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その後、彼女としばらく話した後喫茶店を後にした。
照れながらユーキ先輩の好きなところを語る彼女に、委員長も気恥ずかしい気持ちになっていた。よもや恋愛相談を受けることになろうとは。雪や咲希の方が適任だっただろうに。
と思ったものの、恋愛に関して不穏な雪に面白さ重視の咲希。むしろ二人のいない場で聞いておいて良かったのかも知れない。
(私が間に入ったところで何か出来るとは思えないけど……)
そんな不安を抱えながら帰路についた。
夜。ほかほかと湯気を立てた髪を乾かし、冴えた頭でユーキ先輩にメッセージアプリを送った。
挨拶、お昼に突然電話した事のお詫びと、彼女についていくつか聞いてみる。するとすぐに通知が来た。内容は「電話して良い?」とのこと。
スタンプで了承の意を伝えると、数秒経ってから音楽が流れ、着信を知らせてくる。
一瞬昼間に聞いた冷たい声のやり取りが過ったが、電話に出ると普段通りの軽薄な声が聞こえてきた。
「夜に電話だなんてドキドキするね」
自室に入り、ベッドに寝そべって腕を固定する。誰かと電話するといつも腕が疲れてしまうのだ。
いつもなら呆れて聞き流すような台詞だが、自然な流れで恋愛話に持っていけそうで都合が良い。
「そんな事いったらあの子が悲しみますよ。お昼も嬉しそうにユーキ先輩の事を話してたんですから」
「あいつはそもそもそういうのじゃないから……それよりいつ知り合ったの?」
「募金に協力してくれて、話して仲良くなったんですよ」
すぐに本題に入りたいところだが、ユーキ先輩としても気になるところなのだろう。
相談を持ち掛けられた事は一応伏せた。知り合った経緯に下心があると知れば、あまり良い気はしないだろう。
彼女と先輩は家が近く、いわゆる幼馴染らしい。お互いの両親が共働きで帰りが遅く、沢山遊んで貰ったから寂しくなかったのだと彼女は頬を染めていた。
会話のやりとりは既に長年の恋人のような雰囲気だったが、一方で突き放すような話し方が気になるところだ。彼女をどう思っているのか、まずは確認したい。
「あんなに可愛い子に懐かれたら先輩も嬉しいんじゃないですか?
年齢差の問題はありますけど……将来的に付き合う、などは考えた事無いですか」
滝のように滑らかに流れる髪が綺麗だった。そういえば、名前を聞いていない。
「ミキオのことだよね?」
「ミキヨちゃんって言うんですね。祖父母の方々が名付けたのかしら」
すると、あー、という納得と気まずさが混じったような声が通話口から聞こえた。
「あいつ、男だよ」
「えっ?」
想像していなかった単語に言葉を失う。
「名前はミキオ。木の"幹"に"雄"と書いて、幹雄」
大変漢らしい名前だった。彼女、いや彼の姿を思い返してみても、全く疑問も無く女性に感じられた。
女性的な顔立ちは勿論、肩口まで伸ばした髪型も女性像を助長していた。ただ今思うと、少しハスキーがかった声に本来の性別が見え隠れしていたかもしれない。
驚きを隠せない委員長に、やっぱり、といった呆れた様子が感じ取れた。
ここで問題になるのは容姿ばかりでは無い。恋愛経験の乏しい委員長が精一杯導き出した質問。
「えーと、先輩は女性だったりするんですか……?」
「男です」
前途多難な恋路に、安請け合いするんじゃなかったと後悔したのだった。