私の貴重な時間を奪う豚野郎が!
城門に辿りついたところで先程の兵士に言われた通り、城門の傍にいた兵士に通行証を見せた。
兵士はしばらく通行証とこちらを交互に見ていた。
「軍本部にすぐ出頭してください。ここから見える赤い屋根の建物です」
短いその言葉と、入り口から見えた赤い大きな建物を指差した。
城門を通り抜けると、外とは違う雰囲気が伝わってくる。
「何だか、空気が重たい感じがしますね」
「そうだな。ほとんど軍服を着てる人達ばかりだからそう感じるのかもしれないな」
すれ違う軍人らしき人々が物珍しそうな顔でこちらをチラチラ見ていた。軍服を着ていない人間が自分たちだけだったので珍しいと思われているようだった。
異様な視線を向け続けられながら、軍本部と言われていた赤い屋根の建物に着いた。窓ガラスの数からして5階建てぐらいの大きな建物だった。
入り口の扉を開けると開放感のあるフロアが飛び込んでくる。
例えるとしたら市役所や区役所みたいなところだった。入ってすぐにカウンターがあり、数多くの軍服を着た兵士たちが奥に並べて設置されている机に向かって何か作業をしている。
「何か御用ですか?」
カウンター近くにいた軍服の女性に声を掛けられ、持っていた通行証を手渡す。
女性は門にいた兵士と同じように通行証とこちらを交互に見ていた。
「こちらでお待ちください」
そういうと女性は急ぎ早に上の階へ消えていく。
待っている間にフロアを色々と見渡してみる。やはりこの世界にはパソコンやプリンターはない。紙と万年筆、それと鉛筆だろうか、そんな文具で兵士たちは作業をしている。
時折、銃を肩から下げている兵士たちも通り過ぎていったが軍本部なだけあって人が多い。
数分ほど経っただろうか、先ほど通行証を渡した女性が階段から下りてきた。
「こちらへどうぞ」
言われるがまま本郷とアイネはその後に付いていく。
2階に上がり、さらに3階へと上がる。そこから数部屋程歩いていき、扉の前で女性が止まった。
女性が扉をコンコンと数回ノックした。
「失礼します。証人の方をお連れしました」
「ありがとう。お二人ともどうぞ中へ。君は下がっていい」
男性の声が聞こえ、部屋の中に招かれる。案内をしてくれた女性は男性に言われた通り敬礼すると扉を閉めて下がっていった。
「遠くからわざわざすまない。まぁ、座ってくれ」
恰幅の良い男性に手招きされ、ソファに座る。椅子しかないと思っていたがソファがあるのはありがたい。固い椅子には慣れていないからお尻が痛いなと感じていたからだ。
男性も反対側のソファに腰を掛ける。
「私は、リック・カーター中佐だ。リックで構わない。今回の件を君たちから確認するように言われている」
手を差し出され、とっさに本郷は握手をした。アイネも緊張しているのだろう、両手で握手していた。
リックと名乗った男性は先ほど1階にいた兵士たちと比べると服の装飾が豪華である。胸に付けた大きな勲章の様な物が、偉い人物だということを物語っていた。
「アイネさん、お父様の事は残念だった。私も以前に何度かお会いしたことがあるがとても優しいお人だった」
「ありがとうございます。父も喜んでいると思います」
「うむ。スーン家のためにもお父様以上に励んでくれ」
軍隊というか貴族もいるからこれが一般的な社交辞令なのだろうと思う。
アイネに挨拶を済ませるとリック中佐が今度はこちらを向いた。もう一度持っていた。書類に一度目を通し、再度こちらの顔を見た。
「ホンゴー・タイチさん、だったかな? 見慣れない名前だがご出身はどこの国で?」
不味い。迂闊に異世界から来たなど言えないし、コブスからも言わないように釘を刺されている。
「ここからずっと東の小さな村で暮らしておりました。名前もない程の小さな村で、出稼ぎのためにガムルスに来たところをコブスさんに拾って頂いて用心棒として働いております」
「コブス? コブス・ハイマンか?」
「はい、そうです」
咄嗟に捻り出した嘘だったが大丈夫だろうかという不安があった。用心棒として伝えておいた最初にコブスは言っていたが……。
