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バンデン砦奪還戦【2】

次の日の朝、兵士たち全員を村の入り口に集合させる。全員の顔が見える様に木箱の上に立ってみたが、全員の表情が硬い。初めての実戦ということもあり、極度に緊張しているのだろう。自分もコブスに戦えと言われた時は震えていたことを思い出した。


「これから初めての実戦だ。俺は死ぬつもりもないし、お前たちに死んでほしいとも思わない。 お前たちはもう奴隷ではないし一人前の兵士だ! 思う存分見せつけてやれ!」


『『おぉー!!』』


全員が手に取った銃を高々と掲げている。

木箱から飛び降り、ふぅとため息をつくとコブスが耳打ちをしてきた。


「勇気づけるには上出来だ。後はこいつらを信じよう」


それぞれが用意された馬車に乗り込んでトルガ村を後にする。

後ろを見ると、ミランダやミケットだけでなく大勢の人たちが手を振っていた。


その後、トルガとアウグスタの間にある休憩小屋に着くと、アイネとともに森でライフルの試し打ちを行うことにした。


森の中に入り、小屋の近くにいる味方から十分に距離を取ったことを確認する。

そして、離れた位置にある切り株の上にリンゴを置いた。


「大体これぐらいの距離かな」


「リンゴだというのは分かりますが、流石にこれだけ離れると分かりませんね」


確かに手のひらサイズのリンゴが豆粒の様に小さく見える。


「地面に伏せて、銃の先端についている二脚を開くんだ。持って撃つ場合や固定できない場合は使えないけどね」


砲身部分の根元に付いていた二脚を開き、アイネは地面に伏せた。

スコープを覗き込み、リンゴ目がけて引き金を引く。

他の銃はパンッと軽い音だが、見た目も弾も大きい分、ズバンッと鈍い音がする。


「すごい音ですね。手榴弾ほどではないですけど……」


アイネは音と衝撃の大きさに驚いていたようだ。しかし、放たれた弾丸はリンゴから逸れて切り株に当たっていた。


「少しスコープがずれているのかな? ちょっとごめんよ」


アイネに覆いかぶさるような形でスコープの角度を合わせていく。


「タッ、タイチさん! そういうのはちょっと早いというか! せめてもっとムードがある時に……!」


「自分で調整したほうが良かったか? これで制度が上がるかなと思ったんだけど」


「何でもありません! ありがとうございます!」 


こちらを向いたアイネはとてもムスッとした表情をしていた。


『やっぱり自分でやりたかったのか…。悪いことをしたな』

『なんでタイチさんはこういうことに関して無関心なの!』


お互いの心で思ったことが全く噛み合わない2人だった。

そして、アイネの怒りの銃弾は見事リンゴを貫いたのだった。


その日の夜はアイネは全く口を聞いてくれなかった。


兵士たちと馬車に揺られること数時間、途中で首都へ向かう道から横に逸れて、前線基地であるボルン平野に到着した。


「あれがバンデン砦か…」


遠くにはっきりと砦が見える。確かに砦の前には木を組み立てて作られたであろう敵の基地が出来上がっていた。


「タイチ、俺と来てくれ。一応後からノエルとリリアも来るそうだが、ここのお偉いさんに先に挨拶はしておかないとな」


「分かった。ジェリーとアイネは何処かテントを張れそうな場所を見つけて全員に待機するように伝えてくれ!」


兵士たちと別れ、コブスと2人で司令官がいる小屋まで向かう。

珍しい格好のせいもあるが、獣人だらけの部隊が来るということもあり、笑いもの扱いだった。


『あれだろ? 例の奴隷分隊。甲冑もつけないなんて可哀相にな』

『邪魔だったら後ろから撃ってやればいい。代わりの奴隷なんて他にもいるだろ』


今はこちらの立場が低いとはいえ、自分の仲間をバカにされたことには腹が立つ。一発殴ってやろうかと思った。


