第3話 インディゴ召喚!……蛇はキライです。
連続投稿はこれで終わりです。とりあえずプロローグもこれで終わりです。
「……………」
「……嬢ちゃん、大丈夫かい?」
「イエ、ダイジョウブデス」
「そ、そうかい」
オレは今、初期リスポーン地点の『始まりの街:噴水広場』のベンチで負のオーラを発しながら落ち込んでいた。 その落ち込み様は隣で店をしていた焼き鳥屋のおっちゃんNPCから心配されるほどだ。
良い人だな、このおっちゃん。 店の隣でこんな負のオーラを発する男がいたら営業妨害になってもおかしくない………というか間違いなく営業妨害なのに。
でもオレはそれどころじゃないのだ。
「名前………女性名詞……絶対笑われる……というかさっきおじさんから『お嬢ちゃん』って………はぁぁぁぁぁぁ……」
「まぁ、なんだ。……焼き鳥やるから元気だしな?」
「……ありがとうございます」
オレは死んだ目で屋台のおっちゃんの焼き鳥を片手で受け取り、貪り出すのだった。
「はぁ………」
焼き鳥も食べ終わり、流石にこれ以上迷惑掛けられないから屋台から離れ、オレは噴水の上でこれからどうするか悩んでいた。 というのも、ゲーム内でヒビキと合流する事は確定なのだが、どうしても笑われる未来しか見えないのだ。
ちゃんとメールアプリで合流地点も決めてあるから、今更待たせるのも悪い。
ここまで悩むのも、このプレイヤーネームが原因だ。 外見だけならまだどうにかできた。 リアルで散々からかわれてきたのだ、開き直って幼女みたいな外見の男性プレイヤーという路線でいけただろう。 だが、名前の所に思いっきり女性名で入力してしまったのだ。 オレは声もかなり高いから、これでは男性だと堂々と公言しても信じてもらえない可能性がある。 名前が男性名でも同じ結果だったかもしれないがそれならそれで諦めもつくし、何よりリアルのオレの外見を知っている知り合いは外見と名前の似合わなさも許容してくれるだろう。
だが問題は、女性名だと完全に外見と名前がマッチするという点だ。
これでは理解を示してくれる筈のリアフレ達も困惑するに違いない。 間違いなく「なんでその名前にしたの?」と言われる。 もしかしたら、オレが女性になりたいという願望があるのでは?とかトチ狂った結論を出す輩もいるかもしれない。
………………憂鬱だ。
「キャラ作り直しは……できないしなぁ」
それに問題はそれだけに留まらない。 諸君ら思っただろう。 そんなに嫌ならデータ消して作り直せば?と。
だが、それはできないのだ。 VRシステムは開発されたばかりで問題も多い。 その中の一つに、「無闇にアバターを量産しない」という契約を交わす必要があるというものがある。
何故かと言うと、ゲームのアバターというのは圧縮されたデータの塊だからだ。 人間の脳は、そんな高出力データをいくつも処理しきれる程の演算能力は無い。 人間の脳に頼ったVRシステムの弊害と言える。 アバターを外付けのハードディスクの様に記憶データを入れ替える事ができれば別なのだが、今の技術では不可能な事だ。 AI技術が進化して殆ど人間と同じAIが生まれても、人間はAIと違ってコンピューターではないのである。 膨大な情報の波に曝されれば、脳に異常をきたす可能性はゼロではない。
そのため、VRギアを買った人は自分の脳波をギアに登録して専用化する必要がある。 そうすれば、一人につき1アバターという制限を自動的にギアが設定して脳を守ってくれるからな。 このお陰で複数のVRゲームを持ってる人はアバターが基本使い回しになる可能性が高いと言われている。 まだVRゲームは《ルート・エデン》しかないのでわからないが。
………つまり要約するとキャラを作り直すとオレの脳が危ないからこのまま行くしかないという事だ。 ……………アレ? それなら、オレはなんでVRギア使えてるんだ? さっきも言った通りVRギアは個人の脳波データを登録して専用化しないと使えない。 ヒビキがすでにオレのデータを入力していた? ………それは考えにくい。 たしかにアイツは「設定は全て済ましているから」と言ってはいたが、アイツに他人の個人情報を盗むとかそんな度胸は無い。 ……なら、どこから? …………そういえば、妹に突然病院に連れてかれた日があったような。 確か、商店街のくじ引きがあるというポスターを見た数日後だった気がする……………………なんだ、妹が犯人か。
話がずれたが、つまりオレはこのまま行かねばならないという事か。 ………憂鬱だ。 どうせヒビキの奴、爆笑するんだろうな。 「似合いすぎ!」とか言われる未来が見える。
でも、流石にいつまでもこのまま落ち込んでる訳にもいかないだろう。
「………行くか」
噴水の側から離れ、オレは重い足をトボトボと動かしながら合流地点に向かって歩き出したのだった。 ………せめてペットは最高に可愛い奴だとこれまでの不幸も許せるんだが。
「………お前、いつから女になったの?」
「残念だけど、システム的にも現実的にも男です」
「いや、でも完全に幼じ………はい、スミマセン」
合流地点の南街門に行くと、そこにヒビキは居た。 合流してヒビキにオレだと伝えるとかなり驚かれた後、出てきた言葉がさっきのだ。
ヒビキの反応は予想と違い、困惑の色が強かった。 多分、オレが故意にこんな名前にする訳がないと思っているらしい。 その信頼は嬉しいが、幼女と言うのはヤメロ。 思わず睨んでしまったじゃないか。
だが、今はそれより気になる事がある。 さっきからヒビキの肩で堂々と眠ってるアレが、噂の……?
