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第7話 青はシルバー、滉大は濃いグレー



「すげぇ、イレギュラーだったよ!」

 興奮したような第一声に、青は思わず半眼で宙に浮かんだモニターを睨んだ。「もうレギュラーでも良いんじゃない?」と意味不明な言葉を続ける、モニターの滉大の表情は明るい。青には、むしろ、楽しそうに見えた。

 色々と興奮して話す滉大に、

「…そうか。だが、それと、これとは、別問題だからな!」

 と、青はうなるように告げた。

「…お前が何とかするって言う、あの大前提は、どこへ消えた?あぁ?」

 今日も千晴は店に来た。

 千晴を映し出したリプレイ動画をモニターに反映させながら、青は滉大へと吠えるように言い放った。



 それは昨日、青の店から二人して帰路につき、電車に乗ってしばらく経った頃だった。

「ね、どうして、時々、髪の色が、薄くなったり、黒く見えたりするの…かしら?私の目の錯覚?」

 と千晴が滉大に尋ねた。

「…俺の…髪?」

「うん、そう」

「ちなみに、だ、けど。何色に、見えるの?」

 前髪を少し手でいじりながら、滉大が千晴に聞く。

「それがさぁ…光の加減かなぁ…とも…思うんだけど…いぶし銀?濃いグレー?そんな感じ」

 それを聞いた滉大は、一瞬目を見開いて、前髪をつかんでいた手を、無意識に、鼻頭へ下した。

「あのさ、それってどんな時に?」

「さっきも言ったけど、光の加減かなぁと思ってたんだけど…暗いところでも、そう見えたから…ねぇ…何か特殊なカラーリングとか?綺麗だよねぇ、特殊効果みたいでさぁ」

 千晴が、そう言いながら、隣に立つ滉大の髪へと視線を戻した。

「不思議…」

 そう言って、千晴は、滉大の髪を色んな角度から眺めている。

 その様子を見つめながら、滉大は、電車の揺れる雑音に紛れさせて小声で詠唱する。

 青と一緒に入った空間に一晩放置されたことを思い出しながら、滉大は思う。

 効果が薄れてしまっていたのかもしれない、と。


 あの空間に入ると、自分に掛けられた術が、外れる。

 それは青も同様で。つまり、元に戻ってしまう。既存の嘘偽りない姿に戻り、封じられた能力も自在に使える。あの空間から出てこちらの世界に戻ると、自ずと術が発動する。

 元々、魔力が奪われる土地だと聞いていた。

 だから、そんなことをしなくても一般的な能力ならば、この土地にやって来さえすれば、使えなくなるだろう。青や滉大のように強い力を持っている者用に、あの空間以外で能力を封じるための術があり、赴任の際にしかけられる。

 それでも、少々の術ならば、詠唱で捕捉すれば使える、それくらいの能力がある。

 その術は、見た目を変える効果も併発するしかけで。

 赴任の際に、しかけられた術が発動しているということは、つまり、青も滉大も、見た目は、擬態できているはず。

 

 あの空間から出てすぐで、術が少し馴染んでなかったのかもしれない。

 滉大は、そう結論付けてみた。

 それは、今回に限った話ではなく、なんとなくそう感じていたが、客観性はなかった。誰にも指摘されたことがなかったからだ。というか、そんなちょっとした変化も見破るような感性、この世界の住人が偶然のように持ってしまったその能力とは、何の必然なんだろうと、滉大は隣で髪の色を伺う千晴を見て不思議に思う。

「…あれ…もう、見えなくなっちゃった…やっぱり、私の錯覚かなぁ…」

「ちなみに、今は、どんな感じに見えるの?」

「茶色、ふつーの茶髪」

「そっか」

「ねぇ、どうして、目の錯覚?」

「どうしてだろうねぇ」

 本来の色は、黒っぽいシルバーだ。千晴のその問いに答えるとすれば、「それが本来の姿だから」だが、これを答えるわけにはいかない。と、滉大も分かってはいるがじれったい気もした。

