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一般人、玄関から落ちる

「それでは各々1人だけ選び【エルガー】に召喚させるのだ。勝利した者には次の神の位を授ける」


 その場に集まった神達が、自分のより上位の神から説明を受けていた。

 説明が終わり、1人、また1人と自らの代わりに戦うことが出来るものを探しに消えていく。


 そして、最後に残った神が気怠そうに呟いた。


「探せとか正直メンドイし、楽して勇者とか見つからないかしら……」


+-----------------------------------------------------------------+


「暑い! 暑すぎる! 暑いってレベルじゃねーぞこれ!」


 その日は日本中で最高気温を塗り替えるぐらいの猛暑日だった。遠くには陽炎がハッキリ見えるぐらいカンカン照り。さらにコンクリートからの照返しが余計にその暑さを増しているようだった。

今朝のニュースでも今年一番の猛暑日になるとかなんとか……。


 本郷太一(ほんごうたいち)、今年で25歳。大学を卒業して、とりあえず手に職を付けないとと思い建築やリフォームの会社に入ったものの、日々ノルマや残業に追われる毎日を過ごしていた。

ささやかな楽しみは休日のゲーム、アニメ・映画鑑賞の超絶インドアタイプであった。 


「何もこんな日に歩いて外回りだなんてついてないよなぁ。まぁ明日は休みだし、帰ってさっさと皆でバトルワールドしつつ、アニメ感想会したいなー……」


 バトルワールドは有名なFPSの戦争ゲーである。

オンラインゲームで昔からのチームメイトたちと休みの日にはがっつりプレイしていた。もちろん全員オタクである。世界中の人たちと戦いながらボイスチャットで新作アニメの感想を語り合うが楽しみの一つだった。


 今日は何のアニメで語ろうか。

そんなことを考えながらポケットから取り出したタオルで滝の様に流れ出る汗を拭う。

拭いても拭いても汗が止まらない程に日差しがこちらを殺しにきていると感じていた。


途中の自販機で買ったペットボトルの水を一気に飲み干す。これで何本目になるだろうか。数本は間違いなく水を買ったことは間違いない。


「次のお客さんは……。神様?」


 会社から渡されたリストに目を通す。

そこには間違いなく神様と書かれていた。先輩か同僚のイタズラだろうかと思ったが、正式に会社から渡されたリストなのでイタズラではないだろう。


昔見たテレビの番組で、【神】と書いて【じん】と読む苗字の人がいたことを思い出した。


「かみ、じゃなくて、じんさんかな?」


書類に書かれていた住所を頼りに、目的地へと向かった。

そして一軒の家に辿りついた。表札が【神】となっており、こんな珍しい苗字もそうそうないのでここで間違いないだろう。


しかし、着いた一軒家はどう見ても豪邸だった。

周りの家がアパートや2階建てばかりなのに対して不自然なほどに家のランクが違う。


「結構立派な家じゃん。ヒアリングから希望ってことらしいけど必要あるのか……?」


 とりあえず仕事を終わらせないことには帰れない。それに、お金持ちならとんとん拍子に事が進み、会社からのインセンティブもいい感じで入るかもしれない、と皮算用な甘い考えを持つ。

表札の下にあったインターホンを押す前に、タオルで顔の汗をもう一度拭った。そして、服装の乱れを直す。ゴホンと発声と呼吸を整えるために咳ばらいして準備を整える。


ピンポーンと、ごく一般的なインターホンの音がしたが、誰もいないのか反応がなかった。

留守なのかそれとも家を間違えただろうかと考え、もう一度会社で渡されたリストを見てみるが住所は間違っておらず、指定された日付と時間にも間違いはなかった。

もう一度インターホンを鳴らしてみた。数十秒ほど、その場で立ったまま待ってみるとインターホンの向こうから声が返ってきた


「……はーい」


「あっどうも、御電話頂いたムサウラホームの本郷と申します!」


「あー……。はいはい。そのまま勝手に入っちゃってください」


 インターホンの向こうから聞こえたのは若い女性の声、少し面倒くさそうな話し方であった。

こんな良い家に住んでいるのだから、一人暮らしではないと思い、きっと奥さんか娘さんだろうと本郷は推測する。


そして、これまでに数多くの営業を熟してきた経験はあったが、勝手に入ってくれと言われた経験がなかったので少し不安を感じていた。


「こういう時は大体変な注文されたり、知識もないのに高いだの値下げしろだの無茶難題を押し付けられたりするんだよな……」


勘と言うべきなのだろうか。大体嫌なことが起りそうだなと感じた時、すでにフラグが立っているというのはアニメでもお約束の展開である。

しかし、仕事中の本郷はそのことに気が付かないまま、入り口を通り玄関を目指していた。


普通の家に比べるとやはり長い通路を通り、玄関のドアの前に辿りつく。

先程感じていた不安要素も相まって、留守でいてくれれば良かったのにと思っていた。

外見だけでなく入り口のドアにも高級感が漂っている。自宅の狭いアパートのドアと比べても倍のサイズはあるんじゃなかろうかと感じる大きさであった。


『営業スマイルで何とかなり切るしかない! クレームを言われたら後で部長に謝ろう!』


心の中で覚悟を決めていた。


「失礼しまーす! お電話いただいた本郷どぅえ!!」


『本郷です!』 と、名乗ろうとした自分の声があり得ないぐらいの裏声に変わっていた。

ドアを開け、玄関に入ろうとした一歩目が空を切る。正確には空を切ったのではなく、あるべき地面がなかった。


 何がどうなっているのか全く分からない。本来なら玄関を開けて元気に挨拶。靴を揃えてリビングに案内されて名刺を渡す。それからはヒアリング開始! 

 こうなる予定のはずだった。勢いよく踏み出したせいで止まることも出来ず、前のめりに自分が倒れ込んでいくのが感覚で分かる。


 『これ走馬燈じゃね?』そう考える時間があるぐらい、とても長い時間が流れているように感じられた。


 満面の笑みをしたまま、本郷は何もない真っ暗な空間に落ちていった。

 とりあえず最後に頭の中で浮かんだ言葉。『俺、この営業が終わったら結婚するんだ』

そんな死亡フラグの言葉だった。意外と落ち着いてボケるぐらいあっさりした落下である。

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