「それより、そこのフクロウが……」
「あ、ああ!……コイツがオレのインディゴ。βテストからの相棒で、名前は『オウル』だ!」
「………可愛いな」
「だろ〜、へへへ……(機嫌治った……やっぱコイツに対してのアニマルパワーは効果抜群だな)」
ヒビキがオレに機嫌を治してほしくてこれ見よがしにパートナーを自慢しているのはわかっているが、これに抗うのは無理だ。 可愛い。
どれだけモフモフしてるんだろ。 フクロウのふかふかの羽毛に飛び込んでみたいと思うのはオレだけじゃないはずだ。
「機嫌治ったところで聞きたいんだけど、なんでそんな事に?」
ああ〜、タマラン!もう抱きついてみせるか………? と、暴走しそうになっていたらヒビキが先制を取って質問してくる。 そうだよな。流石に他人のペットに許可なく抱き着くのはアウトだよな。 ありがとうヒビキ。 お前のお陰でオレが愚行を犯す前に止められた。 これは正直に質問に答えてやらないとな。 いや、これがなくても正直に言う気だったが。
「『リク』と『クガ』が使われてるって言うから、他の候補が思い浮かばなくてテキトーに遊びだしたのが致命的だったな……」
「……ああ、名前決定の時だけ確認しないからな、あの声」
素晴らしい事にヒビキはこれだけでオレの原因を看破したらしい。 流石はオレの親友だな。 それにしても何故名前決定の時だけ確認しないんだ? その前は質問に答える余裕がある程度にはYES or NOを多用していたのに。
「ああ、アレな。 β版から来たプレイヤーに名前の優先権があるんだけど、βテスターが名前を登録する前に同名を登録したら意味ないから、せめてもの抵抗とか………あんまし効果無いみたいだけど」
ちょっとよくわからない抵抗の仕方ですね。 訳がわかりません。 確認無くしたからって選んだ名前が変わるわけでも無いだろうに。 どうせならβ版の名前を重複対象にすればよかったんじゃないか?
「それだとβテスターが元の名前使えないからってな。 オレとしては有り難いけど、お前には災難だったな〜」
「それ、引き継ぎコードに名前のデータも入れれば解決だったんじゃね?」
「それはオレも考えたけど、ここの運営ちょっとよくわかんない所でバカだからな」
それで被害受けてちゃ世話ないよ……。まぁ、いつまでも愚痴ってもしょうがない。 切り替えるか。 丁度いい話題も目の前にある訳だし。
「それでヒビキ。 ずっと気になってたんだが、どうすればインディ……ゴ? を、召喚できるんだ?」
「おっ? お前もやっぱ気になるか! それはだな〜、ちょっとステータス画面開いてみ?」
言われて、メニュー画面を開く。 そこで【アイテム】【ステータス】【装備】【ノート】【フレンド】【コンフィグ】【GMコール】【ログアウト】と並んでいるメニューで、迷わず【ステータス】を押す。 するとメニュー画面に重なる形でステータス画面が開いた。
ーーーーーーー
LV:1
名前:リナ
性別:男
職業:冒険者
筋力:0 《I》
耐久:0 《I》
速度:0 《I》
魔力:0 《I》
幸運:250《E》
技量:0 《I》
SP:1
《異能》
【ナイトウォーカー】
《スキル》
「相棒召喚」
《耐性》
物:ー
火:ー
水:ー
風:ー
土:ー
光:ー
闇:ー
神:ー
ーーーーーーー
「なんか出た……?」
「言い忘れたけど、筋力とかのステータスの横にある《I》とかの英字はステータスのランクらしい。50増える毎にワンランク上がるらしいけど、1レベル上がる毎に貰えるSPーーステータスポイントは1だから、最高ランクのステータスとか見たことないんだよな〜。 まぁ、それは今はいいだろ。 スキル欄に「相棒召喚」ってあるだろ?」
「うん、あるね」
「それをタッチして有効化するとスキルが習得できる。 取得してもステータス画面でタッチしないとパッシブスキルでも効果は発動しないから注意しろよ〜?」
言われるままに「相棒召喚」のスキルをタッチして有効化する。 『取得』しても意味はなく、ちゃんと『習得』しないといけない……という事はかなりめんどくさいな。 勝手に有効化してくれないだろうか?
