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バンデン砦奪還戦【1】

「出撃!? まだ3ヵ月しか経ってないんですよ」


 本郷はノエルの執務室にあった机をバンと両手で叩き、抗議する。

 前線が持ちこたえられるまで早くとも、半年の期間があったはずなのにあまりにも早すぎる。


「貴族共がどうせ金をばら撒いて軍上層部を動かしたんだろう」


「なんですかそれ。それになんでそいつらが上層部を動かすんですか」


「貴族派は王制時代から軍内部に居座り続けている連中だ。それに軍人以上に人間上位論の塊だからな。獣人達が兵士になったのが気に入らないのさ。さっさと戦場で散ってほしくて(たま)らないらしい」


 ノエルの説明だと、貴族派どこまでも性根が腐っている奴が多いらしい。気に入らないことは金の力で何とかしてきたようである。


「貴族派の中心にはデミトリー家が絡んでいるそうだ。コブスやジェリドが関わっていることも尚更気に入らんのだろう」


 その名前は本郷が初めて戦闘を行った際に報奨とやらを持ってきた男だった。

 貴族だぞと言わんばかりの態度だったが、まさか中心人物だったとは思っていなかった。


「ともかく、命令が出た以上何かしらの成果を出す必要がある。奴らを黙らせるにはそれしかない」


「しかも成果ってことは、ただ戦うだけじゃダメだってことですよね? どの程度の成果であれば黙らせることができるんですか?」


「現状だと敵の最前線であるバンデン砦を奪還するのが一番手っ取り早い。ラカスラトに向かう最初の山道の砦だ。ここを取り返せないために前線が上がらない原因にもなっている」


 ノエルが机の引き出しから地図を出し広げた。

バンデン砦。決して大きな砦ではないが両側は山に囲まれており、ガムルス側には平野が広がっているため高所から魔法での狙い撃ちが行いやすい。

 しかも砦の前に敵の陣営が簡易的な基地を作っているためにそこを突破しなくては砦に辿りつけない。これも味方が苦戦している原因の1つであった。


「山側から攻めるのはダメなんでしょうか?」


「砦の右側は敵も警戒しているから難しいだろう。我々も何度も迂回して攻め込んだが返り討ちにあっている」


「どうして左側からは攻めないんですか?」


「こちら側は切り立った崖だ。甲冑を付けた兵士がよじ登るのには無理がある」


 甲冑を付けた兵士という言葉に本郷は突破口を見出す。獣人族の柔軟性と装備の軽量化がここで活かすことが出来そうであった。


「この崖を登ります。砦内を一掃した後に、正面の敵基地に向けて砦から一斉攻撃を仕掛けますので、その隙に正面からも攻撃を仕掛ける形で行きましょう」


「崖を登る? 良いだろう、やってみろ。だが、正規兵の援軍はないと思ったほうがいい」


「それも貴族派の影響ですか?」


「それもあるが、軍は獣人を見下した連中ばかりだ。手を貸すとは思えない」


 人間が獣人よりも上という構図は前線でも変わらないらしい。それなら、信用を勝ち取るまでだ。

ノエルが真剣な眼差しで本郷に言葉をかける。


「何としても成功させろ。そうすれば上の連中は私が潰してやる」


「分かりました。やれるだけやってやりますよ」


 ノエルのいた屋敷を出ると、コブスとジェリドが待っていてくれていたようだった。


「その顔からして、やはり出撃か?」


「バンデン砦を落としてこいってさ」


「いきなり言ってくれるわよねー。嫌になっちゃう」


「何でも貴族派、特にデミトリー家が絡んできているらしい。さっさと戦場で死ぬように働きかけているみたいだ」


先程聞いた貴族派という連中の事を放す。


「間違いなく、私とジェリドへの私怨も混じっているだろうな」


 屋敷から、本郷たちは自分たちの自宅に戻る。

 自宅とは言っても職人とミランダの要望でアウグスタにあった宿を再現させた自宅であり、1階は飲食店兼飲み屋、2階は寝室の必要がないので各自の部屋と会議室に分けて利用している。


 会議室に入りるとアイネも待っていた。改めてテーブルの上に地図を広げ作戦の説明を開始する。


「少佐と話した結果なんだけど、俺たちだけで砦を落とすしかないって。だから正面で陽動と最後の突撃を行う班と、崖を登り砦を奇襲する班に分かれよう。コブスは俺と奇襲班、ジェリーとアイネは陽動班の指示でいこう」


「崖を登るのか? 確かに兵士の中には鳥獣族のやつがいるから短時間なら飛べるだろうが、人を担いで持ち上げるのは無理だぞ」


鳥獣族は獣人族の中の1つであり、その名の通り鳥の様に両腕が羽のように広がる。短時間であれば飛行も可能であった。


「そこは文明の力に頼るさ」


 本郷はそういうと、アイテムボックスから資材を持ちあげる様に開発した滑車を取り出した。


「これで上に着いた兵士が滑車の取り付けを行い、ロープを下まで垂らす。後は順番に引っ張って登らせていくだけだ。全員分の装備は俺がアイテムボックスに入れて持ち歩けば身軽になるだろうし」