「分かった。彼が用心棒として雇うということはそれなりの信用があるということだろう」
リックは書類に胸ポケットから出した万年筆で何かを書き加えていた。
どうやら何とか誤魔化せたようである。
「再度の確認だが、先に手を出したのは傭兵であり、人質となった町民を助けるべく、止むを得ず傭兵と戦闘を行い殺した。これで間違いはないか?」
リック中佐\\は先程の柔らかな表情からきりっとした面持ちになった。
「間違いありません。私たちを助けるためにコブスさんとタイチさん、それにジェリー……、いえ、ジェリドさんも戦ってくださいました」
「コブスに、ジェリド・ガイエンか……。あの2人であれば10人程度の傭兵では勝てないだろうな」
アイネのハッキリとした意見と追加で出たジェリドの名前を聞いたリックが書類にまた何かを書き込んでいた。軍を抜けたとはいえ、コブスもジェリドも未だかなり有名人のようだ。
「私からの確認は以上だ。トルガにおける家屋の被害、損失に関しては軍が補填しよう。その代り本件に関してはこれ以上の口外を一切禁止する。違反した場合は軍人でなくとも重罰があるということは覚悟してほしい」
軍としても自分たちの汚点に関しては早めに何とかしたい、ということだろう。
「あの、それとここに来る途中で何者かに襲われました。仕方なく反撃しましたが、コブスが野盗ではないと言っておりました」
本郷は付け加える形で道中での襲撃の件も伝える。言うべきかは迷ったが後から不利になるよりは最初に言っておいた方がいいと判断した。
「うむ……。その件もこちらで調査しよう。これも他言無用でお願いしたい。コブスとジェリドにも伝えてくれ」
「分かりました」
本郷は素直にリックの言ったことを受け入れる。こちらとしてもこれ以上襲われるようなことになるのは避けたかったという理由もある。
リックはこちらの意思を確認したのか、頷くと立ち上がり机に置いてあったベルを鳴らした。
隣の部屋に通じる扉からコンコンと数回のノックがあり、軍服の男性が姿を現す。どうやら秘書室のようだ。
「中佐、お呼びでしょうか?」
「こちらでの確認は終わった。予定通りノエル少佐に会わせる。リリア大尉を呼んでくれ」
「了解いたしました」
男性は指示されると敬礼をして扉を閉めていった。
「今回来てもらったのは別件も兼ねていてね。むしろこの確認作業は君たちをここに呼ぶ方便だと言ったほうがいいだろう」
いったい何の用件で呼ばれたのだろう。もしかして異世界から来たということが既にバレていたのだろうか。それならば、アイネも一緒に連れてこられる理由がない。何とか察しようとしたが見当もつかなかった。
程なくして、俺たちが入ってきた方の扉がノックされ女性の軍人が入ってきた。
「失礼します中佐、リリア・ローベルです。お呼びでしょうか?」
名前からして多分女性だろうとは思っていたが、軍服を着こなして入ってきた彼女は、銀色のロングヘアーであった。そして、本郷には髪の色よりも気になるところがあった。
『アイネはスレンダー美人だが出るところは出ている。しかし、これは何というか……。そう、暴力的だ……』
リリアの立派に膨らんだソレに目を奪われる。
男たるものどうしてもそれに目がいってしまうものだ。決してやましい気持ちではない。そう、これは自然の摂理。自分に強く言い聞かせる。
一瞬、リリアと名乗った女性がもの凄い剣幕でこちらを睨んだように感じたが気のせいだったのだろうか、真っすぐとした表情でリックの目の前に歩いていく。
「彼らが例の人たちだ。ノエル少佐のところへ連れて行ってくれ」
先程何かを書き込んでいた書類一式をリックはリリアに手渡した。
「了解いたしました。案内いたします」
書類を受け取ったリリアがそれに目を通し、敬礼をした。
「こちらへ……」
入り口に戻った彼女が扉を開けて案内を始めようとしていた。
ソファから立ち上がった本郷たちはリックの方を一礼し部屋から出る。リリアも敬礼し、リックのいる部屋の扉を閉めた。
「案内しますので付いてきてください」
リックと会話した3階からさらに上の階に上がり、5階の最も奥の部屋まで案内される。
