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サラリーマン、ジョブチェンジ

 スキルを迷わず習得したところで、ベッドから起き上がる。

窓の外がすっかり暗くなっているので数時間ぐらい気を失っていたのだろう。自宅にいる夢を見ていた。


 本郷は寝ていた寝室を出ると、どうやら自分のいた部屋は2階の一室にいたことが分かった。

 宿もやっていると言っていたのでその一室に寝かされていたのだろう。階段の下から大勢の人のにぎやかな声が聞こえてくる。


 コブス達とともに階段を下りていく。軍服を着た男たちがビールやワインを楽しみながら食事を楽しんでいるようだった。


「あれ? みんな普通に食事しているじゃん」


「簡単な料理ならいけるんだよミランダは。焼くだけとか煮るだけならちゃんとした料理になるんだが、複数の工程が絡んだ途端にアレを作り出す……」


ため息交じりにコブスがそう言ったが、自分自身でもアレを食べた経験があるのだろう。

 賑わっていた兵士たちはサラダや焼いた肉など簡単な料理ばかりを食べている。

兵士達の会話の中に【スペシャルメニュー】という単語がちらほらと聞こえたが、恐らく本郷が食べたアレもスペシャルメニューの1つなのだろう。


 階段を下まで降りると、アイネが誰かとカウンター越しに話しているのが見えた。


「猫耳に尻尾……!? 獣人ってやつか」


 ふわっふわな耳に、くるんと曲がった尻尾、それと……首輪が似つかわしくないが付いている。

街中で見かけた獣人族は遠目で少ししか見えなかったので改めて近くで見ると本郷は驚いた。


「うちのスタッフのミケットだ。首輪なんていらないと思うんだがな、ここは軍人も多い。一応首輪だけ付けてもらっているが奴隷として扱っちゃいない。」


「まぁ確かに軍人ばっかりだもんな」


本郷はそういうともう一度周りの兵士たちを見渡す。

 コブスのミランダも奴隷を働かせるタイプには見えなかったから首輪には驚いたが、確かにその話を聞くとそうするしかなかったのだろう。


「あっ、タイチさん起きたんですね! 先ほど寝室に行ったときは起きなかったので心配しました。急に倒れたので驚きましたよ……」


どうも一度はアイネが起こしに来てくれたようである。


『どうしてその時に起きなかったんだ俺……!』


ジェリドが本郷にしていた行動がそのままアイネだったら喜んで受け入れてただろう。

本郷が落ち込んでいるとカウンターの奥にいる


「この人がアイネの言っていたタイチさんッスか? 女将さんの料理を食べた人は大体倒れるけど、こんなに早く起き上がれるなんて珍しい人だねー」


耳と尻尾以外は人間と容姿は変わらない。

黒と茶と白っぽい髪の毛でボーイッシュな感じな子。アイネよりは……出るところが出ている。


「タイチさん……また胸ですか?」


本郷はギョロッとした目でアイネに睨まれ、胸から目をそらす。


『あんまりイライラしているとタイチさんに嫌われちゃうッスよー』


『ライラなんてしてません!』


こそこそと本郷に聞こえないように必死に弁明しているアイネをアハハと明るい笑いをしながらミケットはカウンターの奥へと引っ込んでいった。


「なんの話だったんだ?」


「何でもないです! タイチさんは他の人の胸でも見ててください!」


 またアイネを怒らせてしまったようである。

『小っちゃいのは別に嫌いではないんだけどな……』

 それを伝えればフォローになるだろうかと思ったが、知識の中ではそう伝えた男たちは殴られたりビンタをされていたはずだ。


 どうやってアイネのご機嫌を取るべきかと悩んでいた時だった。

 バーンと勢いよく宿屋のドアが開いた。突然の音に全員が入り口の方に振り向く。


 そこにいたのは、ノエルとリリアだ。その後ろから控えめにレッグスがひょっこりと顔を出している。


『なんで【最悪】がここに』


『マジかよ、【最悪】と【鋼鉄】じゃねぇか』


『あっ【豚野郎】じゃん』


 テーブルやカウンターにいた兵士たちが口々にそう話している。

 多分3人の二つ名みたいなものだろう。【最悪】と【鋼鉄】とはノエルもリリアもかなり軍内部の有名人のようだ。そしてレッグスの【豚野郎】もしっかり定着していた。


 ノエルがフロアにいた全員に睨みを効かせると兵士たちはそそくさとテーブルの方向へ顔を戻し自分たちの会話へと戻っていった。


「あー、ノエル少佐! 思っていたより早かったですねー」


「ミランダ少尉! いや、もうミランダになったんだったな。相変わらず綺麗な髪に可愛い顔だ。今からでも私のところに戻ってきてもいいんだぞ?」


 ミランダは厨房から出てくるとノエルにぎゅっと抱き着いていた。


『さっきはご飯の匂いでそれどころじゃなかったがミランダもすごい……!ノエルとぶつかるとさらにすごい……!』


アイネと、コブスと、リリアに一斉に睨まれて本郷は萎縮した。

声には出していないがそんなにバレバレな程視線を向けていたのだろうかと反省する。


そんなことも気にせずノエルはミランダの髪をさわさわと触ると顎をミランダの顎をクイッと自分の方へ向かせた。

