第6話 千晴に見られてました
「ところで、昨日、二人そろって、駅前で、パフォーマンス?って言うの?そういうのやってたよね?」
滉大の笑いが治まったところで、千晴がふと思い出して、そう言った。
「昨日?」
「そう。おっさん、あ、青?さん?が、納品に行くって言ってた、その後。見かけたんだ、私」
そう言いながら、カウンターに両肘をついて、頬を両手にあずけた千晴は、そのままの状態で大きなあくびを一つした。
「…パフォーマンス?って言うのかな…大道芸人?道端サーカス?ってのってあるの?意外だった、そういうのやる風に見えないからさぁ」
固まった二人が、目を見合わせた後、青が静かに息を吐き出し、滉大は詰め寄るように千晴へ前かがみで問いかける。
「それって、具体的に場所どこ?」
二つ目のあくびを噛み殺しながら、千晴は自宅の最寄駅の名前を告げる。
「この店って、本当に、常春だよねぇ…」
また大きなあくびをして、その場所でカウンターにつっぷす。千晴は、心地よい睡魔に襲われていた。
「ね、その俺たちがやってた芸って、どんなやつ?」
「…眠いんだけど…」
「ここ、僕の店です。寝るなら、帰ってください」
青の冷たい小言に、「冷たいなぁ」とこぼしながら、両手をカウンターに着いて千晴は嫌々起き上がる。
「で、千晴ちゃんは、どんな芸を見て感動してくれたの?」
「…どんなって、やってたおっさんたちの方が、分かるでしょうに…」
目をこすりながら、まだ眠そうに千晴は答える。
「…全部は見てないし、ずいぶん離れてたから、詳しくはないと、思うよ、途中からなのかなぁ…なんか、光る棒で切りあってた?で、ばっさりと切った所も光ってて、その中に入るっていう感じぃ?…で、一番不思議なのが、それを見ていた人たち、周りにいた人とかも、がやがやと歓声を上げてたり、キャーって走って向かってる女の子とかいたのに…なんだろ、二人が消えると、一瞬で…う~ん…元に?元っていうか、何事も…なかったかのように…走ってた子たちは、顔を見合わせて不思議そうにしてて…近くで見てたはずの人たちも…なんて言うんだろう…急に、それまで驚いてたのに、歩き始めたっていうか…で…何だろう、あの後のオチみたいなの、みんな気にならないんだなぁって、すごく、不思議だったの。だって、あんな中途半端な芸って、おかしいはずなのに。で?あの後は、どんな終わり方するの?私、急いでて、おっさんが居るなって驚きながらも、自転車乗ってたし…そのまま、家に帰ったんだけど…?それが?」
千晴の話を聞きながら、どんどんと眉間に皺を寄せる青と、目を見開く滉大。
「…驚いた」
そう滉大が小さな声で言う。
「イレギュラーも、ここまで来ると…な…」
とそれに、青が答えた。
「あの後って、どうやって終わりにするの?寸劇かなにか?二人ともいつ練習してるのぉ?」
「練習はしてないなぁ…」
「すごいね。息ぴったり?」
「即興の寸劇ってことにしたんで良いんだよね?青?…ね、千晴ちゃん。俺たち、大道芸も少しだけ嗜んでるんだぁ」
前半は青に言い聞かせるように小声で、後半は千晴に向けて、滉大が雑な説明をする。
「すごいねぇ。だって、お店やってて、納品も自分でやったり、そのついでに大道芸なんて。クールそうに見えて、熱いおっさんなんだね」
「そういうことにしておく…か」
青がそう言うのを、半分聞き流しながら、千晴が、またあくびを噛み殺す。
滉大が青の後ろで、試しにと、ぶつぶつと小さな声で詠唱しながら千晴に何かの術をかけている。それを見て青が、「無駄だろうな」と思いながらもことの成り行きを見守った。
「…はぁ…ねむた…、おっさん、今日は、もう帰るね」