「タイチ、今は我慢だ」


コブスに諭されて冷静にならないと、と思い。ありがとうとコブスに言おうとしたが、その表情は誰かを殺さんと言うばかりに怒りがあふれ出ていた。

獣人とはいえ、自分が育てた部下という気持ちがあったのだろう。


司令部に到着して中に入る。


「コブス・ガイエン少尉およびホンゴー・タイチ伍長であります。ただいま到着いたしました」


コブスが自分と俺を紹介し敬礼をする。本郷も見よう見まねで敬礼をした。


「あぁ、【アデンの悪魔】に【異国人】か。本部も気が利くな。我々の休暇のために奴隷の盾を用意してくれたようだ! ありがたい!」


小太りな司令官とその周りでいた高官、警備にあたっていたであろう兵士たちが笑いを堪えきれないでいた。


「上からは君たちがここにいる間、後ろから見張る様に言われている。奴隷どもが変な動きをしてみろ、全員後ろから実弾演習の的になってもらうからな」


「そうですか、我々は武器試験の実地も命令されておりますので昼夜問わず【大きな】音がするかもしれませんが、ラカスラトの阿呆の様に驚いて味方を誤射しないよう注意を呼び掛けていただければと……」


コブスは司令官の皮肉をさらに上書きするように皮肉を込めて返す。間違いなくケンカを売っているなということだけは分かる。

本郷も可能であれば全員に殴りかかりたい気持ちだったのでこれにはスカッとする。


ゲラゲラと笑っていた小太り司令官もコブスの挑発に頭にきたのか、こちらを睨み付けていた。


「ふんっ! せいぜい我々の足手まといにならないよう奴隷どもに教え込んでおけ!」


捨て台詞を吐くと司令官の男は奥へと消えていった。

三流の悪役みたいなセリフを言う人間がいるということをこの世界で初めて知った。


コブスの皮肉で終わった挨拶を終え、部隊が設置していたテントまで戻る。

前線から司令官の指示で戻り始めたのであろう。こちらを見つめてニヤニヤと笑いながら兵士たちが横を通り過ぎていく。


『みろよ、奴隷たちが俺たちの真似事をしてるぜ』

『俺たちの代わりがこいつらだっていうのか? バカにし過ぎだろ』


罵声にも似た笑い声がこちらに向けて飛んでくる。アイネやジェリド、他の獣人たちもこれには苛立ちを隠せないでいるのは明白だった。


「喜べ! 俺たちの作戦の邪魔になる連中は後ろでゆっくり休んでくださるそうだ! これで安心して戦えるぞ!」


笑っていた兵士たちにもしっかりと聞こえる様に本郷は叫んだ。

相手を完全に怒らせてしまう形にはなったが、それも見越しての事である。


『なやめがって!』


相手の兵士がこちらに向かって殴りかかろうとしたときに本郷と兵士のを遮る様に馬車が止まった。

御者台にはリリアが乗っていた。


「誰だ貴様は。私の邪魔をするのであれば殺すぞ……!」


ノエルが馬車から降りると、凄い剣幕でこちらを殴ろうとしていた兵士を睨みつける。さながら蛇に睨まれた蛙状態だった。


本郷が見越していたのはこの展開だった。ちょうどこちらに向かってくる馬車を運転するリリアが見えたのでノエルならこうなるだろうと予測していた。


ノエルに睨まれた兵士はその場に崩れ落ちる様に腰を抜かした。そして他の兵士たちに両脇を抱えられるようにして男はそそくさと連れていかれたのだった。


その光景を眺めていたノエルは笑いながらテントに設置された椅子にドカッと座る。


「おい! さっきの間抜けを見たか? 私が睨んだ程度で漏らしていたぞ!」


腹を抑えて笑うノエルにつられて、全員が笑いだす。


「さぁお前達、実力を見せてみろ! さっきのやつらに本当の戦争を指導してやれ!」


『『おぉー!!』』


兵士の士気がノエルの活により一気に高まったところで、ついに奪還作戦が開始された。

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