先ほどいた3階に比べると通路に荷物が置いてあったりと少し埃っぽい。
リリアが扉を数回ノックする。
「リリアです。お連れいたしました」
「分かった、入れ」
部屋の中から少佐と呼ばれた人物の声が返ってくる。こちらも女性の声だった。
「どうぞ、先にお入りください」
リリアに誘導され、先に部屋に入る。
本郷には、この時に違和感があった。
なぜ先に通されたのか、ということだった。普通は案内人が扉を開けつつ中に入り誘導されるものではないのか。1階にいたカウンターの女性は少なくともそうしていた。
最初に感じたのは【死】だった。
部屋に入った瞬間に背筋が凍るような、異様なものに触れられたのではないかという感覚に陥る。
それが強烈な殺気の塊だったことは後から分かった。殺気を受けるや否や本郷は後ろにステップする形で下がり、無意識のうちに刀を構えられる態勢を取っていた。
コブスが本郷を起こすために放った時とは比べ物にならない。確実に相手の息の根を止めようとする獣の様な殺気であった。
アイネもその殺気に気が付いたのだろう。その場から動けないでいたが両手で自分の身を護るようにガードを取っていた。
「この程度の殺気であれば失神しないか。いいだろう」
部屋の奥から笑い声が聞こえ、感じていた殺気が一瞬で消えていった。
「いや、済まないな。少し試させてもらった。まれに小便をまき散らす愚か者がいてな」
そういうと女性が椅子から立ち上がる。黒髪のショートヘアで、斬られた跡だろうか、頬に出来た傷の跡が特徴的な人物だった。そして、先ほどのリリア同様に本郷は思うところがあった。
『リリアと一緒、いや、それよりも暴力的な物をお持ちだ……』
自分の中にある謎のスカウターがそれの大きさを計測していた。
「そんなところで呆けていないで、まぁ座れ」
ノエルと呼ばれた人物が先にソファにドカッと座る。その後ろに今起きたことがまるで無かったかのようにリリアが立った。
言われた通り、本郷とアイネも反対側のソファに座る。
「レッグス!」
ノエルが大声で誰かの名前を呼ぶと、隣の秘書室からレッグスと呼ばれた男が扉を勢い良く開けて飛び出してきて敬礼をした。
「ノエル少佐! お呼びでしょうか!!」
「私が呼んでから5秒も待たされた。私の貴重な時間を奪う豚野郎が!」
「はっ! 申し訳ありません!」
目の前で起きたのは冗談とかそういう気の利いた話ではなく、本物の罵倒だった。
豚野郎なんてワード、ネットのスレぐらいでしか本郷は見たことがなかったが、生まれて初めて人に向けて言っている人物を目の当たりにしている。
「少佐を煩わせておいて、謝るだけで済むと思っているのですか?」
リリアが立て続けにレッグスを責め立てる。
こちらも発せられたその言葉には低く、とても重圧がある。
「申し訳ありません大尉! 少佐! 罰をお願いします!」
「よし、良い心掛けだ。次からはリリアに言われる前に行動できるよう心掛けろ。そこに座れ!」
「ありがとうございます! 失礼いたします!」
レッグスが感謝の言葉を述べると、その場で四つん這いなる。ノエルはソファから立ち上がると、勢いをつけてそこに座り込んだ。
「ヴグッ」
勢いよく座られたせいかレッグスが苦しそうな表情と声を出す。
しかし、その声を聞いたリリアに睨まれたせいか何事もなかったかのように必死に耐えていた。
正直、ドン引きであった。横にいるアイネも悍ましい光景を見ているような顔をしている。
冗談交じりでオンラインの仲間たちが、
『我々の業界ではご褒美です!』
と、笑いながら話していたこともあったが、これは冗談ではなくヤバいと体が感じている。
そしてノエルとリリアは、いい仕事をしたと言わんばかり位に満足した表情をしている。
本郷はレッグスと言われていた男性は大丈夫なのだろうかと心配し、ちらりと顔を見てみたが、心なしかこちらも満足そうな笑みを浮かべていた。
『どっちもヤベーやつだこれ……』
殺されそうになった時よりも色んな意味で、心の中の非常事態宣言のアラートが鳴りやまなかった。