「じゃあさ、例えば、青の髪の毛とか、角度で違う色に見えたりするの?」

「あ、そうだ。あのおっさんもだ。ちなみに白。あの店も、初めは、変な感じだったんだよねぇ…」

 簡単に『白』と言う千晴に驚く。青の髪色は、正確には銀糸に近いだろう。それでも、今擬態している髪色からはほど遠い色なだけに、ほぼ言い当てた千晴のそれに驚く。ただただ、驚く。なぜ、見えてしまうのか、不思議で仕方がない。

 滉大は平静を装って尋ねた。

「で、変な感じって?」

「…妙なこと言うけど…私、ごくごく、普通の高校生だからね」

「うん、良いよ、どんな変なことでも、聞き流せる自信があるよ」

「流せるって、それ、聞いてないじゃん…滉大さんって、あのおっさんとは、真逆だよねぇ」

「それより、ハ・ナ・シ。聞いてあげるからさっ」

「これから言うことが、おかしなことだって、自覚あるから。念のため、先に言っておくけど…」

「で?で?」

 千晴は滉大の目を見上げる。青より近い位置にあるそれに、侮蔑は感じられなかった。

「あの店、変だよね?」

 恐々と、そう千晴は切り出した。内緒話をするような、罪を共有してほしいような、そんな気分ですらあった。同士がほしいというのが近い感覚かもしれない。共通の知人友人がいないのだから、不思議に思うことを打ち明けた所で理解されない。そんな共有することができなかったことが、今日、できるかもしれない。そんな気配に、一つ心音が高鳴る。

 千晴はもう一度、振り絞るように言葉を続ける。

「あのさ、あのおっさん、実は、宇宙人か何か?髪の色もインテリアも変だって、あの店…だってさぁ、」

 その先を続けようとした千晴は、お腹をかかえて吹き出すように笑った滉大に、それを阻まれる。

「…な?」

「いや、だってさ、高校生が宇宙人とか言うと、思わなくて、思わず…」

 そこで、ぶぶっと笑い声が漏れて、千晴の気が完全に削がれてしまう。

「…笑わないでよ…そんなに…」

「ごめんごめん。ほんと、ごめん」

「…ひどい、ほんと。真面目に…やっと…話せる人ができたと…思ってたのにさぁ…」

「本当に、千晴ちゃん、ごめんって」

 笑い涙を目じりに溜めながら、そんなことを言われても、千晴としては今さらである。

「ムカつく…」

 そう言った千晴に、滉大がまた笑った。

「…だってさぁ…青が宇宙人とか…あははははは」

 滉大たちにも『宇宙人』という言葉はある。それは、千晴の言うカテゴリーと違う気がする。だから、余計に面白い。青が宇宙人って、と。

「もう、絶対、滉大さんに、相談とか、しない!」

 そう言った千晴は、着いた駅から、一人で改札を抜けて帰ってしまった。ずんずんと力強く歩く背中に「待ってよ」と迫った所で、後の祭り。滉大は、少し後悔した。

「ちょっと、千晴ちゃん、店に案内するって、約束は?」

「そんな約束!真面目に話してる人間を笑い飛ばすようなヤツとの、約束!守るわけないじゃない。バカなの?」

 言い捨てて、千晴は駅近くに停めた自転車にまたがって帰っていってしまった。

「あ、本当に、帰っちゃったよ」

 ちょっとした悪戯のような気持ちでいた滉大には、イタイ出来事ともいえる。

「絶対、青に、怒られる…」


 案の定、翌日、また店に現れた千晴を追い出した後で、青からの一報を滉大は受け取ることになった。


「だって、イレギュラーすぎるよ、あの子」

「…てっきり…あんな自信満々に昨日店から連れ出しておいて…僕は、引き取ってくれんのかと、期待してた…そうだろう、そう思うだろう、あの話の流れで…なのに、なんだよ、この顛末」

「それは、イレギュラーすぎる、あの子の体質だか性質だかの所為だから」

「勝手なこと言うな。お前の怠慢だ」

「うるさいなぁ、青は。もう、いいじゃん、無理やり、こっちで引き取ろうとしても、ムリだよあの子、むしろ不信感抱かせるのがオチ。もう、青の店の常連とか?いっそ、バイトでも」