 これが噂に聞くアゴクイというものらしい。少女漫画でしか見たことがない光景であった。


「私はもうただの宿屋の女将ですから。それに旦那のいる女に手を出したらダメですよ?」


「そんなことで私は屈したりしない!」


 ノエルの理屈は全く根拠のないものだったが、欲しいものなら何でも手に入れようとするジャイアニズム精神の持ち主であることは分かった。


ひとしきりスキンシップを済ませたノエルは真面目な顔に戻る。


「ミランダ。事務室を借りるぞ」


 ノエルはそういうとミランダから離れ、宿の階段を上っていく。


「コブス、ジェリド、ホンゴー、アイネは付いてこい」


 そういうとノエルは階段の上へと消えていった。リリアとレッグスもその後ろに付いていった。

今はとにかく付いていくしかない。本郷たち2階に上がりに事務室へと入る。


「それで、私たちを呼びつけた用件はなんでしょうか? 少佐殿」


「アタシの事、ジェリドじゃなくてジェリーって呼んでほしいわね」


部屋に入るなり、コブスとジェリドはノエルにそう言った。


「私にあまり舐めた口を聞くなよ。お前たちがアデンの悪魔だろうが私の方が強いぞ」


そう言い、こちらを振り向いたノエルからは、軍本部で浴びせられた威圧感を感じる。

コブスもジェリドも顔色すら変えていなかったが、伝わった威圧感で実力を判断したらしく、大人しくしておくことに決めたようだ。


「リリア、例の書類を」


 ノエルの指示でリリアが書類を取り出し、その内容を読み上げていった。


「コブス・ハイマン、ジェリド・ガイエン。現時刻をもって原隊復帰を命ずる。また、ホンゴー・タイチ、アイネ・スーンの両名も現時刻をもって軍の徴集兵とする」


 一同はその言葉に驚愕した。簡単に説明すると全員軍に入れという命令が読み上げられたのだ。


「私たちを除隊扱いしたのに、その軍が戻ってこいとはどういうつもりですかな?」


「私が必要だと判断したからだ」


「それならばタイチやお嬢さんは関係がないだろう。タイチはこの国の人間ではないしお嬢さんは一般市民だ」


 コブスの訴えに対しても、ノエルは表情を変えずに答えていく。


「お前たちが鍛えたのであればそれなりに戦えるだろうと判断した。それにアイネは魔法使いだ。お前たちもこれを黙っていただろう? まとめて全員厳罰に処しても私は構わんが」


魔法が使えることを黙っていた件は十分な罪として扱うこともできる。

しっかりとこちらの弱点を突いてくる。


「アイネ・スーン、お前は私の傍付としてもいいんだぞ? リリアの様な豊満な胸も素晴らしいが、お前の様なスレンダーな美少女を傍に置きたいと思っていたところだ」


 ノエルが不敵な笑みを浮かべながらアイネの体を舐めまわすように物色している。

 ミランダの時も思ったが、女性にだけは扱いが優しい。


「えっ……、あの……」


その視線に気が付いたのだろう。アイネが自分の体を隠すように縮こまっている。


「答えは急がなくてもいい、辛くなったら何時でも私の胸に飛び込んで来い。他の3人も辛くなったら介錯ぐらいはしてやるから遠慮しなくていいぞ?」


「扱いの差がひでぇ……」


 リリアが、黙っていろと言わんばかりの目をしてきたので口を噤む。


「お前たちは私直轄の特別部隊として扱う。他の軍とは関わらず私の命令だけで動く私兵だ。安心しろ。ちゃんと軍の正式な許可も取ってある」


 いったい軍内部で何をしてきたのだろうか。言葉とあの強烈な威圧でいろんな人を言いくるめたに違いない。


「戦闘の際は兵器開発局の試作武器を扱う部隊として動いてもらう。戦闘中に不具合で起きた事故に関しては兵器開発局では責任を一切取らないそうだから気を付けろよ?」


実験中の事故に関しては自己責任ということ。本来であれば念書でも書いてから契約を行うのであろうが、軍では命令されれば逆らうことができない。

また1つ死のリスクが増えたと悩みの種が増えた本郷だった。


「あの、それにしても4人だけで戦い抜くのはちょっと難しいんじゃないでしょうか?」


アイネが横から質問をした。

これは本郷も同じ考えであった。他にも部隊はあるだろうが、戦争を4人で戦い抜けというのは確かに厳しすぎる。

コブスと、ジェリドは戦闘に関してはプロだが、本郷は毛が生えた程度。アイネも魔法や銃は扱えても戦闘訓練すら行っていない。


「実力が認められれば人員の確保も認められるだろう。なにせ特例で作らせた部隊だからな。新しく人員を確保するしかなかった」


「もしかしてその人員も軍じゃなくて他から探すんですか?」


本郷は疑問に思ったことがあった。

それは戦争でいろんな人を駆り出している現状で兵士を集めることができるのだろうか。


「正規兵は難しいだろうな。傭兵か、退役兵を雇うことになるだろう」


傭兵にはいい出会いがない。それに退役兵ということはおじいちゃんおばあちゃんを戦場に連れていくということだ。


どちらも気が進まないが、現状の戦力では召喚者と戦う前に死んで終わってしまう。

とにかく、人を増やさないことにはどうしようもない。ハローワークでも始めようかと考えていた。

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