「ふっふっふ……これにもちゃんと理由があるのだよ、チミ〜。 まぁ、それはチュートリアルで聞けばいいさ。 今は有効化したスキルを使ってみな? 一言『サモン』って言えばいいから」
「……うん」
有効化したスキルを見つめて深呼吸する。 大丈夫だろうか? 正直、出てきたパートナーが可愛い動物じゃなかったらオレがこのゲームする意味は無くなるんだが………いや、大丈夫だ。 絶対可愛い奴がでる。 求める奴は救われるんだ。 意識を集中させる。
正直本気になり過ぎかもしれないが、これがオレがこのゲームをするかどうかの分岐点だ。 オレの求める可愛いパートナーじゃない場合、ヒビキの約束とか知らんとばかりにオレはこのゲームを辞めるだろう。 つまりヒビキにとってもコレは重要なイベントなのだ。 深呼吸する横からゴクリと息を飲む音が聞こえる。 ヒビキも緊張しているようだ。
…………そろそろいいだろう。
「『サモン』!!」
万感の思いを言葉に乗せて世界に伝える。 オレの求める可愛いパートナーをここに……っ!
周囲に光が奔り、徐々に魔法陣が形成されていく。 魔法陣の中央には自らの尾を噛む蛇ーーウロボロスの紋章が刻まれ、周囲には何かよくわからない神聖な雰囲気を持つ文字が大量に装飾され円の中に並んでいる。
「おおっ…!見たことない紋章!」
ヒビキの喜色の浮かぶ声を無視して集中する。
____ちょっと待て。
説明書では初期召喚時の紋章によって出てくる魔物が違うと言っていた。 ーーそしてオレの魔法陣の紋章はウロボロス。 どう見ても連想するのは蛇しかいない。 …………嫌な予感がする。
オレが嫌な予感に汗をダラダラと流していると、魔法陣は完成と共に二つに分かれ、一つは地に向けて、もう一つは天に向けて昇っていく。 二つの魔法陣が光の粒子の立ち昇る場所で柱を形成する幻想的なその光景は、ファンタジーな芸術と言っていいかもしれない。
やがて、魔法陣から影が現れる。 それは、二つの陣の間から生まれ、徐々に形を成していく。 ソレが形を成していく毎に嫌な予感はどんどん膨らみ、呼吸が荒くなっていく。
____そして、ソレは召喚された。
「おおっ…!やったな!小さくて可愛い蛇だぞ!」
これならお前も文句ないだろ、と言うヒビキ。
魔法陣が作りあげた幻想的な光景が光を失っていくなか、現れたソイツを見てオレは硬直するしかなかった。 あれだけ荒かった呼吸も、あまりの衝撃に止まっている。
「なんだよ、リク……じゃなかったリナか。とりあえず初めてのパートナーに一言あるだろ?可愛い〜、とかカッコイイ〜、とか」
「……い」
「イ?……どゆこと?」
いい加減鬱陶しいヒビキの馴れ馴れしさに多少の意識が戻ってきたのか、震える声がやっと機能し始める。 しかし、今やオレに自身の衝動を抑える理性などなかった。 震える体。 涙で視界が滲み、再び動き出した呼吸が苦しいほどに荒くなる。 そしてやがて、頭はある言葉で一杯になり、まるでそれが本能とでも言うかのようにその声が口を通って放たれた。
「いいぃぃやああああああああああああああああああ!!!!!」
つまり、オレの意識は、己のパートナーを認識した途端に魂から絶叫したのだった。
____冒頭に戻る。