「どうして、そうなる?バイトなんかいらないの分かり過ぎるぐらい分かってるだろうに」

「そうも、言ってられないじゃん、あの子、ほんと、特殊だって。持て余すよ。見えてるみたいなこと言ってたんだよ、本来の俺の姿。青の髪の色、白って言ってたし…あんな子そばに居たら気も抜けないよぉ」

「見えるのか…」

 滉大の言葉に、がっくりと肩を落として青が答えた。

 そもそも、だ。入れない店に何度も侵入してくるのだから、それも、あり得るのか…と、そこへ考えが及ばなかったことを自分で責めた方が良いのかもしれない、そんな気にすらなってしまう。

 それほどのイレギュラーだと思って良いだろうと、滉大も青も、認識し始めていた。

「ああ、俺の髪の色が透けて見えるらしくて、術を掛け直したら、茶髪に戻ったって言ってたから。たぶん、千晴ちゃんに限っては、術は二重、装置の数値は最大値って感じかな」

「それだよ、だからだよ。店の内装用の装置なんて、すでに最大値だ。気を抜けないやつを、なんで、僕がバイトで雇わなきゃいけない?」

「…ああ、そう言われると、そうだね、それ、変だね。論理が破綻してるねぇ」

「ったく」

「ほんと、千晴ちゃん、やっかい」

「どーする?」

「でもさ、正直、楽しくない?」

 一拍の間の後に、それまでの調子とは全く違う、弾んだ声でそう告げる滉大に、青は目をむく。

「…はぁ?」

「何?楽しいだけじゃ、やってらんないって?ってことは、青も、楽しいって少しは思ってるってことだよね?だよね?そうだよね?じゃないかと思ってたんだよな、青が興味を持つっていうことが珍しいわけだしさ。良いじゃん、青のお友だち第一号ってことで」

 勝手に話を作り上げてゆく滉大の、その論理に眉を寄せて、青はため息を吐き出しながら言う。

「…お前のように、好き勝手やってられるような立場じゃないからな…吹けば飛ばされる身の上だ」

「でも、青って、飛ばされてナンボな人って聞いてるけど?好きで来たんでしょ、ここにも。これ以上ってあんまりないから、心配しなくても良いんじゃない?」

「…余計な情報だけは握ってるな…」

「だって、俺、一応、上長だし?リーダー?」

「そうだったなぁ…」

 それを言われると、青も弱い。

 一応、給料をもらって働いているわけだから、上の言うことは、組織上、命令と言える。それに、滉大の血筋から言うと、最上部と繋がっている可能性も高い。自分の立ち位置を、そこから逆算していくと、今、ここで話している冗談めいた示唆も、聞き入れた方が良いことの一つなのかもしれない。

 …めんどくせぇなぁ。

 青は正直なところ、そんな感情しか抱けないでいた。

「青、また、どうでも良いこと考えてるでしょ?」

「お前が上長ってことは、理解している」

「それ、それだよ。そこ、ここではどうでも良いから。会議とか、本部の人間の査察中とか、そういう時は、それ相応に対応してくれてるんだから、青のそういう考え方は、ほんと、どうでも良い」

「…ま、それでも、僕は確かに、支配する方ではないってことは、明白」

「うわぁ。そっちこそ、イタイとこ突いてくる…心がイタイ…」

「で、本当のところは、どう対応してゆけば良いと思うんだ?」

「…そうだなぁ…」

 滉大は、自室の窓から漏れてくる日の光をたどって、思案する。

 起こり得る可能性を最大限に広げきった所で、全てがはじけ飛んだ。

 何を想定しても、ばくちのようなもので、一過性でも必然でもないことをあれこれ考えるには、人との関わりの末路への選択肢の数が無尽蔵すぎる。

 無数に伸びる分岐が複雑で回答が無限大のあみだくじ。

 そこまで思い至って、どうにも、何にも、思い浮かびはしなかったのだけれど。

 それは、青とて、同じことだった。








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