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体育があったのは二限目だったから、僕はそのあとに残っていた授業をずっと上の空で聞いていたことになる。六限目を過ぎても、彼女からの返信が来る気配はない。彼女も高校に通っているのだから、それもそうなのだが、やはり待っている時間というのはもどかしくてむず痒くて嫌いだ。待っている間に、やっぱり送らない方が良かったのではとか、文章がまずかったんじゃないかとか、考えたってどうにもならない不安で頭が支配される。送ってしまったものは取り消せないのだから、もう後の祭りだと言うのに。
─久しぶり。元気にしてる?少し話がしたいんだけど、いつ空いてるかな。─
悩み抜いた末に、単純に要件だけ伝える文面にした。小説が書けなくなったんだとか、色々と経緯を話せば長くなるし、何より体育終わりの休み時間、長々と文字を打つ暇もなければ、何より校則携帯電話の使用が禁止されているこの高校で、先生に見つかっては面倒なことになる。だから言いたいことだけを端的に記した。
返信が来たのは翌朝早朝のことだった。僕はその受信音で目が覚めたのだが、時計を見るとまだ五時を回っていないぐらいの時間だった。何故こんな時間に起きているのか、疑問に思わないと言えば嘘になるが、それよりもまずその内容に気を取られていたなら、それほど気にはならなかった。
「久しぶりね。それなりに、ぼちぼちやっているわ。私も久々に君とお話してみたい。来週の日曜はどうかな?」
君、という距離感が、もう僕らが全くの他人であることを示していた。僕は彼女のことを「理佳子」と呼び、彼女は、僕の名前は長いからとか言って「将くん」なんて呼んでいたっけ。全く、余計なことを思い出してしまった。砂時計を反対にした時、さらさらと砂が落ちていくみたいに、僕の心から思い出が溢れ出しているみたいだった。
来週の日曜、考えてみてすぐにそれが無駄だと気付いた。そもそも僕に予定が入っていることなどほぼないと言っていい。
「わかった。じゃあ来週の日曜で。場所は駅前のカフェでいいかな?」
震える手を何とか抑えながら文字を打つ。
「いいよ。午前中は用事があるから、十四時くらいでもいい?」
今度はすぐに返信がきたので、すかさず僕も大丈夫だよと返した。
「良かった。じゃあまた、日曜に。」
そう書かれている液晶を、操作せずにじっと見つめていると、そのうち勝手に電源が落ちて、ようやく物事が進んできたことを実感する。彼女と、二年ぶりに会うことになったのだ。しかもこんなにあっさりと。