料理に必要なのは才能かもしれない
本郷は置いて行かれた後、とぼとぼと1人で階段を下りて行った。
1階に着いたが、アイネもリリアもいない。もう外に出てしまったようだ。後を追うように入り口のドアを開けると、コブスが待っていた。
アイネの案内が終わったのだろう、リリアがこちらに戻ってくる。
すれ違い様に愛想笑いをしてみたが、一切表情を変えないまま扉の奥へと消えていった。
「タイチ、何かあったのか? お嬢さんも何だか怒っているし、今のリリアとかいう人もお前を睨んでいたような感じだったが」
「男の性が発動したせいで、いろいろ面倒なことになった……」
「それも例の呪いか?」
「いや、これは多分ほとんどの人が持っているものだと思う……」
居た堪れない気持ちのままコブスの隣に座り、馬車が動き出す。
「そういえば、ミランダさんに今日出向くってコブスに伝えるようノエルって人が言っていたぞ。あと、コブスとジェリドは宿から動くなって」
「ミランダにか? ノエルって少佐に私は会ったことはないが、確か妻の昔の上官だったな」
馬車で数分移動したところでコブスが馬を止めた。
「ここがコブスの家か? お店みたいなところなんだな」
「軍人向けの食堂と簡易的な宿だ。私ではなくミランダが経営している」
「夫婦で職業が違うんだな。こういうのって一緒に切り盛りしているものだと思っていたよ」
「今のご時世、宿だけじゃ持つか分からないからな。馬を止めてくるから先に入っていてくれ」
街中にある結構立派な宿だと思うが、軍人やその関係者も多いところだし、こういうのは儲かるような気もしたが違うのだろうか。それとも、軍人を辞めさせられたからあまり首都にいたくないのだろうか。
馬車を止めに言ったコブスと分かれ、店の前でアイネと2人きりになる。
「えーっと、さっきの事だけど、ごめん」
「いえ、タイチさんも男性ですからね、お父様も胸の大きいご婦人に会うときは鼻の下を伸ばしていたのを思い出しました」
やはりまだ根に持っているのかもしれない。表情は笑っているが言葉に棘があるような気がする。
これはしばらく続きそうだなと思うとともに、男の性はなるべく自制しようと思う。
宿の扉を開けると、昔の西部劇のような開放的なフロアが広がっていた。幾つもの丸いテーブルにカウンターテーブル。お酒だと思われる瓶や樽が陳列されていた。
そしてカウンターテーブルの一席で、大柄の男が突っ伏したまま動かなくなっている。
近づいて確認するとジェリドだった。しかも片手にはフォークを持ったままだ。
「おいジェリー、そんなところで寝るなよ」
本郷が冗談交じりに肩をポンと叩いたが反応が返ってこない。
「死ん……でる?」
「そんな……」
本郷とアイネと目を合わせて再びジェリドを見る。
もう一度触ってみると生きてはいるようだったが、変わらず伏せたまま動かない。
「そんなところで何をしているんだ?」
後ろからコブスが遅れて入ってくる。
「コブス! ジェリドが……!」
「あー……。ミランダ!あ れほどジェリドを実験に付き合わせるなといっただろうが!」
コブスがカウンターの奥に向けて言うと、女性が出てきた。
「仕方ないでしょ。新メニューを出さないとお客さんも来ないじゃない!」
奥から出てきた女性がコブスの妻のミランダだった。ブロンドの長い髪が綺麗な女性だった。
本郷は見た瞬間に〇ーテルだと思った。〇ーラが〇ーテルに進化した。
「あら、貴方たちがタイチ君にアイネちゃんね。ジェリーから聞いていたわ。お腹空いたでしょ! これでも食べて」
差し出された料理は夢に見たまでの旨そうな料理だった。野菜と肉がゴロゴロと入ったようなクリームスープだろうか。こういうのが食べたかったんだよな。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
「おいタイチ! 待て!」
本郷は待てるものか。口いっぱいに放り込むともぐもぐとその味を噛みしめる。
『こちとら干した肉や蒸した芋ばかりで飽き飽きしていたんだ。あぁ、やっと現代的な食事にありつけた。トロッとした口の中が焼けそうなクリームに、肉の味をこれでもかというぐらい殺してもはや苦み、それとフワッとした野菜の毒々しい臭み……』
そこまで感想が浮かんだところで本郷の意識がシャットアウトした。
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『おい、ヤバいって拠点取られてるぞ!』
『相手も日本人なんじゃね? ここ海外サーバーなのにな。おいタイチ聞いてるか?』
「あれ、ここって俺の部屋だよな?」
辺りを見渡してみたが、ワンルームの狭い部屋にパソコンとテレビ、後ろには通販で買ったふかふかのベッド、壁にはスーツが干してある。ゲームしながら寝落ちしていたようだ。
「悪い、なんか寝落ちしてたっぽいわ、変な夢まで見てさ。めっちゃ守銭奴のおっさんとすごい怪力のオカマがいてさ。可愛い女の子もいたけど……」
笑いながらマイク越しにオンラインの仲間に誤った。
『変な夢?私の訓練が足りなかったか。今度からもっとメニューを増やすか』
『ちょっと! 今オカマって言ったでしょ! タイチちゃんでも許さないわよ!』
『タイチさんはどうせ胸の大きい方が好きなんですよね……』
「あれ? 確か名前はアイネとコブスとジェリドだっけ。面白い夢だったな……」
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本郷の目が覚めた時、尖った唇とその周りに青髭を生やした何かの顔が目の前にあった。
「その展開はもういい!」
その光景に驚いた金剛は思い切り布団を蹴り上げた。
しかしジェリドは蹴り上げたと同時に空中に飛び上がり、綺麗な着地を見せる。
「まだまだ、そんなんじゃアタシには勝てないわね♪」
「この起こし方はマジで勘弁してくれ、心臓に悪すぎる……」
ジェリドがオホホホと笑う。
『どうして俺の物語には可愛い女の子に恵まれた展開がないのか。起こされるならアイネが良かった……。やはり魅力か? 魅力のステータスが足りていないのか……?』
頭を抱えて本気で悩む本郷と、オホホホと笑うジェリド、周りから見てみるとこんなに狂った状況もそうそうないだろうと思う。
「おう、起きたか。こうなるから食べるのを待てと言ったんだ……」
「見た目はすごく旨そうなのになんの料理だったんだ?」
本郷が自分の食べたものが何なのかコブスに尋ねた。見た目はどう見ても洋食であり、香りもとても食欲を誘う美味しそうな料理だった。
「そう、【見た目】は普通なんだ。でも失神するほど狂気な料理でだっただろう? おかげで打ちに来る連中は毒に耐性を付けるためとか、捕まって変な物を食わされた時のための訓練なんて言って来る連中ばかりだ」
かなりマニアックな人々に人気のある食堂らしい。
料理を教えるとかその以前の問題であり、次元が違うと感じる。
アニメで主人公がヒロインの激マズ料理を食べる展開はありがちだが、それを食べて倒れる主人公はこんな感じなのだろう。
本郷がそのようなことを考えている間に、コブスの話は進んでいた。
「多分新兵の訓練だろうな。仲間から神のご加護があればいいなって言われて泣きながら食ってたな。まぁそのまま病院に連れていかれたが……」
『【毒物耐性】を習得しますか ※確率2%』
『【毒物耐性】を習得しました』
本郷は確率なんて見ないで迷わずに習得していた。これを定期的に食わされていたら確率どころの話ではないと、自分の何かがヤバいと告げていたからである。




