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委員長と咲希はひとまず3年生のいる3階へ向かう為、階段に向かった。お昼の時間にユーキ先輩と会って話がしたい。
「でも会って、何話すの?」
足早に委員長を追いながら問いかける咲希。
具体的に何を話せば良いのかは決めかねているところだが、噂はユーキ先輩にも伝わっているだろう。
彼にとっては学生生活だけでなく、仕事にも影響が出るはず。であれば現状を打破するための協力をしてくれるかもしれない。
ユーキ先輩の方から鎮火の行動を取って貰えれば最善。そこまでは難しいとしても、このような噂が立った時にどうするべきかは彼の方がよく分かっているはずだ。
「会えば聞けることは多いのよ。……でも困ったわ、ユーキ先輩のクラスが分からない」
咲希は知っている?と聞こうと振り返ると、にっこりとした笑顔で、私がついてきて良かったでしょ、と言われた。
「ユーキ先輩は3年2組、出席番号12番。4人兄弟の次男で、兄と妹が2人。好きな色は黄色と赤でキラキラしたものが好き! 好きな食べ物はいちごとクレープ! 可愛いでしょ(笑)嫌いな食べ物は茄子と~」
「ありがとう、もう大丈夫よ」
内心ちょっと引いた。
雑誌には大抵記載されているようで、ファンなら皆知ってるんだよー、と少々不満げに後ろから苦情が寄せられる中、3年2組の教室前へ。
「ユーキ先輩いそう?」
「うーん……後ろを向いている人も沢山いてよく分からないわ……」
皆食事を取っていて廊下には誰もいない。扉の端からそーっと中を覗き、咲希は委員長の肩口から顔を覗かせる。
「聞いちゃう……?」
「声をかけた方が早いのは分かるのだけど、緊張するわね……」
3年生の先輩方の教室ということもあり、中々行動に移せない。
ドア付近で立ち往生していると。
「誰か探してるの?」
後ろから声をかけられ、悲鳴を飲み込んだ。
3年の先輩。ハンカチを持っていたので席を外して帰ってきたようだ。
「あの……」
「もっちーおかえりー。あれその子何?」
「わかんないけど、ドア前にいたから」
返事を返す前に教室のすぐ側の男女グループから声がかかり、5、6人の先輩方から視線を受ける。
「あの、ユーキ先輩に話がしたいのですがどこにいるのか分かりますか?」
「は?」
ユーキ先輩、という言葉で女子達の表情が変わった。
「話って、まさか告白? あんな噂出てるのに随分自信あるんだね」
クラス内の他の人達もチラチラとこちらを気にし始めた。沢山の視線に思わず固まる。
「君達、二年生だよね。もしかして噂の子……?」
と、もっちー先輩。顔を先輩に向けコクコク、と2回首を縦に振った。
「その噂の件でお話がしたいんです、ユーキ先輩とはほとんど面識も無いですし、なぜそんな噂が立ったのか……先輩にもご迷惑をかけていると思うので!」
本当はユーキ先輩への配慮は二の次だったが、三年生の気迫に負けないよう声を張った。
「あっそ。まぁそんな噂、うちらは信じちゃいないけど」
「あー……ユーキなら学食行ってんじゃね? 財布持って歩いてるとこ見たから」
不憫に思った同じグループの先輩男子が思い出したように告げ、委員長達はお礼を言って逃げるように退散した。
「先輩達、怖かったね……」
「そうね……でも居所は教えて貰ったし、少なくともあの教室に居た人達には噂が嘘だと分かってくれたと思うわ。」
「委員長ポジティブ~~!」
感心したように声を上げる咲希を尻目に、急いで食堂へ。
渡り廊下の先の別館に、食堂がある。パンと学食が破格で買える食堂は、席を埋め尽くす程に賑わっていた。
席は暗黙のルールでざっくりと学年ごとに別れている。
委員長は食堂に着くなり真っ先に3年の座るスペースへと歩き出した。
少し周辺を歩いてユーキ先輩らしき人がいないか目視で確認した後、先輩女子の元へ。
迷いなく足を進める委員長に驚き、恐れずに女子生徒にユーキ先輩の居所を聞く姿を咲希は遠目から見ていた。
少し話すと周りの女子達はやはり一様に表情を変えている。
男子の先輩に聞けば良いのに、とも思ったが噂が噂なので、今度は男好きなんて不名誉な情報までも流されかねない。
しばらくして委員長が疲れた顔で帰ってきて、さっきまでは居たけど教室に戻ったのでは、と先輩と話した内容を教えてくれた。
「すれ違いになったようね。もうすぐお昼休みは終わってしまうし、またあの教室に行くのは流石に堪えるわ……私達の教室に戻りましょう」
委員長の勇敢な行動力を見てかっこいいと思った咲希は、目の前を歩く委員長に私は委員長の味方だからね! と伝えたが、何よ急にと軽くあしらわれてしまった。
その後も授業の合間の休み時間や、放課後も探してみたが結局、ユーキ先輩には会えなかった。
「……噂上では婚約者なのに、なんで会えないのよっ。おかしいでしょ!」
「おなかすいたぁ……」
噛み合わない会話。
「………」
「………」
クゥ… ググゥ…
二人はお昼も食べずに探していた為、暫しおなかの音で会話した。
「何か食べて帰りましょう。奢るわ」
「あー……じゃああそこのクレープ屋さん行いたい」
咲希は校庭の木々の向こうに見えるトラックを指差し、提案した。
「……咲希。ユーキ先輩の好きな物なんだっけ」
「え? いちごとクレープ」