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辺りが薄暗くなり始めた頃、図書館の前に少しやつれた委員長の姿があった。
『委員長ー、うちら図書館で勉強してるからねー』
咲希からのメールを確認したのは少し前。返信はしたが返事が無いのでもう帰ってしまったのかもしれない。
閉館時間まではまだ余裕がある。折角来たのだから参考書でも見ていこうか。
入口から入ると目の前に貸し出し等のカウンターがあり、後ろ側に階段がある。学生向けの参考書は2階なので、カウンターを横切って2階へと向かった。
図書がずらずらと並ぶ様を上から眺めるのはなかなか壮観だ。手すり側に寄って下をきょろきょろ見渡しながら登っていると、とん、と腰辺りで何かが反発した。
「あ、ごめんなさい」
どうやらよそ見をして上から降りてきた子とぶつかってしまったようだ。
「いえ、こちらこそ」
返事を聞くと、ぺこりと頭を下げて階段を下りて行った。
10歳程に見える小柄な女の子だった。日没前とはいえ季節は日の高い夏、もう19時だ。こんな時間に小学生が一人で来ていたのだろうか。
委員長の心配をよそに、女の子は軽い足取りで図書館から出て行った。
参考書のコーナーを見ていると、同じ学校の制服姿が目に入った。
男子生徒だが顔見知りだったら少々気まずい。本棚に目を移してさりげなく引き返そうとしたところ、トサッと本の落ちる音がした。
思わず振り向くと、毎日遠くの席から眺めている見知った顔が目に入った。
(森くん……!)
声は飲み込み、彼の落とした書籍へと手を向ける。だが彼の近くに落ちた本は彼が拾う方が早い。
視界に入った女生徒の手に気付き、森は顔を上げた。ふいに目が合ってしまい委員長は自分の頬に熱を感じた。
「森くんじゃない、奇遇ね」
「……こんばんは」
図書館の中なので声を潜めたが、緊張で掠れてしまわないかと内心焦った。
「案外、学生が多いのね……」
離れた所に学習机があり、学生服で座っている人や学校指定の鞄を置いている人が目に入った。
「ここはうちの学校の人も良く来る。受験対策の本が置いてあるから、3年の先輩が多いかな」
森のこの場に慣れている雰囲気を見ると、図書館をよく利用しているのだろう。
森の手に持っていた本には薬品という文字があり、期末テストの勉強では無さそうだった。じっと手元の本を見ていたらしい委員長に、「これは借りて家で読む」と森が答えた。
普段から森の読む本をチェックする癖のあった委員長。無意識に本に注目していた事を本人から指摘され、気恥ずかしさからじんわりと額が汗ばんだ。
こっそりと深めに息を吐いて緊張を緩める。
「貸出は19時半までだから、何か借りるなら急いだ方が良いよ。」
「あら……閉館より早いのね。親切にありがとう」
本を抱えた森を呼び止めてしまった事を詫びると、彼は1階のカウンターへと向かって行った。
(学校以外で森くんと会うとは思わなかったわ……)
彼の背中を見送った後、無意識に強張っていたらしい体の筋肉が緩んでいった。
立ち寄っただけの図書館だった事もあり、当ても無くふらふらと見回している内に、貸し出し終了を知らせるアナウンスが館内に流れた。何か借りられれば良かったのだが、折角の助言を無下にしてしまった。
帰ろうかと思いつつも、立ち止まっていた場所は森と会話した本棚だ。
以前、学校の図書室で本を借りた時に森の返却履歴を見つけたが、図書館でも本を借りるとは相当な読書好きのようだ。
「……。」
その場で薬に関連した本が無いか目を動かしてみたが見当たらなかった。ひとまず目の前の参考書を手に取り、立ち読みをしている内に閉館を知らせる音楽が流れ始めた。
外に出ると夏場の割に涼しい風が頬を撫で、心地よい。小躍りをしそうな足取りで歩いた後、立ち止まって深呼吸をする。
自身の浮かれた心にようやく気付き、驚きがありつつなんとも照れくさい気持ちになる。
やはり彼は、顔が良い。