生き残るため、そして勝つために。
ヒッコリー村からの戻り道。街外れの平野に大勢の兵士たちが集まっているのが馬車から見えた。
少し遠かったのではっきりと顔は見えなかったが、兵士たちの中には子供から老人と思われる人も混じっていた。
「すごい人数だな。まだこんなに兵士がいるのか」
「まだというよりはこれで最後だろうな。子供や老人を連れていくということは限界が近いって言っていることと変わらない」
「そうだよな。今のままじゃ遅かれ早かれ確実にガムルスは落とされる……」
このままだと勝てない。
負ければヒッコリー村の住人にの様にアイネやコブス、ジェリド、それにミランダやミケットもどうなるか分からない。
それに向こうの召喚者は少なくとも人が死ぬことや奴隷になることを気に留めるような人物ではないだろう。そうでなければあのようなことを容認するはずがない。
そんな人物が、紋章を持つ相手に慈悲なんてかけるだろうか。
間違いなく殺すだろう。その方が早いのだから。
「タイチ。宿に戻ったら話すと言っていたが、お前さん何を考えている?」
「そのことなんだけど、先にノエル少佐のところに行ってくる。まずはあの人をこっち側に引き込む必要があるからさ……」
「今のお前さんの顔、私以上に悪だくみを考えているときの顔だぞ……」
馬車は兵士たちの横を通り過ぎ、街の中へと入っていく。
相変わらず活気があるように以前より人が減ったように見える。
徴兵されたことにより人が減っているのだろう。
それに引き換え、路地裏には奴隷にされた獣人が以前よりも増えていた。
「やっぱり俺の考えていることに賭けるしかないか……」
街並みに溶け込んでいる人や奴隷を見つめながら俺は呟いた。
『ちょっとコーちゃん!タイチちゃんのあの目、ああいう目をする人ってヤバい時よ……!』
『分かってる!でも今は好きにやらせてやろうと思う』
『お父様も女性を口説くときに同じような顔をしていました……!』
『『それは多分違う』』
ヒソヒソと俺に聞こえないように相談をしていたようだが、頭の中で考えている計画をまとめていたため、一切そのことには気が付いていなかった。
城門を通り抜け、宿に辿りつくなり。馬車から飛び降りて、あることをコブスに確認する。
「コブス。ちょっと確認したいんだけどさ……」
耳打ちするようにこっそりと聞きたいことを確認する。
「その通りだ、よく分かったな」
「ありがとう。それが知りたかったんだ。ちょっとノエル少佐のところに行ってくる」
俺はその一言だけ皆に伝えると小走りで少佐のいる建物に向かった。
コブスに確認したことはこの国の人間の考え方だった。
街の中の軍人や先ほどの大勢の兵士の中にも奴隷が1人もいないのである。
ガムルスは人間が絶対上位の考えで動いてきた国であった。
それに加えて首輪で相手の行動を制限しているので、戦場に出すことも出来ない。
それなのに人を次々と徴兵して戦場に送り出せば、必然と雇い主がいなくなっていく。
そうして働き先を失った獣人族の奴隷は街中に溢れていったのだ。
本郷はノエルのいる赤い屋根の建物に辿りつくなり、5階まで駆け上がる。
途中で数人の兵士とすれ違ったが、こちらに驚いた様子をしている。それもそのはずだった。
血と泥で塗れた服の男がドカドカと歩いているのだから異様な光景だったのだろう。
本郷はそんな周りからの視線も気に留めず、ノエルのいる部屋の前に着く。
ドンドンとドアをノックする。
「入れ」
ノエルの声が中から聞こえ、本郷はドアを開ける。
「失礼します」
部屋に入った本郷を見たリリアが少し驚いたような顔をしていた。
ノエルは一切表情を崩さないどころか血と泥まみれの格好を笑った。
「見ない間に随分と戦場慣れした格好になったじゃないか」
「貴方、少佐のところにそんな格好で来るなんて失礼な……!」
「リリア、いいんだ」
本郷を止めようとしたリリアを制止し、ノエルはそのまま部屋に入るよう手で招いた。
「それで、何の用だ。部屋を血と泥で汚すだけの価値はあるんだろうな」
「ノエル少佐、今からとんでもなくバカげた発言をしますが最後まで聞いていただけますが?」
ノエルはキッとした目でこちらを睨み、数秒間考えた後に答えを出した。
「いいだろう。話してみろ」
その答えを聞いて、本郷は話す決意を固めた。
「この国が落とされるとして、前線が持つのはどれぐらいだとお考えでしょうか?」
この意見には制止されたリリアも我慢がならなかったらしい。
「貴方! 一応軍人となったからには発言に……!」
「長くとも1年、早ければ8ヵ月程で前線は崩れるだろう。そうなればここが落ちるのも時間の問題だ」
「少佐!?」
軍人として、それもかなり階級の高い地位の人間が自国の負けを認めたようなものだ。リリアがノエルの発言に驚く理由も分かる。
