焼肉と首都と
朝早く日もほとんど出ていない時間に、朝食当番に任命された本郷と手伝いを申し出たアイネは小屋の裏手から森に入った。
「何だか悪いな。俺のせいで付き合わせるような形になって……」
「いえ、何かをしていないと落ち着かなかったので私も助かりました」
2人で並んで歩く。何だか小恥ずかしさすら感じる。
お互いに2人きりになるのが久しぶりであることと、あの日の夜の出来事をお互いに思い出していたため、何を話していいのか分からなくなっていた。
何とか沈黙を破ろうと本郷が先に話しかける。
「アイネもよく信じられたな。俺が異世界にから来たって言ってもすんなり受け入れていたろ」
「コブスさんとジェリーさんがこんなに信頼する人が嘘をついているとは思えませんでしたから」
笑いながらそんな話をするアイネを見て本郷は少し安心した。昨日は初めて人を撃ったのか終始顔色が優れない様子だったので心配をしている部分があったからだ。
少し歩くと、アイネが本郷の肩をつつく。顔を向けると、黙ったまま森の奥の方を指差した。
その方向にいたのはウサギ、だったが明らかに本郷の知っているウサギではなかった。かなり大きく、ペットショップでも見たことがないサイズだった。
「ウサギ……だよな?」
「この辺りのウサギは大きいんです。それに肉食のウサギなので人を襲うこともありますね」
肉食で大きく、そして可愛くない。本郷は、モンスターを狩るゲームに同じような敵がいたなと思った。
ともかく、今は仕留めなければならない。
本郷はアイテムボックスから銃と弾薬を取りだすと、銃に弾を込める。これぐらいの距離であれば問題なく当たるだろう。それに万が一に外して逃げられたなんてコブス達に知られたら次はどんな特訓を組まれるか分からない。そちらの方が怖いと思った。
ゆっくりと銃身をウサギに合わせ、頭を狙い撃つ。銃声が響き、狙ったウサギが一瞬ビクッとなり、その場で動かなくなった。
銃で突いてみてしっかりと死んでいることを確認する。どう見ても20~30キロはあった。
「これの捌き方分かる?」
「すみません。私も狩猟の経験はありますが捌くのはいつも任せていたので……」
どうしたものか、せっかく狩ったのにこれだと意味がない。やはりスキルに頼るしかないのかと落胆しつつ、スキル習得を試みる。
『【解体術】を習得しますか ※確率0.0001%』
動物を解体するのも死のリスクは当然ある。少し悩んだが確率的に問題ないだろうと判断し習得することにした。
『【解体術】を習得しました』
ウサギの持ち上げるやはりかなり重い。アイテムボックスに入らないかと試してみたが、どうやら死体は入らないらしい。
「殺すことも死ぬことへの恐怖も慣れていくもんなんだな……」
何のためらいもなくウサギを殺したことに死への恐怖心が薄れていると感じながら、アイネとともに近くの川までウサギを運ぶとせっせとウサギを解体していく。
包丁がないのでアイテムボックスから太刀を取り出した。頭を切り落とし血をすべて抜く。次に腹を裂き内臓を取る、皮をはいで筋を切り、淡々とこなしていく。
切れ味がいいせいでかたい肉も簡単に切れる。
「肉が多すぎるな。捨てるのも勿体ないし……。とりあえず全部焼いちゃうか」
近くの石や木を組み立てて簡易的なかまどを作る。アウトドア系のゲーム知識のおかげでスキルに頼らずとも組み立てることができた。火に関しては昨日アイネの魔法を見ていたのでお願いすることにした。
アイネが手をかざすと一瞬で火が点く。便利だなと感心しつつ、肉を焼いていく。
焼きあがった肉をアイネが探してきたお皿代わりになる葉っぱに包んでいく。
しかし、いくら骨や内臓を捨てたとはいえ、かなりの肉の量である。
「ちょっと焼きすぎたかな。持って帰っても食べきれないし腐っちゃうよな……」
「これはタイチさんの力で消せないんですか?」
食べ物をしまうということは試したことがなかったので本郷は失念していた。
試してみると葉っぱに包まれた肉が消え、アイテムボックスに入っていた。
「食べ物と認識されれば入るのか? さっきウサギを担いだ時には消えなかったのに……」
食べ物がしまえることが分かり、辺りもかなり明るくなっていたので小屋に引き返すことにした。
「遅いぞ、腹が減った!」
「お腹ぺこぺこよー!」
小屋に戻ると、コブスもジェリドもすでに起きていた。こちらを見るなり、口々に文句を言う。
「ちゃんと取ってきたから安心しなよ」
アイテムボックスから肉を包んだ葉っぱを取り出し、テーブルの上に広げる。焼けた肉のいい匂いが小屋に広がる。
「食べ物も消せるのか?」
肉に噛り付いたコブスが聞いてきたので、森での出来事を説明が相変わらず変な力だと笑われた。
食事がすんだところでコブスが立ち上がる。
