どこかの海軍も驚きの鬼教官
次の日、日が昇り始めた頃だった。
血まみれのスーツのままではいられないだろうと、コブスが着替えの洋服を持って来てくれた。
「戦争で駆り出された若者も多いから服は余っているらしい」
どうやら、近所の人から借り受けた洋服らしい。
早々に着替え、外へ出た。こんなに朝早く家を出るのはコミケの時ぐらいだろうかと本郷は感じていた。
元いた世界であれば、街灯が消されるかどうかぐらいの明るさだ。
家の前で、男が立っていた。顔に化粧はしているが、シャツにズボンと昨日のスカート姿と違い男らしい格好をしていた。
「コーちゃんが今日から特訓させろって。朝から昼までは格闘術と銃の使い方をアタシが教えるわ! 昼から夕方はコーちゃんが剣を教えるから」
「それ特訓の時間おかしくない? 労働基準法って知ってる?」
「アタシがこんなダサい格好までして教えてあげるんだから文句言わないの! 足腰が立たなくなるまで手取り足取り教えてあ・げ・る!」
気合十分にそういうと、俵を持つように本郷を抱え上げ揚々と森に連れていかれたのだった。
もしかしたら、もしかするとそういう展開で本郷は自分の初めてを奪われるのではないかという不安もあったが、ジェリドの特訓はやはり軍人そのものだった。
「ほら、脇が空いてる! もっと相手の動きを見て! うぉぉ!」
女口調なのに投げ飛ばしたり技をかけるときはとても男らしい格好の良さだった。
掴みかかっては何度も投げ飛ばされ、宙に舞う。その繰り返しだった。
日がすっかり昇り始めた頃にやっと格闘術の訓練が終わった。
そのころには本郷の体中はボロボロにされ、疲れ果てて立ち上がれない程だった。
そんな本郷に対してジェリドは容赦なく、さらに鞭を打ってくる。
「ほら! 寝てんじゃないの! 次は銃の練習よ!」
銃の正しい構え方、打ち方、それに銃で相手を殴り殺す戦い方。
一から正しく扱い方をみっちりと指導される。
そのあと、30発ほど試し打ちをしたが疲れと体の痛みで的に当たったのは2発、それも的の端だった。
「さて、ここからは私が教える時間だな」
いつの間にかコブスが森に来ていた。
本郷は、もう言葉も出ないぐらいに疲れていたが、コブスが練習用と渡してきたの剣は模擬刀剣かと思ったら間違いなく本物の剣であった。
「偽物なんかで鍛えるよりも圧倒的に勉強になる。血が出たとしても斬られるような動きをしている奴が悪い」
コブスは笑いながらそういうと、冗談抜きで剣を振り下ろしてきた。
それからは必死で剣を受けることしかできず、一度も打ち返すことはできなかった。
その日の夜はそうやって戻ってきたのか良く覚えていない。
ジェリドに担がれて家に戻ったらしいのだが、気が付いたら塩のかかった蒸した芋に噛り付いたまま机に突っ伏して眠ってしまっていた。
翌朝、本郷は突然の苦しさに目を覚ますと自分が水中にいた。
寝ていた本郷ををジェリドがまた担ぎ、そのまま森の中を流れる川に放り投げたのだという。
その理由について説明を求めたが、
『起こすのも面倒だし汗臭いから川に投げたらちょうどいいと思った。後悔はしていない』
とのことである。
部屋の中が汗臭いという理由で、その日から夜の特訓が終わった後も、疲れ果てた本郷を川に投げ入れることが習慣になり、家に戻れば芋に噛り付いたまま寝ることを繰り返していた。
それが1週間程経過したころだろうか、朝になると自らの足で森へ向かい、帰る時も自らの足で帰れるようになっていた。それなりに体力が付いたということだろう。
これが普通というのであればハートマン軍曹も驚きの訓練内容である。
「少しは成長してきたんじゃないか?」
「まぁその辺のごろつきには勝てるようになってもらってないと困るわね」
もくもくと芋に噛り付く本郷をよそに2人は良い仕事をしていると言わんばかりに楽し気な会話をしていた。
ある日、本郷は剣術の特訓を行いながらコブスに訪ねた。
少なくとも会話をしながら剣戟が出来るほどに成長を実感できている。
「なぁコブス、もうちょっと軽い剣はないのか? 普通の剣は俺にはちょっと重たいんだよな」
「昔はそういうものもあった。ただ、フルプレートを着込んで戦う時代だ。今は銃や魔法が戦争の主役だからな。安価で作りやすく、長持ちする剣が選ばれたんだ。軽いとすれば後は護身用のナイフぐらいなもんだろうな」
「だよなぁ。学生の頃に選択授業で剣道をやってたから刀の方が体に合うかなと思ったんだけど……」
虎徹、村正、菊一文字。色んな戦国ゲームをやっていたから刀というものは一度は憧れたものである。
ただ、この異世界には刀はおろか戦国時代の歴史はなかったようだ。
「タイチ、明日からは1人で訓練してみろ。ある程度、私にもジェリドにも対応出来ているし、後は実践の中で繰り返していけばいい」
こうして鬼教官も驚きの実戦形式での特訓が終わった。
しかし、コブスとジェリドがかなり手加減をしていたということは途中から気が付いていた。
それでも本郷には手加減をされている状態でも付いていくのがやっとだった。
このままで戦えるのだろうかと思っていたところに首都アウグスタかの軍から手紙が届いていた。




