでイラついておったのに、全員成長したな」
「あれからさらにアタシ達が育てたからよ♪」
外にいたコブスとジェリドがこちらを笑う兵士達とすれ違うようにして倉庫の中に入ってきた。
「コブス。俺たちの出番はどうなった?」
「5日後の早朝に攻撃を仕掛けろ、だそうだ」
「5日後か……」
ニューヤード平原は地面の凹凸が少ない真っすぐな平原である。作戦開始の際はガムルスの前線基地を離れもう少し進み、相手の攻撃の当たらない位置からの開始となる。
こちらの大砲であれば向こうからの射程圏外から攻撃は可能であるが、攻撃を始めれば向こうの連中は間違いなくこちらに突撃を仕掛けてくるであろう。そうなれば数で勝るラカスラトの兵、数千が、たった400人余りのこちらを取り囲むだろう。そうなれば『終わり』だ。
「この距離なら向こうは馬に乗って攻めてくるだろうな。大砲に気が付いて距離を詰めようとするはずだ。せめて馬防柵とこちらを護る壁、戦場を見渡して大砲の砲手に知らせる物見櫓があれば……」
「でもコーちゃん、そんなことしたら作ってる最中に向こうが攻撃をしてくるんじゃないかしら?」
「私もジェリーさんと同意見です。危険ではないかと……」
「ジェリドと、お嬢さんの言う通りだ。この考えは向こうの攻撃がないことが前提だ」
馬、銃、それと敵に気が付かれずに防御が出来る場所を作る……。本郷は思っていた。どこかでそんな状況を聞いたことがあり、映画でもそんなシーンを見ていたはずだと。『どこだ。どこで俺は見た!?』必死に頭をフル回転させて思い出そうとする。
「……そうだ。戦国時代か!」
「せんごくじだい? タイチさん、なんですかそれは」
「俺の世界の、もの凄い古い時代の話だよ。明日から全員で作業するぞ! それと、また毎日手榴弾を投げに行く」
「それは前回もやりましたから、効果がないのではないですか?」
「なくていいんだよ。またやってるのかって思わせればいい」
本郷の指示のもと、作戦への準備が開始される。次の日、全員で倉庫に放置されていた木材を削り出し、縄で縛ると馬防柵を作り始める。最初は一本の大木に木を括り付けて簡易的な物にしようと思ったが、大きすぎるのかアイテムボックスに収納できず、小さい馬防柵を量産してはアイテムボックスにしまっていく。
同じ要領で数人が隠れられそうな木の壁を作り、何カ所かに銃身と外が見えるような穴を空けていった。ここからこちらの兵士が顔を覗かせて撃つ仕組みである。
最後に物見櫓だが、これはさすがに入らないなと分かったので、当日にすぐに組み立てられるように材料だけ削り出し、準備しておく。トルガ村に残りたいと言い出した職人たちをそのまま雇っていたのは正解だったかもしれない。獣人族たちにもしっかりとノウハウが伝わっていたので、準備にはそれほど悪戦苦闘せずに済んでいた。
また、ラカスラトのニューヤード基地に対して右に左に昼夜を問わずに数個ずつ手榴弾を投げ込んでいく作業も継続された。
「ゲームや映画もいいけど、歴史の勉強もちゃんと聞いておいて正解だったな……。最近じゃ事実かどうかわからないなんて言われてるけど」
本郷は着々と進む作業を指示しながら呟いた。
「長篠、墨俣……、いや人数差的にはスパルタのテルモピュライのほうが近いか?」