「さて、そろそろ行くか」
俺は残った肉などをアイテムボックスに再度しまう。小屋を出て、馬を馬車に取り付ける。
「ここからは私が運転しよう」
一晩を過ごした小屋を後にし、コブスが馬に鞭を打つ。ゆっくりと馬は歩みを始め移動を再開する。それからは謎の襲撃もなく、安全な移動だった。
数時間ほど移動すると目の前に大きな壁が見えてきた。
「あれがアウグスタか? デカい壁だな。3つの壁で国が覆われていたりするのか?」
「そんなに壁ばかりあって何から身を護るんだ? あの壁は街の中にある壁だ」
どうやら人間を捕食する巨人はこの世界にいないようである。
「なんで街の中に壁があるんだ? 普通は街を囲うように壁が出来るんじゃないのか」
「あの壁が一番最初の国のサイズだ。増えていく人口や戦争で連れてきた奴隷をアウグスタ受け入れようとして首都の拡大を優先させたから壁よりも先に街が出来て取り残されたんだとさ」
「奴隷までいるのか。お決まりの展開だな……」
「タイチ、頼むから私の前で面倒ごとは起こさないでくれよ」
コブスに何となく考えていたことが伝わったのだろうか釘を刺された。心は痛むが今の本郷には奴隷を助ける術がないことも自分で分かっていた。
街が近づくにつれて人々の活気が伝わる。しっかりと整備された道に綺麗な家々が並ぶ。様々な商店もありとても賑わっている。
「奴隷とかいうからもっと物騒なところかと思ったよ」
「見た目だけさ。店の奥や路地を見てみろ」
目を凝らして言われた通りに見る。首や手足を鎖で繋がれた人間たちがいた。
しかし、人間とはいっても、動物のような手足をしている者たちばかりだった。
「人間……だけどちょっと違うな。」
「獣人族と呼ばれているが猫やら犬やら鳥みたいな奴らもいる。みんなガムルスとの戦いに負けて連れてこられた奴隷だよ」
本郷はガラガラと音を立てて進む馬車の中から奴隷となった獣人族と呼ばれる人たちを見て心が痛む。自分のいた世界でも奴隷制度はあった。そして旧世代的な戦争を行っている国なのだから同じような制度が出来るのも分かる。
しかし、分かっていてもその光景は本郷の中で当たり前として処理できないものだった。
『俺が憧れていたヒーローの世界では、奴隷を開放したり、悪の組織や魔王たちと戦う。そんな格好の良い勇者になりたかったんだよな……』
心の中で神からもらった力でさえ、奴隷1人も救えないということに悔しさが込み上げる。
そして、何もできないまま街中を通り過ぎていった。
城門が近づくにつれて馬車の渋滞が出来ていた。
兵士たちが書類や荷台を確認して門の中に通している。
渋滞が全く進まないまま待っていると、兵士と思われる男が近づいてくる。
「先に通行証の提示をお願いします」
コブスが胸元から書類を取り出すと差し出すと受け取った兵士が内容を兵士が確認していた。
「コブスさんとジェリドさんですね。どちらがジェリドさんですか?」
「あぁ、後ろで寝ている大柄の方だ」
たらふく肉を食ったせいだろうか、いつの間にかジェリドは荷台で爆睡していた。
兵士は確認した書類をコブスに返すとこちらを見た。
「そちらの方も通行証の提示をお願いします」
アイネが馬車に積んでいた自分のカバンから、手紙と一緒に同封されていた通行証を手渡した。
「この通行証に記載の2人だけここで降りて徒歩で先にお入りください。門の前にいる者にこの通行証を見せれば入れますので
「おい、こいつらは私の連れだ。一緒に通ってもいいだろう?」
「申し訳ないが、通せるのは記載の2人だけだ。大人しく順番を待て!」
「ちょっと何よ? コーちゃんケンカ?」
急に兵士の口調が変わる。その声で目が覚めたのか荷台からジェリドが顔を出していた。
あの通行証は何か特別なものだったのだろうか。
「タイチ、お嬢さん、門のやつにどこに言ったか聞いて後で迎えに行くからな!」
アイネとともに降りて城門へと歩く馬車から降りて城門へと歩く。
城門に近づくにつれてその大きさに驚く。
「何だか怖いです……」
兵士の数の多さと、物々しさがアイネに恐怖心を抱かせたようだ。
本郷の服の素手をぎゅっと掴むと、体を本郷に密着させていた。
『当たっている! 間違いなく当たっている! 言うべきか、言わないべきか……!』
『タイチさんも緊張しているのかしら。表情が固くなってる……。私がしっかりしなきゃ!』
お互いの気持ちが噛み合わないまま城門へと歩いていった。
後ろでコブスとジェリド、そして兵士がまだ口論をしていた。
周りにいた兵士たちも何事かと集まってきている。
『オカマは黙っていろ!』
『誰だ今オカマって言った奴は! ぶっ殺してやる!』
何かが壊れる音と、男たちの悲鳴。関わらないでさっさと行こうと決めた。