「もし、俺がそれまでに前線を押し返せる組織を作り上げるとしたらどうしますか?」
「もう捻出できる人員は殆ど軍が徴兵している。お前も外にいた兵士を見ただろう? 子供から老人まで送り出すほどだ」
そう。ノエルの言う通り【人間】はもう少なくなっているのだ。
「街には逆に余り出している人が多いのはご存知ですよね?」
「獣人族か……」
雇い主や主人が戦争に駆り出されていったことで働き口を失い街の中に大量に余り始めた奴隷。
これが本郷の計画の切り札であり、考え抜いたうえでの最後の手段だった。
「過去に獣人族と呼ばれる人たちに能力面で劣る人間が何故勝ってこれたのか。それは圧倒的な銃火器と魔法があったからです。素手や剣だけでの戦いだったら勝つことはできなかったでしょう」
「ホンゴー、遠回しの表現はいい。何が言いたい?」
「人間による兵士ではなく、獣人族と呼ばれる人たちを統率して新しい組織を作ります。ないのであれば作ればいいんですよ!」
ノエルは高笑いをすると少しの間を置いて本郷を問いただす。
「この国の基盤を根底から覆そうというのか?」
「遅くとも1年後には国が消えてしまうのでしょう? それであれば賭けるべきだと思います」
ここでノエルがノーと言えば計画そのものが終わってしまう。
ただ、この人は人間も奴隷も気にすることはない。面白いと思ったことには乗ってくる。自らが楽しいと思う方を選択するタイプの人間のはず。
本郷はそう思ったからこそノエルにこの計画を打ち明けたのだ。
「奴隷たちをどうやって説得させる?」
「まず、賛同した者には即時奴隷解放と同時に軍人として権利を保障します。この国が勝っても負けても彼らは主人が変わるだけで奴隷としての扱いは変わらない。そんなことは獣人族だってわかっているはずです。それならば彼らには自由と引き換えに我々に協力してもらいます」
本郷は我ながら非道であると感じていた。
自由と引き換えに国のために戦えと言っていることと変わらない。
それでも死ぬわけにはいかないという気持ちが強く働いていた。
「なるほど。途中で逃走、反乱を起こしたものをどう対処する?」
「少なからず出てくるとは思いますが、軍人扱いですから違反すれば厳罰になることも周知させる必要があると思います」
今までの対立や遺恨も少なからず出てくることは分かっている。
時には厳しいことだとしても対応しないといけない処遇にもぶつかるはずだ。
「理想論の塊だな。とても現実的に実行できるとは思えない」
「私も同意見です。アウグスタにはそれだけの設備は用意できません」
ノエルもリリアも本郷の計画に疑念を感じ、実行できないと意見した。
そして本郷も突拍子もない計画にいきなり賛同するとは思っていなかったのでいくつかの打開策は用意していた。
「場所はトルガ周辺を開拓して整備します。軍には武器などの配給以外は要求しないつもりです」
「食料や建物はすべて自分たちで用意するというのか?」
「はい。その代りちゃんとした成果が出た場合には従事した全員に報奨や給与を払う必要がありますので、そこは出していただければと……」
ノエルは大きなため息を大きくつくと両腕を組んだ。
「いいだろう。やってみればいい」
「本当ですか!?」
「お前、この話をしている最中、自分がずっと笑いながら話していたことに気が付いていたか? 自分の死も他人の死も覚悟のうえで話していただろう? やけくそではなく本気で話す人間の顔だった。私好みになってきたじゃないか」
本郷はどうすれば相手がこの話に興味を持ち引き込めるかということに必死で、ノエルがそういうまで、自分が笑いながら話しているということに気が付いていなかった。
「俺は負けることも死ぬことも出来ないので必死でやってみせますよ……」
ノエルとの交渉を終えて本郷は部屋から出ていった。
リリアは本郷の意見に賛同したノエルに疑問をぶつけた。
「少佐、本気でやらせるおつもりですか?」
「リリアもこの間の会議に出ただろう? 上の連中はすでに自分の財産をどう守るか、どうやって国外に脱出するかに必死だ」
「それでも、彼の考えが成功した場合には軍の内部はパニックになるのでは……?」
「上層部もそうだが、貴族連中も黙っていないだろうな。あいつらは自分たちが一番偉いと信じて疑わない。まぁ言い出した奴に責任を取ってもらおうじゃないか」
ノエルは机に座り書類を作り始めた。それは銃や防具などを大量に申請できるようにするための書類であった。
「ホンゴーの計画が成功したら、私が軍を乗っ取ってしまうのもありかもしれんな……。上層部の豚どもを床に並べてベッド代わりして寝てやろう」
不敵な笑みを浮かべるノエルに対し、この人であればやろうと思えば本当に出来るだろうと思うリリアであった。




