15
じりじりと焼け付く日差しから逃れるように、行きかう人々は汗を拭いながら足早に過ぎ去っていく。
店内のガラス越しからそんな光景をぼんやり眺めていると、手元に注文のアイスティーが置かれた。募金活動はお昼で撤収となり、私は昼食がてら近くの喫茶店に来ていた。
さっぱりとしたアイスティーを口に運ぶと、そわそわと落ち着かない気持ちが幾分かましになる。
「いらっしゃいませ」
店内に来客を知らせる軽やかな音が鳴り響き、小学生くらいの女の子がおずおずと入店した。
こっちよ、と片手を挙げて手を振ると、パッと明るい表情になりこちらに向かってきた。
「何か食べる?」
「飲み物だけ、いただきます」
彼女にメニュー表を渡してお冷を持った店員さんにドリンクを注文すると、女の子はふうと息を吐いて汗を拭った。
絹糸のように細く美しい黒髪が肩までかかり、大きな目にふっくらとした頬。可愛らしい丸顔はより幼い印象を形作っている。
「突然ごめんなさい」
そう、彼女の申し出は本当に唐突だったのだ。募金箱を抱えて立つ私に、『相談したい事がある』と持ち掛けてきた。
図書館で会った事を相手が覚えているかは分からないが、たった2回の面識で何の相談事が出来るのだろうか。訝しむ気持ちもあるが、とはいえ自分を相談者に選んでくれたのだ、無下には出来ない。
ボランティア活動中に話し込むわけにもいかない為、終わった後に改めて合流しようと伝えたのだ。
「それで、相談というのは?」
「ええっと、その、気になる人がおりまして……」
恋愛相談だろうか。その手の話は得意では無いのだが、頬を紅潮させて言い淀んでいる彼女にフォローの言葉を伝えた。
「意中の彼がいるという事かしら。あなたは可愛いし、案外すんなり上手くいくんじゃないかしら?」
「アタチ、可愛いかな?ユーキくんには言われた事無かったから……」
ユーキくんというのが彼女が想いを寄せている相手らしい。手持ち無沙汰の指先でストローを摘み、氷をかき混ぜながらふむふむ、と聞いていると。
「さっきお姉さんと話してたから、ユーキくんと仲良しさんなのかなって」
一瞬時が止まったような感覚の後、私に相談を持ち掛けてきた理由に合点がいった。
募金活動中にユーキ先輩が通りがかった時に、私と会話している様子を見ていたのだろう。先輩と面識があるようだが、相手が"あの"ユーキ先輩となれば迂闊な事は出来ない。
それとなく連絡手段はあるかと確認したところ、ユーキ先輩に電話をすることになった。会話から2人の関係性が分かるだろうと判断したからだ。
店内で迷惑にならないよう彼女には私の隣に移動してもらい、スマホに二人で耳を寄せた。
「……はい」
「あ、ユーキくん?今だいじょうぶ?」
「何?」
機嫌が悪いのかと思うような低めの声に、二言三言の素っ気ない返事。相手は本当にユーキ先輩なのだろうか。
ぽかんとしている合間にも二人のやりとりは進んでいった。
「お仕事終わったかなって」
「まだあと一か所移動して撮影」
「そっか、大変だね」
一転して会話だけ聞くと既に恋人関係のような話し振りだ。私は必要無いのではなかろうか。店員さんがソフトドリンクを持ってきてくれたので会釈をして受け取る。
「今ね、ユーキくんのお友達と一緒なの」
「友達?」
ふいに振られて慌てたが、彼女のスマホに向けて声を掛けた。
「もしもし、聞こえますか?」
「この声……委員長ちゃん!?」
学校や仕事を含めて知り合いは多いだろうに、声だけで当ててくれるとはなんとも恐れ入る。
「なになにー?何で委員長ちゃんが一緒にいるの??」
「成り行きで知り合いになりまして。ユーキ先輩の事をご存じとの事だったので、電話して頂きました」
普段の見知ったユーキ先輩に戻り、少し安堵した。
「差支えなければユーキ先輩の連絡先をお教え頂けますか」
「良いよん。てか、前に連絡先教えたよね?」
「えぇと……必要になるとは思わなかったものですから」
貰った紙は捨てました、とは流石に言えなかった。