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『本日半額いちごクレープ』
そんなのぼり旗の立ったキッチンカーの隣に、ユーキ先輩の姿があった。
他校の女子生徒と楽しげに話している。呑気なものだ、と思わず顔をしかめた。
こちらから声をかけるより前に委員長に気付き、会話を終わらせ女子生徒達はその場を離れていった。
「こんにちは、探してくれてたらしいね。また会えて嬉しいよ。ちょっと待ってね」
軽い口調でニコニコ話すユーキ先輩を前に、ため息が出ないよう我慢した。彼は店主に注文し始める。
こうして改めて対面するとやはりイケメン。でもなんだかこの前と雰囲気が違うような気もする。
「後ろの子はお友達かな?」
委員長の背中ではわはわと興奮しながら顔を覗かせていた咲希は、話しかけられ目を輝かせた。
「はいっ…!! 委員長の親友で咲希って言います! ユーキ先輩、今日はアクセとか着けてないんですねっ」
そうだ、一昨日あった時はもっと派手な装いだった。
ネックレスはなく、両耳にあったゴツめのピアスは外され、変わりにピアス穴を維持する透明のピアスがつけられている。
アクセサリー以外にも、胸元は第二ボタンまで閉めてあったり腰履きをやめていたり(ベルトは指定外のものだが…)、そういえば髪もナチュラルブラウンになっている。
「……就活ですか?」
「第一声それ?? (笑) 違うよ~、ホラ、委員長チャンに会った時に校則違反だーって怒られちゃったからさ」
へへ、と少し照れ臭そうな笑顔で自身の髪を軽くかき、言葉を続ける。
「女の子に完全拒否されるなんて初めてだったし、そうかぁ、こういう見た目が嫌な子もいるのかぁ、ってね。思ったの」
意外だった。沢山の女子達からチヤホヤされるイケメンのモデルが、初対面の、たった一人の意見をわざわざ聞いてくれるとは。
モデルなんて皆プライドの塊みたいな人達だと思ってた(偏見)。
「ユーキ先輩似合ってます! かっこいいです!」
「ありがとー」
そんな話をしている間に、店主からいちごクレープが3つ渡される。
「はいこれ、あげる」
いちごクレープで良ければ、と言って1つは自身で食べ始め、2つを差し出してきた。
この人の魅力は見た目だけじゃないのかもしれない。隣の咲希が何枚もクレープの写真をおさめる中、お礼を言って美味しく頂く。
「あの。私との噂のこと、知ってますよね。いつの間にか大変なことになってしまっていて……」
些細なやりとりで、学校中の噂になってしまった。
こうして一緒にいる所を同級生に見られたら、また噂が更新されるかもしれない。
不安な気持ちと、ユーキ先輩への罪悪感、そして当初の目的だった噂を何とかする方法を模索するため、話を切り出した。
「あれねー、多分オレのせいなんだよね」
「? どういうことですか?」
意外な返答に、俯いていた顔を上げユーキ先輩を見た。
「アクセとか目立つもの取ったら結構皆から聞かれてね。何度も聞かれるからあんまり話聞かずにそうそうーって適当に返してたら凄い噂になっちゃったね」
髪を染めたら更に噂に拍車がかかったらしい。
あまりにも軽い口調で話すので唖然としてしまい、怒るタイミングまでも失ってしまった。
「噂は止めようと思って止まるものじゃないし、しばらく放っておけばいつの間にか無くなってるよ」
「……今後噂のことで聞かれたらしっかり訂正してくださいね」
「んん、それは約束出来かねるかも……」
にこやかな笑顔から悩ましい顔で困り始めた。本当に沢山の人から声を掛けられるのだろう。
「じゃあせめてこの件についてはこれ以上何も話さないでください」
「いっそ本当に付き合っちゃう?」
「お断りします!!」
最初から最後まで軽い人。危うくクレープにほだされるところだった。
そんなに強く断らなくても……としょげたモデルを残し、スタスタとその場を去る。
咲希はクレープごちそう様でした、と伝え小走りで委員長の元に寄ると、いいなーいいなー、と興奮気味に羨ましがった。