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この光景を目にするのも、もう何回目かになる。あんなに愛していたと言うのに、最後には他に好きな人ができたなんて言って悪びれもせずに別れを切り出すのだから、女の気持ちというのは本当にわからない。友達に戻ろうと、たったのその一言で、彼と彼女の三年間は最初から無かったみたいに消え去った。あまりの呆気なさに、当時は涙すら出ず、失笑を隠せなかったものだ。それなのに、こうして甦る記憶が優しい彼女の笑顔ばかりなのは何の皮肉なのだろうか。
彼女、塩槻理佳子と別れてから、もう二年が経つ。あっと言う間の月日だったが、彼には彼女なしに生きられないと悟るには十分すぎる期間だった。彼女がいたから、彼は小説家を志したし、そこに生きる意味を見い出せた。彼女のおかけで彼は迷わなかったし、前を向けていた。そして、あたかもそれが自分の力だと錯覚していたのだ。本来の彼にそんな力は毛ほどもなく、彼女がいなくなった途端、彼には何の力もなかった。一番に応援してくれていた小説も、今では書けなくなってしまった。進むべき道のりが、彼女によって照らされていたことに今さらながら気付いたのだ。その光源なき今、彼はどこに向かって行けばいいのか見当もつかない。主題が不明瞭になった文章みたいに、彼の生きる意味というのは曖昧模糊で、息を吹きかければ跡形もなくなってしまうほど実態のないものに思えた。
だが、今回に限って今までとは少し違う点があった。今までもこうして瞼の裏に彼女の笑顔が過ぎることはあったが、今回のように、二次元的ではなかったのだ。もちろん、映像として映っているのであるから、二次元であるのは変わりないのだが、前はもっと立体感があって、本当に目の前に存在するかのようなリアリティがあった。しかし今回はほとんど紙に似顔絵を描いたような薄っぺらさで、それが少し寂しかった。彼女の記憶が、段々と遠ざかっているのか。そんな一抹の疑念が、頭の片隅で膨らんでくる。
だからと言うわけではないが、強いて言えばだからなのだが、彼女の苗字と、彼の名前の一文字からとった、「塩槻 将」というペンネームも、そろそろ棄てる時が来たのではないか、と彼は思ったのだった。