とあるアンドロイドの英雄譚
春とは思えない炎天下。こんな暑い中で大会とは何事だ。
慧璃は心中嘆きながら荷物を運ぶ。
「暑いわ。」
改めて口に出すと余計暑くなった気がして後悔した。
大したこともなく大会は終わる。結果は平凡。いつも通り。
気付けば日は暮れていた。空は紅く、烏が高らかに鳴く。
大会後のお疲れ様会という名の飲み会に雪崩れ込む。しばらくして会場内に充満し始めたアルコールの匂いに気分を悪くして外に出てみることにした。
ざわめきは去り、静寂の夜道を歩く。
一人になって急に淋しさが襲ってくる。
そういえば、理巧さんはどうしてるだろう。あの女の人とのやり取りを見たあとから、理巧に会いたくなくて慧璃は早めに家を出るようになった。
「……彼女が居るなら言ってくれたら良かったのに。」
矛先違いの不満をぼやく。
自分がなんでこんなに苦しいのかわからないまま、慧璃はもう一度飲み会の会場に戻ろうと身を翻した。
その時。
「見ぃつけた。」
慧璃の背筋に悪寒が走る。
本能が生命の危機を叫んでいる。
振り返ると目の前に声の主は迫ってきていた。
最近慧璃の姿を見れないことに理巧は苛立ちを覚え始めていた。会って誤解を解きたかった。詫びにと買ってきた土産を渡したかった。そんな矢先、ニュースは告げるのだ。
「先日、q県で女性の人体の一部が発見されました。血液検査の結果、現在身元不明になっている乙露花 慧璃さんのものであると判明し、現在も警察の懸命な捜索が進められています。この件に対して政府は……」
気づけばテレビのリモコンを落としていた。呆然と画面を見つめていた。
「理巧。どうかしたの?」
「……うるさい。放っておいてくれ。」
「そうはいかないわ。私はあなたの……」
「……もうやめないか。」
「え?」
「お前も疲れたろう。こんな不愛想な男に付き合うのは。」
「そんなこと、ないわ。」
「金のためならか?」
その返しに女性は言葉を詰まらせる。
「俺は確かに大企業の社長の息子だ。お前はその取引先の社長の令嬢。おやじたちにとっては願ってもない組み合わせだし、そうなるように根回しされてきた。だがな、すべてが思うようにいくと思うな。……少なくとも俺は人形じゃない。」
翌日、理巧は会社を休んだ。テレビを見ても新聞を見ても、もう慧璃についてのニュースは見つからない。
おそらく、B国のアンドロイドが絡んでいたのだろう。a県のこともアッというまにニュースで取り上げられることはなくなった。
ため息を一つついて、彼女のために買った土産の小袋を開ける。
中からドーナツ型の天然石のネックレスがのぞく。スポーツの世界で戦いつづけている彼女のお守りになればと思い赤い石を選んだ。
「……渡したかったな。」
きっとよく似合っただろうに。
「やあ、阿賀侘 理巧君だね。」
理巧が社長室に呼ばれたのは慧璃の件から一週間がたった後だった。
理巧が来るや否や彼の父である社長は部屋を後にした。
見知らぬ男と二人部屋に閉じ込められるのは何とも妙な気分だ。
「自己紹介が遅くなってすまない。私は平木田という。」
差し出された名刺には『N国アンドロイド研究機構開発部主任 平木田 歩』と書かれていた。
「N国アンドロイド界の第一人者が一体何の用ですか。」
「率直に言おう。君にあるアンドロイドの監視役をお願いしたい。」
「……俺に?」
「そうだ。B国の攻撃が激化してきたことに伴い、こちらも対策を講じた。そこで完成させたのが6機の戦闘用アンドロイドだ。その監視はコンピュータが算出した軍人以外の国民は行うことが国際会議で可決されている。」
「その一人が俺だった?」
「その通りだ。」
「拒否権は。」
「もちろんある。危険を伴うし、こちらには国民の権利を保障する義務がある。それに算出された人物は君だけではないからね。」
「……もし、その話を引き受けたら。」
「ああ。」
「B国のアンドロイドの被害にあった人のこととかわかりますか。」
「保証はしないが可能性はゼロではないだろうね。」
「わかりました。……その話、引き受けます。」
翌日、理巧は平木田とともにt都に移動した。
高層ビルの一角に案内された。会議室らしいところにはすでに3人の女性と2人の男性が集められていた。
「ここにいる6人が防衛戦闘型アンドロイド『ガーディアン』の監視者、『白狼』のメンバーです。」
いくつかの説明を受け、制服とアンドロイド管理用のデバイスが渡された。
「そしてこちらが皆さんのパートナーとなるアンドロイドたちです。」
部屋にはいってきたのは人離れした美貌を持つ男女のアンドロイド6機。
「今日からよろしくお願いしますね。マスター。」
一番最初に入ってきた緋色の髪をした女性のアンドロイドは晴れやかにそういった。
「疲れたかい?」
「平木田さん。」
自分が監視するアンドロイドとの面談を行ったあと、再び長い説明を受けた。これからは訓練を受けなければならないこと。アンドロイドのことについて詳しく学ばなければならいこと。そして自分たち以外にももう一つアンドロイドとその監視者たちのグループがあること。
「まるで大学ですね。」
理巧は思ったままを口にした。
「まあね。でもお金は入るよ。国のことだし。」
平木田もおどけてそう言った。
「……君が気にしてるのって、乙露花さんの件かな?」
「……なぜそれを。」
「資料室のクラークが言ってたからさ。君が聞きに来たって。……そんなに大切な人だったの?」
「……はい。」
「……そう。」
しばらくの沈黙の後、平木田は口を開いた。
「ごめんよ。彼女のことについては僕はよく知らないんだ。何せ管轄外だからね。」
理巧は肩を落とした。資料室でも有力な情報は得られなかった。
「『ブラックフォックス』について詳しく聞いたかい?」
「いいえ。」
「あっちは攻め担当なんだ。情報収集や危険地帯への潜入は彼らが担当する。彼らが得た情報をもとに君たちは防衛を行うことになるだろうし、ときに共闘することもあるだろう。まあ、近いうちに会う機会があるだろうさ。その時に詳しい話を聞けばいい。」
「はあ、ありがとうございます。」
慧璃とそのブラックフォックスとがどうつながるのか理巧にはさっぱりだった。殺傷事件の管轄はあちらだということなのだろうか。
平木田は満足げに立ち上がり、
「じゃあ明日からよろしくね。」
とひらひら手を振りながら去っていった。
「ねえねえ、いいの?今日到着日じゃなかったかしら。」
アンドロイドにも劣らない美貌を持った、黒い制服の男性は言う。
「仕方ないじゃん。仕事だったんだから。」
13、4程の少女は少しイライラしたように男性の言葉に返した。
「あんたにはいってないわよ。」
「……王雅。あまり言ってやるな。本人が一番気にしてる。」
王雅と呼ばれた男性とうり二つの容姿を持つ男性は部屋の奥の窓辺にもたれかかっている黒ずくめの女性を見やった。これまた黒い狐をあしらった面をしているため、表情は見えない。ただ空に浮かぶ月をみて何かを憂いているようだった。