18
日曜の朝、話し声に窓を向けると数人の子供達がユーキ宅から出てきた。
ミキオは、自身も着いていくべく慌てて外へ向かう。
「ユーキくん」
「おー、お前も来るか?公園でサッカーやるんだ」
勿論その場に11人いるわけでは無く、サッカーの形式を取ってボールを蹴りあうだけだ。
ミキオを初めて見る少年が「誰?」と聞く。
「ご近所さんだよ。隣の家に住んでるミキオ」
「あぁ、こいつが」
女子と見紛う容姿の少年、ミキオはユーキの友人達の間でよく話題に出されていた。
二人の仲を茶化す者もいるが、ユーキは特段気にしていない。
「俺今日めちゃくちゃ眠い。着いたら寝ていい?」
雑誌を読み耽っていたら朝になっていたと、あくびをしながら話すユーキを咎める声や笑い声が飛び交う。
談笑しながら公園に辿り着き、ゴールを見立てた線を地面に引いていく。
ミキオも一緒にボールを蹴り遊んでいたが、見当たらないユーキの姿をきょろきょろと探すと、木陰にある木材のテーブルに突っ伏して寝ていた。
ボールが離れたところに飛びユーキの友人達が拾っている間、ミキオはユーキの所へ近寄った。
「ユーキくん遊ばないの?」
ミキオはユーキの傍で話しかけ、しばらくしてまたユーキの友人達の元へと交じっていった。
ユーキ宅に戻り、ゲームなどでひとしきり盛り上がった後、夕方に解散となった。「じゃあなー」と玄関先で挨拶を交わしながら見送っているところ、後ろから友人の一人がユーキに耳打ちしてきた。
何やら気難しい表情だ。
「聞きたい事あるんだけど……」
「なに?」
ちょっと……とユーキの肩を組んで適当な部屋に移動する。
「お前さ、あの小っこいのとどういう関係なの?」
「ミキオか?だから隣に住んでる子だって。お前らも近所の子と遊ぶだろ」
「そうじゃなくて、なんつーか……もしかして付き合ってんの?」
「違うって。第一向こうも男だし」
茶化される事もままある為、ユーキは内心またかと思いつつため息混じりに答えた。————彼から思いがけない告発がされるとも思わず。
月曜の夕方。いつもならばユーキと下校を共にするが、彼の姿が見当たらない。
校内を探し回っても見つからないので、ユーキ宅に訪問した。が、チャイムを鳴らしても誰も出る事は無かった。
自宅で荷物を降ろしてから近隣の施設やお店に寄るが、ユーキの姿は無かった。
翌日も同じような状態だった。
3日、4日と続き、ミキオの心が寂しさで押しつぶされそうになる頃、『話があるから明日自宅に来い』と、ミキオの学校の靴箱にメモ書きが入れられていた。
翌日隣家に訪問すると、扉の先には見たことも無い冷たい表情のユーキがいた。
思わず身を縮こませるミキオだが、一瞥して部屋の奥に入っていくユーキに恐る恐る後をついて行った。
ユーキの部屋、では無く1階のリビングに誘導された。
立ち止まったユーキは振り向かず、静かに話し始めた。
「……この間、サッカーやってた時にさ」
ユーキの後頭部を見る。相槌を入れようとしたミキオだが、緊張で喉がはりついて声にはならなかった。
「一緒に遊んでた奴が教えてくれたんだよ。
寝てる俺に、お前がキスしてたって」
静かな声色だがピリピリとした殺気がミキオの頬を撫でた。
ユーキはくるりと振り返り、冷たい目をミキオに向けた。
「一応聞くけど心当たりある?」
ユーキのミキオとの距離は2m程度だったが、ミキオは酷く遠く感じられた。
後先の事を何も考えていなかったのだ。もしバレたら。ユーキがどう思うのか。
ミキオは考えていなかった。
目の前で怒りを顕わにするユーキを見て、初めて『怒られる事をした』のだと気付いた。
「何か言えよ」
「……ごめんなさい」
震える口から何とか絞り出した謝罪。ユーキの顔を見る事は出来ず、深く俯いた。
ユーキのため息が聞こえてビクリと肩を震わせた。
「見間違いとかじゃなく本当なんだな」
本人の寝ている間の出来事だった事もあり、半信半疑だったのだろう。
だがミキオの様子で確信に変わった。
「お前が俺をどう思ってるのかは知らないけど、キスとかそういう事は一方的にするもんじゃないだろ」
「ごめんなさい……」
俯いて謝る事しか出来ないミキオに、ユーキは衝動的に殴りたい気持ちになるが、強く握っていた握り拳に気付き無理やり解いた。
解いた手のひらに熱が集まるのを感じながら、ユーキは長く息を吐き出した。
「最悪。
せめて可愛い女の子だったら良かったのに」
その時のユーキの言葉はミキオの脳裏に強く焼き付いた。
カワイイ、オンナノコだったら。
以降、ミキオは髪を伸ばしスカートを履いて『女の子』の素振りをするようになっていった。