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生まれて初めてゲス野郎と言われました

 四つん這いになったレッグスに腰を下ろしたノエルは、足を組むと片手を横に出す。すかさずリリアがリックから受け取っていた書類を手渡した。


 アイネはまだこの光景に戸惑いを隠せないでいるのだろう。豚と呼ばれた男を椅子代わりにして座っている人物が目の前にいるのだから。


「ホンゴー・タイチ、貴様に剣や動きを教えたのはコブス・ハイマンとジェリド・ガイエンで間違いないな?」


「はい、間違いありません」


 俺の答えにノエルは眉をひそめる。


「アデンの悪魔が育てた奴か……。いいだろう。アイネ・スーン、次は貴様だ」


 アイネの体がビクッと震えた。自分が指名されたことに恐怖を感じたのだろう。


「貴様、魔法が使えることを黙っているな……?」


 ノエルが鋭い眼差しでアイネを見ている。魔法の件は黙っておく約束ではあったが、この人物を騙し通せるとは思えない。


「あの、仰っている意味が……」


「先程、リック中佐と握手をしただろう? あの人は魔術指導の心得がある数少ない軍人でな。私がお前に魔術的性があるかどうか確認を依頼していた」


 ノエルが持っていた書類をひらひらと動かしながら言葉が続ける。


「魔術の力は絶えた、となっているがスーン家はもともと魔術が使える家柄だ。詳しく調べればこれも分かることだろうな」


 それ以上何も言えなくなってしまったアイネは俯いたまま顔を上げられなくなっていた。


「ホンゴー、それにコブスもジェリドも知らないわけがないだろうな」


「ノエル少佐! タイチさんも、それにお二人も私が魔法が使えることは知りません!」


「健気なことだ。答えは本当にそれでいいのか? 私には逮捕と拷問の許可がある。怪しいと思えばどんな手を使っても吐かせることも可能だが?」


 逮捕と拷問。その言葉が決定的だったのだろう、アイネ泣き出しそうな表情をしていた。

 本郷はその姿を見て耐え兼ねて白状する。


「すみません。アイネが魔法を使えることは承知しています。ですが、私たちを巻き込まないために嘘を付いたアイネを許してもらえないでしょうか」


 アイネに向けられていただろう威圧が本郷に向けられる。

 声も出していないのにヒリヒリと伝わってくる威圧感に冷や汗が出そうになるが習得していたスキルのおかげで冷静さを保つことができていた。


「ホンゴー、貴様戦争の経験はあるか? 今まで何人殺してきた?」


「戦争の経験はありません。殺したのも、仕方ない状況で数人を……」


「天性の技か、特殊な技術か。まぁいいだろう」


 その時、ずっと四つん這いを続けていたレッグスの腕がプルプルと震えだした。


「椅子が勝手に揺れるな! 気が散るだろうが!」


 ノエルは持っていた書類を丸めるとレッグスの尻を思い切りしばいた。


「はひぃ! 申し訳ありません少佐ぁ!」


 叩かれたレッグスが恍惚とした顔をしている。これはかなり調教された人物に違いない。

 そして、この少佐の圧倒的な感じを本郷は、漫画に出てくる旧ソビエトに所属していて顔に火傷がある女性にそっくりだと感じていた。


「ガムルスでも魔法を使って戦う時代だ。軍としても技術要素が高まるのであれば取り入れている。それでもラカスラトに比べれば圧倒的に数が少ないからな。殺したりはしないから安心しろ」


 殺さないだけでいったい何をされるのだろうかと思い全く安心できない。


「詳しいことはコブスとジェリドも交えて話そう。あいつらに宿から動くなと伝えておけ」


 ノエルは人間椅子から立ち上がると窓際に向かい下を見る。


「迎えも来ているようだな。リリア、下まで案内してやれ。レッグス! いつまでそこにいる戻れ!」


「了解いたしました」


「申し訳ございません! すぐに持ち場に戻ります!」


 リリアとレッグスの応答が重なり、レッグスはバタバタと隣の部屋に戻っていった。

 リリアに誘導され、部屋を出るときにノエルに呼び止められる。


「ホンゴー。ミランダにも今日顔を出すと伝えておいてくれ」


「ミランダ?」


「聞いていなかったのか? コブスの嫁だ」


 そう言えば妻に料理を教えてくれとコブスが言っていた。

 ノエルがいる部屋を出て、リリアがドアをゆっくりと閉める。

 くるりと振り返ると暴力的な物がふわりと揺れるのにまた、目が奪われてしまう。


「そんなに胸が気になるのでしたら娼館に行かれたらいかがですか?」


「え゛?」


「分からないとでも思っていましたか?」


「いや、そのー……」


 指摘されたことにかなりドキッとしたこともあって上手い言い返しが思いつかない。


『とんだゲス野郎ですね……』


 リリアが本郷の横を通った際にぼそりと呟いた。そのままスタスタと階段の方へ歩いていく。自らの責もあるが、その棘のある言葉に血の気が引きそうだった。


「タイチさんは大きい方が好きなんですね……!」


 アイネが自分の胸を擦りながら冷たい目でこちらを見ている


「いや、男として気になるってだけで特別そんな好きなわけじゃ……」


「知りません!」


 怒り出すと同時にリリアを追い掛けるように歩きだしてしまい、1人置いていかれる形になった。


「魅力のステータス、やっぱり上げてみようかなぁ……」


 誰もいない廊下に向かって呟いていた。

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