キラキラと薄い光を帯びたベールが千晴の周りで弾けて、ゆっくりと外気に溶け込んで行く。その中から、千晴のはっきりとした声が聞こえてきて、「ほらな」とでも言いたげな目線を、青が滉大へ向けた。
滉大も、今までのことからして、術が効くとは思ってはいなかった。
でも、心のどこかで、案外あっさりとこの問題が解決するかもしれないという淡い期待も少しばかり持ってしまっていた。何と言っても、自分は血筋も良い能力もピカイチと、自負しているし、客観的にもそう見られているのだから。それが、あっさりと破られて、本人はそんな大層なことを成し遂げているとは全く自覚がないのだから、なんて言うか、肩透かしをくらったような、そんなどうしようもできないような残念な気持ちに満たされた。
深く深く肩を落として、滉大は眠たそうに帰り支度を始めた千晴に声をかけた。
「…じゃ、一緒に帰ろうか。俺も、同じ沿線みたいだし」
できるだけ、相手の近くに居て、動向を伺う方が得策かもしれないと、術の効かない相手を見つめていて、ふと考えついてそう告げる。だが、その言動を聞いて、青が顔をしかめているのも、滉大は気づいていた。後で、何か言われるかもしれないが…と。
「あ、そうなの?じゃ」
何度目かのあくびを手で覆って、千晴はそう答えた。
「そうそう、あの駅の近くで喫茶店やってるから、学校帰りとかに寄ってもオケ」
「…そんなお店、あの辺りにあった?」
「大通りからは外れてるけど…家にこのまま帰るのちょっと退屈だなーって思った時とかに、寄ってね。お茶くらいサービスするよ」
「…おっさんも、だけど、お人好しだよね?そんなんで、店、大丈夫なの?」
そんな心配するくらいならもう店に来るな、と青は千晴の言葉を聞いて即思う。声には出さないけれど…。
「この後、時間ある?お店の位置くらいは、教えさせてよ」
「うん…けど…もしかして、私が女子高生の友だちに宣伝するとか、期待してないよね?」
「まぁ、少しばかりは、そんなことがあったら嬉しいなとは思うけど」
「私、友だち少ないよ。それに…私が宣伝したら逆にデメリットになるかも…そんな感じだけど?」
「そもそも、それは、期待してるっていうより、棚ぼたの方だから。気にしないで。親戚のおじさんの家に寄って帰るような感覚で、どうぞ」
「…ふぅ~ん」
ここまで、強引にことを進めようとする意図を、千晴は読めない。この軽薄そうな年上の男に気に入られる要素を、自分が持っているとも思っていない。ふと青の表情を見て見ようかと思いついた。青は、カウンターの中で、タブレットを眺めている。こちらの話が聞こえているようにも、聞いているようにも思えない。
前髪が長すぎて、少し顔を下げただけで、青の表情は読み取りにくくなる。
次に店に来るときに、はさみ持ってきて、切ってやろうかな…。
そんなことを思いついて、一人、薄く笑った時、滉大が店の扉を開けて、千晴を外へとうながした。
「じゃ、決まり」
二人が会話を重ねるのを、タブレットで次の作業の確認をしながら青は聞いていた。そして、一人にしてくれ、と、つくづく思っていた。
「…それ、店出てからでも良いだろう、滉大」
「はいはい。じゃあね、青」
「またね、おっさん」
「あ、青、後で連絡するね」
「…了解」
一度、顔を上げて、二人に手を挙げ、扉が閉まってゆくのを青は見守る。
外に出た二人が、肩を並べて歩くのを少し眺めていると、滉大を見上げて笑う千晴の横顔が、通り過ぎて行く人々の合間から見えた。
「…あいつなら、なんとか、してくれる、か」
夜は来るなと言ったことを、あの女は、守っている。
もうここまで足を運ぶこともないだろう。自宅近くの滉大の店に誘導できたはずだと、滉大へ向けていた千晴の表情から、青は思った。