ガラガラと滑車を回してみせた。


「これなら可能だと思うわ。でも、砦が攻められたことが分かれば、門の前にいる敵が砦の中に引っ込んで城門を閉めるはずよ。アタシ達が突撃しても門が開いてないんじゃ入れないわ」


陽動と突撃を指示するだけあって、ジェリドも疑問点は解消しておきたいらしい。


「敵さんには悪いけど、作戦前から精神的ダメージを与えていこうと思っている」


 戦闘開始は5日後だが、ここからなら2日あればバンデン砦の味方前線に辿りつくだろう。そこからは敵がいる方向に向けて昼夜問わずに手榴弾を投げ込む作戦である。


「これだけ爆発音が大きい武器も敵は経験したことがないだろうから、最初はパニックになると思うけど、投げ込んだ後はこちらは一切攻撃しない。3日あれば敵も慣れが出てきて警戒が薄くなると思う」


「それに昼夜問わずドカドカやるせいで疲労もたまるって話ね」


「そういうこと」


 こちらの被害も極力減らしたい。どれだけ効果があるかは分からないが、敵の戦意を削いでいくことも必要であると考えていた。


一通りの作戦会議が終わり、アイネが本郷に話しかける。


「タイチさん、レッグスさんから装備一式は届いたんですけど……」


 レッグスから届けられた装備一式。

これまでの甲冑を完全に廃止し、ヘルメット、肩パッドが付いたボディアーマー、それに肘と膝に装備するプロテクター。素材も鉄のみではなく、皮と繊維と鉄で補強したものである。

サバイバルゲームの時に使用するような防具をイメージして図面には書いていたが忠実に再現してくれていたようであった。


「なんで片方の肩だけ赤くされているんだ……?」


「ノエル少佐が分かりやすい方がいいと赤く塗る様に指示したらしいです」


『甲冑の時もそうだけど、これだとそのまんまレッドショルダーみたいじゃないか……。モルモットにレッドショルダーって、いろんな地雷を積み重ねていくスタイルにしか思えない』


赤く塗られた肩パッドを眺め、本当にこれで大丈夫だろうかと不安になった。


「でも、こんな軽装で魔法や銃を防げるんでしょうか?」


「あくまで怪我を防ぐのが目的の設計だから防ぐのは難しいかなと思う。どうせ甲冑でも銃や魔法で貫けるから軽くした方が機動力が増えるって程度の防御力だよ」


魔法がこの世界の甲冑を貫くというのは身をもって経験している。銃に関しても当たる角度によっては軽々と貫通する。


「確かに甲冑に比べるとはるかに軽いですね。」


まとめられていた1人分の防具をアイネがポンポンとお手玉の様に投げている。


「全員分の装備も揃ってるな。銃剣の扱いも大丈夫だよな?」


「3ヵ月みっちり仕込んだからな。今のタイチよりも強いかもしれんぞ」


2人に鍛えられたせいで、だいぶ筋肉が付いたなと思う兵士たちだったが、軽々と銃を持ち、淡々と訓練をこなしていく姿は本郷が映画で見た軍隊そのものであった。


「2人は銃剣を使わないのか? こっちのほうが扱いやすいとは思うんだけど」


「どうもしっくりこなくてな。私は相手の懐に飛び込んでいく戦い方だし、ジェリドも銃は使えるが手を出す方が速い。」


 近いうちに2人が扱えそうな武器が作れないかレッグスに相談してみよう。

 銃無しでも強いことは十分わかっているが、いつまでそれも通用するか分からない。


「それと、アイネには道中でこれの扱い方を学んでほしい」


 本郷はそういうとアイテムボックスから一丁の銃を取り出した。


「普通の銃よりも少し長いですね。それに、何だか筒の様なものが上に……」


「スコープって言うんだけど、覗いてみて」


 アイネは言われるがまま、銃を構えてスコープを覗き込んだ。


「あっ! 遠くのものがハッキリと近くに見えます!」


 アイネに渡したのは射程距離を伸ばしたスナイプに特化させた銃だ。

 しっかりと狙って撃つことと精度を保つ必要があるため、こちらは単発式であることと、弾薬のサイズも特注のため、量産が出来なかったとレッグスには言われていた。


「これなら魔法と同じぐらいの射程で撃てるはずだよ。ただ、距離が離れればその分、弾が落ちる計算や風の抵抗も受ける。取り扱いが難しいけど、アイネなら魔術があるから風の流れは見えるだろうと思ってね」


 ここにいた3ヵ月でアイネも時折訓練に混ざり銃剣の使い方を指導されていた。それに加えて勤勉さや要領の良さもあったのだろう。命中率もトップクラスであった。


「明日の朝一で出発だ。アイネ、悪いんだけどミランダさんとミケットに日持ちのする食料を準備するように頼んでほしい。コブスとジェリドは宿舎にいる兵士たちに通達を頼むよ」


そういうと作戦会議を終え、解散した。

本郷は3人が会議室を出て行ったあとで、改めて地図を眺める。


 これが部隊として初めての実戦だ。何人が犠牲になるか分からない。それに急激な兵器の開発。自分の世界と一緒であれば同じ歴史を辿ることになるかもしれない。

本当にそれでいいのだろうか。間違ってはいないだろうか。しかし、死なないためにも出来ることをやっただけと自分に言い聞かせていた。


「もう、後戻りはできないんだ……」

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