17
しとしとと降る雨が地面を濡らす。たまに吹きぬける風が木々の葉を揺らしながら静かに過ぎ去っていく。
夕暮れの下校中、植木の合間から傘も差さずに公園のベンチに腰掛ける少女が目に入った。何をするでも無く、雨風に晒されながら座り込む少女。
最近近所に越してきた子だ。
引っ越しの挨拶の時に親の後ろに隠れながら少女も来ていた。見て見ぬ振りも出来ず、近付いて傘の中に入れた。
「細川さんだったよね?うちの近所に越してきた。こんなところにいたら風邪引くよ」
見上げる少女は雨で顔まで濡れていて、泣いているようにも見えた。
ビニール傘でも子供二人くらいならすっぽりと雨風から守ってくれた。引っ越しの挨拶の時はほとんど会話を交わす事は無く、終始親の後ろに隠れていた事もあり口数の少ない子なのだと思っていた。
が、少女は以外にも積極的に話してくれた。
「あのね、お家に帰ったけど鍵が掛かってて入れなくて、公園で待ってたの」
「公園に親が迎えに来るの?」
「ううん、パパもママも帰って来る時あの道通るから」
親の車が通る事を待っていたらしい。雨の中子供が公園に居たら目にはつくだろうが、雨宿りもせずにベンチで待つとはなんとももどかしい気持ちになる。
「傘は?今日は朝から降ってたよね?」
「えっとね、学校の傘置きに入れてあったんだけど、無くなってたの」
盗られたか。ビニール傘だったとしたら不思議でも無い。少年の傘の取っ手には防犯対策に名前のシールを貼ってある。
数分後、自宅前まで来たので少女の家を見てみるが、車庫内は空だったのでまだ誰も帰っていないようだ。
「まだ雨降ってるし、俺ん家で待つか」
「いいの?」
「うちも親遅いし。遊んで待とう」
ひとまず部屋に入りバスタオルを持って少女に渡す。出来ればシャワーでも浴びて体を温めて欲しいところだが、女子に風呂を勧めるのは如何なものか……。
と、唸っていたところ「ボク、男だよ」との返事が返ってきた。
小柄な体や容姿、佇まいでてっきり女の子と決めつけていたが、同性ならば話は早い。
渡したバスタオルを持って風呂場に行って貰い、替えは部屋にある自身の服から適当に用意して脱衣場に置いた。
風呂から出て温まった少女、もとい少年にドライヤーを手渡しながら、「そういやちゃんと自己紹介して無かったな。俺、ユーキ。佐久間ユーキ」と名乗った。
「お前は?細川、何?」
「ミキオだよ。細川、ミキオ。パパが付けてくれたの。幹のようにどっしり構えた漢らしい子になるようにって」
華奢な腕で大きな木を表現するミキオを見て、こんなにも正反対になることもあるのかと密かに思った。
この日を境に、二人は毎日のように遊ぶようになった。
下校から親が帰るまでの時間はもちろん、学校内や、休日にユーキの自宅を訪れた友人にミキオが交ざる事もあった。
学校帰り、いつものようにユーキ宅でミキオと遊んでいたが、窓からミキオの家を見ても一向に明かりがつかない。
「お前の親、今日遅くね?」
窓枠に肘を付いて眺めているとミキオものそのそと近寄ってきた。
「今日は遅くなるって言ってた。ママのシフト?が変わるみたいで、夜遅くなる事が多くなるって。」
「父さんは?」
「今日からしゅっちょうで、今週は帰って来ないんだって」
ユーキの家でも両親それぞれ仕事で外泊になる時がある。その為、あぁ、と納得した様子で受け止めた。
「てかさ、親が帰るまでお前は家入れねぇの?」
「ううん、鍵、持ってるよ!この間はお部屋に忘れちゃって。でもいつもは持ってるの。
……お家、帰らなきゃダメ?」
「いや別にいいんだけど……」
振り向いてミキオを見ると、いつもより寂し気な目をしていた。大きな瞳はゆらゆらと揺れて、長い睫毛で影を落とす。
近くで見ると改めて女性的な可愛さがある。
などと心の隅で思いながら、「ま、好きなだけうちで遊んでけよ」と言ってミキオの頭をくしゃりと撫でた。
ミキオ宅の明かりがつく頃、ユーキは腕組みをしながら寝息を立てて眠っていた。
夕食をお呼ばれした後、ゆるやかな時間が眠気を誘ったようだ。
「ユーキくん、ボク帰るね」
小声で彼に話しかけながら、そっと近寄る。声を掛けておきながら、起こさないように行動する矛盾。ミキオはドキドキと胸の鼓動が高まっていた。
膝立ちになりながら一歩一歩と、音を立てないようにそっと、忍び寄る。
「ユーキくん……」
今度は口から微かに洩れるようなか細い声だった。
お互いの吐息が伝わる距離まで近づき、ミキオはそっと唇を重ねたのだった。
「あらミキオちゃん、もう帰るの?」
足早に階段から降りてくるミキオを見かけ、ユーキの母親が声を掛けた。驚いて足を踏み外しそうになるミキオを、ユーキの母親が自身の体で受け止めてくれた。
「ごめんね驚かせちゃった。危ないから階段はゆっくり歩いてね」
ユーキに似た美人の母親。先ほど至近距離で見たユーキの顔を思い出し、思わず赤面した。
「あ、ありがとう。ご飯ごちそう様でした」
「いいのよ、またいつでも遊びに来てね!」
顔を隠すようにペコペコと深く頭を下げながら、ミキオはユーキ宅を後にした。