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「どうしたのかしら……昨日は元気そうだったのに」
「そうだねぇ……」
友人、雪の欠席を知ったのは朝礼での先生の挨拶からだった。
休みの旨のメールも無く、唐突だった。
お休みの分のノートを届けた方が良いかしらと話すと、近所だからと咲希が引き受けてくれた。
「一限目は科学だったわね。理科室に行かないと」
必要な教科書やノートを持ち、理科室へと向かう。
理科室は1階奧にあり、2年教室の2階から1年生の教室のある階に下がる必要があった。
1階まで下がると、教室付近にいる1年の生徒たちの声がざわざわと聞こえてきた。男子のテンションに任せた会話。女子の笑い声。廊下を歩く音。
「ねえ聞いた?ユーキ先輩と2年の先輩の話」
「付き合ったって話でしょ?うらやまし~」
「ユーキ先輩本気らしくて、結婚するらしいよ!」
え。
「えっマジ?!」
「そーなの!あのね……」
委員長は廊下にいる二人組の話から耳が逸らせず、立ち止まっていた。
隣の友人は気まずそうな、なんとも言えないはにかみ笑顔を見せている。
「2年の先輩の人、妊娠してるらしいよ!」
バサバサッ
廊下に響いた教科書類の落下音に、1年生達が驚いて振り返った。
一瞬の硬直の後、素早く拾って咲希に手渡し、フッ、と短く息を吐き出してから、ツカツカと早歩きで近付いていく。
「何から何までデマよ。人気者のその先輩と私との面識は無いに等しいわ。」
「え……?あっ……!」
1年の女子生徒達は、どうやらお相手とされる2年生の顔は知らなかったようだ。
が、目の前の切迫した顔で近付いてくる人が件のお相手なのだとすぐに分かった。
「そもそもお付き合いの噂がどう広がったのかが分からないのだけど、あなた達のユーキ先輩とは一昨日、偶然、鉢合わせて1言2言交わしただけよ。
あなたたち性教育は受けたかしら?子を授かるにはどれほどの覚悟と経済面の工面が必要なのかとむぐぐぐ」
ウェーブのかかった両の三つ編みを揺らし、内から沸き出る感情を抑え込みながら弁明をしていたら、後ろから口を抑え込まれた。
一年の二人は互いに身を寄せあい、熊にでも遭遇してしまったかのようにすっかり脅えている。
「ごめんね、いきなりでびっくりしたよね。
授業始まっちゃうから教室戻った方が良いよ!」
手を熊の口元から腕に移し、退却の姿勢を取る。
委員長は後ろに引っ張られながら、
「噂は全部間違いだったとクラスにも伝えてね…!」
懇願するように投げ掛けながら咲希に連れられ、理科室へと消えていった。
チャイムと共に授業が終わると、すかさず咲希が寄ってくる。
「もーびっくりしたよぉ」
胸に手を当て安堵したように肩で一呼吸をしてみせたが、言葉や仕草とは裏腹に間延びしたマイペースな口調だ。
「こういう噂は時間が経つととんでもない空想話になるわ。早めに火消ししておかないと。」
「あれ、昨日は収まるまで放っておくって言ってなかった?」
「昨日は79日も待てないって話だったでしょ。」
「そうだっけ……?」
帰りは1年生達から見えないように、クラスメイトに紛れるようにして教室に戻った。