第1話 奴隷商は拾い上げる
大陸最大の面積を持つフォルディス王国。その首都たるパラディムから馬で丸三日ほどかかる距離にある辺鄙でさびれた村。
ここに俺たち新婚の夫婦がいた。しかし家内の身の回りの空気は重く、表情も悲しげである。
俺もそうだ。これから生まれてすぐの実の息子を捨てに行かなければならないのだから。
幼馴染だった家内とやっとの思いで結婚でき、ついこの間二人を守ってみせると宣言したばかりだというのにこんなにも早くその約束が果たせなくなるなんて、なんて俺は無力なんだろうか。
そもそもの原因はこの近辺で発生した大規模な嵐によりちょうど収穫時期だった作物はおろか畑に植えてあるほとんどの作物が壊滅状態に陥り、食い扶持を減らさなければならないためだ。
家内と息子を連れてこの村を出て3人で暮らすという選択もあったが、この周辺には町はおろか、隣村さえも馬で半日かかるのだ。生まれてすぐの息子とまだ体に不調が続く妻を連れて移動することもできず、こうするしかない。こうするしかない……のだがやはり納得できない。できるはずがない。
もともと作物が獲れず食い扶持を減らすために子や老人を捨てに行くのは辺鄙な村などではこういうことは数年に一度起こることで、十数年前も村で一番高齢だった先代村長が村を出て行った。
悲しみに打ちひしがれていてはだめだ。家内も辛いのだから俺が覚悟を決めないと。と無理やりに心を奮い立たせ、いまだ机に置かれた籠の中で無邪気に寝ている息子に向かって「ごめんね……ごめんね……」と泣きながらささやき続ける家内に「行こう。夜になると危ない」と声をかける。家内もそれに応じ籠を持ち立ち上がる。
そして二人で息子に寄り添うようにしながら少し遠くのほうへ向かう。しばらく歩いて歩道に出た。そしてその端に籠を置き、最後に家内と二人で息子を籠から持ち上げ、抱き合う。これが最期なのだ。そう思うと涙が止まらなくなる。こうして何時間たっただろうか。せめて運よく誰かに拾われ、生きてくれと願い籠に息子の名前と捨ててしまうことになったいきさつを添え、籠に息子を戻した。
「本当にごめんね……ごめんね……ヴァレン」泣きながら家内が言った言葉に俺も涙ながらに肩に手を添え、村に戻った。恨むなら俺を恨んでくれてもいい。だから、頼むから誰かに拾われて生きてくれ。そう思いながら二人でその歩道から離れていった。村を出たころには真上にあった太陽は、すでにもう見えなくなっていた。
憂鬱だ。奴隷商の私は都市に奴隷を売りに行くごとに毎回そう思う。ならそんなことやめればいいと思っても十数年前までは魔道具を使うことができる前衛職として冒険者の活動をしていたが戦闘中に足を持っていかれ今や戦うことはおろか走ることすらままならないのだ。さらに魔道具は使えても魔法自体は下手な私には奴隷商などでしか生活することができないのだ。さらに当時所属していたパーティーは奴隷を使い捨ての盾として使っていて、罪悪感を覚えていた。それでせめてもの罪滅ぼしとして奴隷として拾った孤児や体が不自由な人を見つけては家事の仕方や掃除などの仕事を与えて教育している。
それでも身分上、教育した奴隷を売らないわけにはいかず、召使などに使うという人に限り売ることにしている。しかし私は奴隷たちを育てている間に情が沸いてしまうため毎回憂鬱な気分にさせられる。しかし奴隷商をやめるとなると……という風に思考が元に戻ってしまうのだ。
今回もやはり憂鬱で舗装されていない歩道を奴隷を乗せた馬車に揺られながらため息をついた。すると道の先から赤ん坊の泣き声が聞こえることに気が付いた。誰かいるのだろうと思いながら道を進んでいくと泣いていた赤ん坊が見えた。誰もいない歩道の隅に、籠に入れられ捨てられているようだ。
つい馬車を止めて様子を見ようと降りたところで「スール様、如何されましたか?」と馬車から顔をのぞかせた女性の奴隷兼私の手伝いであるジルに訳を話すと血相を変えて馬車から飛ぶように降りて駆け寄ってきた。
そして二人で赤ん坊を見に行くと籠の中に紙が入っているのに気が付いた。
それを見るとこの赤ん坊はヴァレンということ、近くの村の食い扶持減らしで捨てることになてしまったこと。……そしてかすかに涙が落ちた跡があることから望んで行ったわけではないようだ。
と、ここまでの事情を読んでいるとすでに情が沸いたのか見捨てる事ができなくなっていた。「母親の代わりが必要だな」とつぶやくと隣にいたジルが「私がやりましょう」と言った。ジルは以前から私が拾ってきた孤児たちの面倒を見ている。私はジルに頼んでそのまま赤ん坊と籠を持って馬車に戻っていった。ジルは馬車に乗る間際に私に「やはりスール様はお優しいですね」と微笑みながらに言い、それに対し「確かにどんどん甘くなっているな」と苦笑いしながら返していた。
こうしてまた一人奴隷として育てる子供が増えたのだった。
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